第17話 盗賊職だから見えたこと

「はい?ロージン地区に勇者様を向かわせる?そんなの認めるわけにはいきません‼」

「いやいや。だって、三か月後に闘技場でギルガメットと戦うんだぜ。今のままなら絶対に負ける。勇者の権威を失ってしまう」

「な…。なんてことを…。私はそこで勇者様が殿下を打ち倒せるからと、話に乗ったのですよ?」

「それがそうでもないんだよなぁ。アークはどう?」

「んー。戦ってみないと分からないけど…。マリア様に教わったのは小物モンスターの斃し方だけだったから」


 ウラヌス城を出た直後には、既に両親は喧嘩を始めていた。

 父親の勝手な行動に、母はついていけないと頭を抱えている。

 確信なしに王族に喧嘩を売ったと、彼は声を大にして言う。

 そして、あろうことか息子を野蛮な地区に連れて行こうと言う。


「は…。それなら同じく魔物を討伐に行きましょう。女神の恩寵を授かれば、あんな男は一捻りです」


 と、やはり勇者の案内人は言う。

 彼女のこの発言は身を以て体験したという、実績もある。

 だから、当然勇者アークも賛同した。


「そっか。3ヶ月もあればもっと強くなれる。それに魔物を倒せば、皆の暮らしも安全になるし。レプト!!」

「駄目だ」

「どうしてですか。これが勇者の力と見せつける一番の方法です」


 だが、モルリア人風のウラヌ人は首を縦には振らない。

 寧ろ、鷹揚に両腕を広げて、立ち塞がる。


「何をしてるのよ。さ、勇者様。馬車に」

「こうやってるとよく分かるんだよ。二人共感じてるだろ?女神の恩寵…。それは特別な力だ」

「そうです。女神アリス様の特別な力ですけれど、何か?」

「何か?じゃないって。周囲からも感じられるってこと!」

「それの何が問題なのですか。勇者様だから、当然であって、だからこそ勇者様は素晴らしいのです」


 ただ、ここで二人の息子のような存在の彼が顔を顰めた。


「えっと。僕だから…、じゃない…」

「ち、違います!女神様に選ばれたという時点で」

「わ、分かってます。それはそう…ですよね」

「分かっていません!!ほら、勇者様が機嫌を損ねてしまったじゃないですか」

「機嫌は損ねてねぇよ。…な、アーク」


 すると、彼は両肩を跳ね上げた。金の髪もフワリと跳ねる。


「え、えと…。うん。僕自身も強くなりたい。それが大事な気がする」

「それは女神の恩寵を得ながらでも…」


 と、マリアは話しながらも、アークの顔を見てしまい、悔しいがレプトの言わんとすることを理解してしまった。


「…勇者様ではなく、アーク様として成長する。それが彼の為になる…」


 勇者は何かが欠けている。それはここにいる三人全員が知っている。

 そして、先の彼の様子を見て何となく分かったのが、失ったわけではない、ということ。

 あの時、ソルトシティへ向かう彼の行動も正しく、そうであったのだろう。

 とは言え、やっぱり行かせたくない。


「ロージン自治区でなくとも、それは可能です」

「なんでだよ。あそこには剣聖ブレンが居るんだぞ?アークの…」


 で、あろうことかこの男。

 マリアは三白眼で睨みつける。


「あ…。悪ぃ。つい…」

「剣聖ブレン…。そこで僕は修行を…」


 だけどアークも知っていることだから、もう遅い。


「はぁ…、全く。良いですか、アーク様。剣聖ブレンの剣の腕はとても有名です。これは大聖堂で調べたら直ぐに分かることです」

「そ、そうなんだ…。だったら」

「でも、修行といえ容赦のない男としても有名です。犯罪者を校正させているとも言われていますが、その犯罪者を野放しにしているとも言われてますし、とても危険な場所なんです…。…って、行く気満々の顔。レプト…、貴方という男は…」


 ただ、マリアも自分で説明していて気が付いていた。

 レプトはあくまで未来を知っているだけ。そして、その未来は変化している。

 そしてレプトが知っている未来では、剣聖ブレンに会いに行くと言い出すのはアークということになるのだ。

 大聖堂で情報を仕入れ、強くならなければと思ったからとしか考えられない。


「それでも僕は強くなるために行きます。…えっと危ない場所だったら、マリア様はここに残っててください」

「いいえ。私も行くに決まってます。ですよね、レプト?」


 そして、したり顔の男。ここは正に未来の通りなのだろう。

 彼から言い出したら、それに従うし、ここに留まれと言われてもついて行く。

 想像できるだけに、なんだか腹が立つ。


「そ。でも、アーク。本当にいいのか?俺が言いだしてなんだけど、アレは修行の域を越えてるぞ。マリア様の治癒魔法がなけりゃ、マジで死ぬ。それくらい過酷な修行ってか、ほぼ全てが本番みたいなものだぜ」

