第16話 王の謁見での一幕
勇者アークは驚くほど体に馴染む洋服に感動を覚えていた。
ただ、それ以上に驚くほどに見違えたレプトという人間に感動していた。
「本当にレプト?…なんか、別人みたい」
「ま、こういうことには慣れてるから」
「本当に呆れるわね。服以外は殆ど変わっていないのに、あのレプトとは別人」
因みに名前はレプトのまま。それでも、ウラヌス城の門兵は何も言わずに彼を通した。
魔法具による鑑定は行っている。だから、トルリア人と疑わずに彼をそのまま通してしまった。
「髪型を少し弄れば、髪の毛の色も違って見える。それにトルリア人特有の歩き方、喋り方、イントネーションや表情の作り方で、大体誤魔化せる。そもそも、魔法紋に頼りすぎ。でも、アークはこんなこと学ばなくていいぞ。堂々としておけばいい。細かいことは俺とマリアがフォローするから」
「お任せください。それではまず、アーク様は少し寡黙な方が良いですね。謁見中に話を振られても、私たちに話を振って頂ければと思います」
「ん。二人に何かあった?前よりもっと仲が良くなったような…」
「仲は良くないです‼そんなことより、謁見の間に行きますよ、アーク様」
「はい‼」
アークはとても楽しそうに、子供のようにはしゃぐ。
16歳はこの国では成人。働いていないとすれば、それはお金持ちだけだろう。
だから、二人の目にはやはり幼く見える。
あんな約束をせずとも、結局同じようになったかもしれない。
とは言え、アークは母親役のマリアの話を聞き入れて、父親役のレプトに色々聞かなくなったのだから、雰囲気作りは大成功したというわけだ。
「勇者アーク様。それではご入室をお願いします」
だから、何の情報も与えずにウラヌ王マシュとの謁見に臨む。
正直言って、ウラヌ王は関係ない。その傍に居るギルガメットとフレデリカ。
その二人を見て、アークは何を感じるか。レプトとしては気が気じゃない。
盗人が言える立場ではないが、王子と姫を仲間にするのは良い点ばかりではないのだ。
「はい!」
「アーク。そんなに畏まらなくていい。猊下の方が権威は上だ。だろ、マリア」
「そうです。力を抜いて行きましょう」
「いや…、そんな簡単には」
保護者同伴の勇者様。
父親からは余り俺に聞くなと言われ、母親からは自分で考えなさいと言われている。
アークは勇者であり、真面目であり正義感もある純粋な少年。
父と母の言葉は絶対、いやそれよりも勇者として当たり前の行為だと、ちゃんと考えている。
何かが足りないなら自分で考えろ、当たり前の話じゃないか。未来を知ることがよいこととは限らない。
どうしようもない現実を知ってしまった時、勇気と蛮勇を言い訳に見捨ててしまうかもしれない。
そんな勇者になりたくない。
「でも、見守ってくれる。だから、僕もがんばらなきゃ」
だから、悪い気はしなかった。寧ろ、居心地が良い。そんな中。
「え…。どうしてワシの城に?ワシ…呼んどらんよ?」
完全に迷惑そうな顔でオジさんは言った。
いやいや、彼こそが大陸北部の覇権を握る王、マシュ17世である。
「勇者様が是非にお会いしたいと…」
「魔王軍と戦うには僕たちが協力しないといけません。ですから、本日は挨拶に参りました」
「…って、呼ばれてなかったのかよ」
「いえ。呼ばれていましたが、数か月先でも良いと、先刻言われました」
「そうじゃ。そうじゃ。今は大変な時期なのじゃ。えーっと、君が勇者アーク君ね。分かったから。ほら、ワシ物覚えいいから。な、こんなカタッ苦しい所は大変じゃろ?もう、帰ってもいいんじゃぞ?」
ビックリするほど、威厳のない王。
レプトは、彼が保守的な王ということは知っていたが、顔が引き攣ってしまうほどに今回の彼は貫禄も何も無い。
真っ青な顔に、酷い目の周りのクマ。理由は流石に察せるのだが。
「ですが、陛下。聖都ダイアナの僧兵は果敢に立ち向かいました」
「そんなことは分かっとる!じゃが、肝心の怪人レプトは行方不明。そしてあろうことかモルリア人のレプトを連れてくる。これは嫌がらせか?それとも脅しか?」
王都にレプトというモルリア人が入った情報は確認が取れている。
だが、怪人レプトはウラヌ人である。目の前の男はモルリア人にしか見えないのだから、やはり別人であり、即ち嫌味。
「モルリアと言うほど揉めている訳じゃねぇでしょう?なぁ、殿下?」
「お前、勝手に口を開くな‼」
僧兵が槍を突き出すが、レプトの顔は真っ直ぐに王子ギルガメットに向いている。
因みに、陽光にも雨にも恵まれ、経済発展も順調なモルリアでは商人の力が強い。
そもそも陽気な民族性もあって、貴族と民の距離が近い。
だから、この振る舞いもモルリア人のソレに見えている。
「…そもそも、揉めているのはアリス教国とモルリア諸侯だ。そうだな、シスター・マリア」
「フレデリカ殿下も、そうお考えと小耳に挟みましたが?」
「…そうでしたっけ?でも、そうですね。船乗りは嫌いですわ」
サラドーム大公国は東大陸にフォニアという植民地を持っている。
そこを管理している王子との婚約が決まっている姫、フレデリカ。
そして、彼女はその婚約に納得していない。つまり…
「モルリアと仲が良い国には嫁ぎたくない。という体裁…だっけ?」
「そうですわよ。あれはお父様が勝手に決めたこと。私の血は紛れもなくウラヌのもの。フォニアには行きたくありませんの、お父様?」
「フレデリカ、今はそんな話をしている場合じゃ。いや、そんな話をするべきだからこそじゃな。ほれ、お客様はお帰りのようじゃ」
いつ、あの子供悪魔と人狼が現れるか分かったものではない。
そも、ここに集まっている人間が死ねば、ウラヌ王家は断絶。絶対にそんなことは許されない。
協力なんて断固拒否、とまではいかないが、どうか通り過ぎてくださいという弱腰の王様。
確かに父としての責任は重大だろう。
だが、父としてならば、こちらも負けていない。
「あ?なんだ、その目…」
「貴様‼モルリア人の常識がここで二度も通じると思うなよ‼」
「レプト‼流石にその言葉遣いは…」
「いやいや、俺は事実を言っているだけだぜ、マリア様。あの王子、俺達のアークを弱そうだなって目で見やがった。これはアリス教国としても見過ごせない状況だよな?」
そして、その言葉にお母さんも目を剥く。
「な…。それはその通りです。確かに、この姫もただの領民を見るような目。女神アリスの信者とは思えませんね。大方、婚約破棄の理由探しで敬虔な信徒ぶっているだけですね」
更に愛息子が目を剥いた。血の気も引いて、中年の王と似たような顔色にもなる。
「ちょっと?レプトもマリア様もどうしちゃったの?」
「私たちの勇者様を愚弄する者は愚かだと言っているだけですよ」
「見た目だけで判断する、節穴の目だなって思っただけだよ」
「いやいや。どっちも馬鹿にしてるじゃん。僕はまだ勇者としては駆けだしなんですよ?」
「駆け出しだろうが、皆が恐れおののく魔王に立ち向かう勇気は持ってるだろ?」
「それはそうだよ。僕の為にどれだけの人が犠牲になったか分からないんだ。だから僕は…」
「ふっ。考えるだけなら誰でも出来る。だが、俺達は自領の民を守る責務がある。お前とは生まれが違うんだ。…それに聖堂での惨劇はお前の前で起きたこと」
どうにか教皇から特許状を貰えたが、やはりあの事件が響いている。
王子とお姫様を連れて行くかどうか迷っていたレプトではあったが、それはアークに選ばせるかどうかの悩みだった。
馬鹿にされるとなると話は変わってくる。
「てめぇなら、どうにか出来たって言ってるように聞こえるぞ。言うだけなら誰でも出来るよなぁ」
「レプト‼」
「なんだと、貴様…」
「言っておくが、アークはお前よりも強い。戦ったら絶対に負ける。だから、素直に言っちまえよ。魔王軍が怖いから、弱っちいボクは協力できませんってな」
「なんなのよ、このモルリア人…。お兄様がこんな子供に負ける訳ないの。お父様、早くこんな奴ら追い出してください」
「わ、分かっておる。お前たち…」
ここでレプトはマリアを一瞥。彼女は肩を竦めて、それに応えた。
巻き込まれたアークはあたふたしているが、彼の意志に関係なく、レプトはここでネタバレをする。
「…確か、三か月後だったよな?」
「お、お前たち、早く追い出せ」
「は‼…ですが、その三か月後というのは…もしかすると…」
三人対三人で話し合っているが、衛兵はずっとそばにいる。