「そ…、そんなに…」

「って、自分から振っておいて、そんなこと言う?」

「でも、僕にとって大事な事…なんでしょ?」


 そう、とても大事な事。ブレンが住むロージン地区に向かうのは前と同じ。

 ただ、実は一つだけ。

 以前にはない情報がここで開示される。

 このタイミングで明かされるに相応しいから、レプトは今まで言わずにいたのだが。


「さっきさ」


 再び、鷹揚に両腕を広げる少年。


「こうやって女神の恩寵の話をしたろ?でも、正直言って二人はなんとなくしか分からなかったんじゃあない?」


 そして広げた手を使って、馬車を呼び止める彼。

 呼び止めた割に、何度か止まった馬車に手を振って走り去らせている彼。

 漸く、五度目の馬車を停まらせた彼。

 乗れと合図する彼。


「何なんですか。ちゃんと分かってますけど?」

「うん。女神の恩寵はマリア様と一緒に感じてたから、ちゃんと分かってるよ?」


 その辺を走る馬車の5倍以上は速く走る馬車の中で、話は続けられた。

 車窓の流れる景色に目を奪われたマリアは、再び彼を睨みつける。

 きっと今までもこれくらいのことを、彼はやってのけていたのだ。

 その一挙手一投足に、二周目である証拠が散りばめられている。


 そんな彼から語られる驚くべき話。今までの話を全部纏めると、辿り着けた話ではあるが、驚愕であった。


「いや、分かってない。だって、俺はまだ女神の恩寵を授かっていないんだぜ?」

「え?」

「はい?でも、あの時…。そうです、魔法紋の時…」

「それに僕よりもずっと強い…って気がするんだけど。あと、仲間…だし」

「確かにアークの意志で女神の恩寵を操ることは出来る。だけど、まだうっすらと感じる程度だろ?つまりまだまだなんだ。って、この話はマリア様に怒られそうだからこれくらいにして…」


 実際にはまだまだ驚愕顔の彼女だが。後できっと怒られる。


「でもでも、魔法紋は…」

「修行を積めば変えられる。そもそも、女神の恩寵は女神の力。それくらいは話していいよな」

「それはそのままですから、別に…」

「で、アークは女神アリスに選ばれた勇者で、アークから俺達は女神の恩寵を授かれる。これは?」

「それは結構な秘密ですが、一応大聖堂で調べられます。今はそんな場合ではないですけど」

「なら、これも大丈夫か。勇者アークと勇者の仲間は、言ってみれば女神の力の器だ。つまり…」

「…女神の恩寵がなくとも、僕たちの体も強くなれる。それは…」

「レプトはあれだけの動きが出来る…。でも、そんなこと…」


 もしかすると記録には残っていないのかもしれない。


「もしかすると大聖堂の記録に残しにくかったのかもしれない…」


 本来は女神の恩寵を得て、とんでもない力を発揮するヒーロー達だから、その必要はない。

 だけど察しの良い者なら気付ける話。レプトは勇者の仲間として何をやっていたかに関係する話。

 隠密、密偵、斥候、スパイ等々。勇者の仲間ではないという前提で動いたこともあった彼。

 恩寵に頼らずに行動した事が何度もあるからこそ、気付けたこと。 

 もしも時間が戻らなかったとすれば、彼を語る吟遊詩人は直ぐに停止命令が下ったことだろう。


「…俺だって女神の恩寵が無くなって初めて分かったことだ。でも、考えてみれば当たり前の話だろ」

「うん。僕、頑張るからマリア様、よろしくお願いします」

「瀕死になる前提って、…分かりましたよ。私も付き合います。勿論回復師としてですが。それでもやっぱり…」

「はぁ?まだ、何かあんのかよ」


 颯爽と走る馬車、魔馬であろう馬にけん引される車の中。

 シスターは頬を膨らまし、半眼で彼を睨む。


「…やっぱりムカつきます。私、物凄く勉強したのに…。颯爽と手柄を横取りする…」

「当たり前だ。俺の前の職業は盗賊だぞ」

「な。やっぱり悪人ですよ、勇者様‼」

「え…。うーん。でも、冒険には盗賊って付きものですよ?」

「はぁぁぁあああ。それ、絶対に言ってそう。簡単に想像がつきます…」


 とは言え。


 その代わり…。ソルトシティに住むみんなは保護してくれ。アーク、お前が出てきたってことはさ。…もう、勇者のカモフラージュはしなくていいんだろ。アイツらは…俺の大事な家族なんだ


 父さん、母さん。皆。今回は折角助けられたんだ。…俺のハッピーエンドなんだ。だからこっちに来るな‼


 面目ない。俺の首でどうにか……これが俺の…ハッピーエンドだ


 この世界のレプトの言葉を二人とも聞いている。


「大丈夫です。きっと前の世界だって、レプトは誰かを助ける為に仕方なくやっていたことなんです」


 そう。それだって簡単に想像が出来る。

 だからって…


「——それでも盗みはいけません。…でも、そういうことをしなくて良い世界にする為に、一緒に頑張りましょうね、アーク様。…と、ついでにレプト」

「は?なんで、ついでなんだよ。今回は何も盗んじゃ…。あ…、枢機卿の馬は…、いや、アレは借りただけだし」

「勇者様、レプトはやっぱり悪い奴です。彼の言うことを聞いちゃダメですよ。って、なんで笑ってるんですか、勇者様」

「ううん。本当に仲が良いなって…。こんな風に冒険できるんなら、僕はすっごく幸せだったんだなって思いました」


 だが、その言葉にレプトは絶句をした。

 自分の家族は一先ず助かった。だけど、これから先。

 アークの師となる彼、ブレンは…


「…なんですか。私だって冗談くらい言います」

「あ、…そう…だよな。悪い。なんでもない」


 そして、前の世界のアークはアレでハッピーエンドと思えていたのだろうか。

 アークは既に父親を失っている。でも、それはもう起きてしまったこと。


 だったら、ここから先だ。

 アークにも本当のハッピーエンドを迎えさせたい。

 その為にも、彼を成長させなければならない。


 マリアの言う通り、全部教えてたら成長は出来ない。


 ここからが本番なんだよな


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