そして、彼らも考えていたに違いない。この勇者で世界が救えるのか、それは絶対に考えている。
加えて、王子とレプトのやり取りの中で思った筈だ。
「闘技場…の話では…」「じゃあ、あのやりとりは」「勇者と殿下、強いのは…」「いや、殿下はお強いぞ。でも相手は勇者…」
——これは面白くなりそうだ、他人事だからこそ思うのが人間だ
「お、流石は分かってるね。闘技場の改修工事が終わるころだったっけ?モルリアにもそんな噂が届いてたわ。勇者をお誘いして、一儲けする予定だったって噂になってたような…」
「レプト、アナタまさか…」
「いやぁ…。やっぱさ。こうなったら勇者アークはアピールしなきゃ駄目じゃん。んで、ついでギルガメット殿下がいらっしゃるかもって噂が流れてるってだけだよ。まぁ…、あの様子じゃ来ないんだろうけど、な」
「全く…。本当にモルリア人は金、金、金ですね」
「そりゃそうだろう。んで、お金を使うのも大好きなんだからな。さ、そろそろ帰ろうぜ、アーク」
勿論、マリアは知らない。
そして、今のでギルガメットが仲間になるのだと分かってしまった。
だから勝手なことをするなと言いたいが、アークを侮辱された気持ちも強い。
それで仕方なく、彼の併せて煽ってみた。
「帰りましょう、勇者様。闘技場、確かに丁度良い機会ですね。殿下が来られないとなれば、少々都合の悪い噂が立つかもしれませんが…。それも神のお導き…です」
ねっとりとした喋り方。前の彼女では考えられない行動。
とは言え、ちょっと楽しいと思ったマリアであった。
で、ここでカッチーーーン‼とならない訳がない。
「ちょっと待ちなさい。教会伝手に変な噂を流すつもりですわね。お兄様はそんな無粋で茶番で、野蛮な競技には絶対に出ませんから‼」
「あら。そんな噂を流すわけないじゃないですか。正教会にそんな人間はいません。ただ、モルリア人が何を考えているかは、存じておりませんので」
「おいおい。俺達を野蛮な人間みたいに言うなって。ただ、今の国の勢いを考えれば…。悪ぃ。これ以上はとてもとても…」
レプトは本当にモルリアの人間の言動をコピーしている。
レプトと同じく島入り娘だったマリアは知らないけれど、ウラヌ王家となれば話は別。
実際にも、モルリア諸侯はウラヌ王家に舐めた態度を取っている。
だから、こっちもカッチーーーンだ。
「お前がそのモルリア人だろ‼…分かった。出てやるよ。その勇者と戦ってやろう。但し、こちらからも条件がある」
この展開は知らない。だから流石にレプトもやや目を剥く。
そして、その表情にほくそ笑むのはギルガメットだった。
「お前も闘技場の選手として出るのが条件だ。口先だけ、金だけの男にそんな度胸があるかは知らぬが…。出ないのなら、やはりモルリアは口だけという話になって仕舞いだろうが、な」
但し、これはほくそ笑み損である。
レプトの実力はその辺の兵士よりも圧倒的。
だから、彼は王子様に嫌味でもなんでも返そうと思った。
「あ?別に…」
だが、ここで。
勇者アークの目が見開かれる。
「待って、レプト」
「な、アーク。俺は…」
「うん、分かってる。レプトは強い。だから、…アイツと戦ってほしい」
アークにも理由は分からなかった。だけど、何故かそう思った。
ゆっくりと右手がそちらへ動く。宰相ゲテムの方…
「わ、ワシ…?いやいや、ワシは…」
「ううん。お爺さんじゃない。その奥に隠れてるヒト。ウラヌ王国騎士団長のガラム・ルービッヒってヒトでしょ?あの戦いを指揮してたヒト…、相当強いんだよね?」
アークの突然の行動にレプトもマリアも目を剥いた。
考えてみれば当たり前の行動。彼がここに来た目的は、父の死の真相だった。
だけど、彼の指がさしたのは分厚いカーテン。
そもそも、ガラム・ルービッヒがどんな容姿をしているのか、アークは知らない筈だ。
ただ、彼は静かに首を横に振る。
そして、「ただの勘」と声に出さずに唇を紡いだ。
「ゲテム…」
「はい。あやつなら任せられます」
「…分かった。ギルガメット、本当に出るのじゃな?」
「当然です。ウラヌスは人々を導く存在です。それに俺があんな奴に負けるとお思いですか、父上」
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