第15話 シスターとの約束

 真っ白な布に包まる、魔王の手先と目される少年。

 そして、心配そうに見つめる金色の勇者と、頬を膨らませて瞑目するシスターの少女。


「…えと。とりあえず、有難う…、かな」

「全然有難うじゃありません。本当に迷惑なんです‼」


 全身をすっぽり覆っているから、誰とも目が合わない鳶色髪の彼。

 とは言え、すっぽりと覆っているから、どうにかなっている。


「俺の為にシーツを用意してくれたんだろ。そこは流石に有難うだろ」

「それは王国の馬車が汚れない為にです。貴方の為じゃありません」

「な、なんにしても合流できてよかったよ。…えっと、ゴメン。レプト」

「なんでアークが謝るんだよ」

「どうして勇者様がお謝りになるんですか」


 そこでシスター服とシーツがビクッと跳ね上がる。

 その滑稽さに、ついつい勇者がクスッと笑う。


「なんで笑うんだよ」

「なにがおかし…、もういいです」

「変な意味で笑ったんじゃなくて。…やっぱり二人は仲がいいなって方で…」

「仲なんて良くありません」

「仲良く…、ってまぁ、出口も教えてもらったのも有難う…だけど」


 マリアがそれとなく視線で教えてくれた道。

 そこに飛び込んだから、逃げ出せた。少なくともレプトの目にはそう映っていたし


「そうだったんだ。それで合流出来たのか。流石はマリア様…」


 勇者アークも成程と、頷く話ではあった。

 だけど、実際は…


「いいえ、違います。私は彼を試したんですよ、勇者様」

「え?」

「は?」


 二人ともが頭にハテナを乗っけるが、彼女はしたり顔で続ける。

 その顔をレプトは見ることが出来ないのだけれど。


「私は確かに視線で人の少ない方に誘導しましたけれど、彼の身体能力なら他の道でも逃げられた筈です」

「確かに…」

「う…。確かに…」


 この辺りでレプトは気付き始める。アレはれっきとした罠だったと。


「私が教えた通路は、分かれ道が多く、一つでも間違えると行き止まりです」

「え⁉つまりレプトは一つも間違えずに逃げたってこと?」

「……全く。酷いことをする恐ろしい女だな」

「そ、そうですよ。もしも間違えたら、レプトは…」


 そこでゆっくりとレプトはシーツをズラした。

 髪の毛を隠すようにだから、まるで子供が毛布に包まっているような仕草。

 だが、その奥からは半眼が向けられ、丁度よくシスターの半眼とぶつかる。


「その時はその時。それだけの男です。…ですが、それを突破したとなると、今までの全ての辻褄が合います」


 そう。ここがとにかく恐ろしい。

 違っていたら、ただ排除すれば良いという彼女の考え方が恐ろしい。


「そんなことが出来る女だったのかよ…」


 前回はただただ優しくて、正義感あふれる少女。

 そういう面しか見えなかったということ。

 それを彼女は身を以て証明した。


「勇者様の為なら何でもします。そう言って頂けますか?」

「えと、それって…。もしかして僕の生まれとも…関係してる…?」

「まるで最初から知っていたように思えます。勇者様の生まれた場所、そして私達の名前、私達の知らない悪魔の名前。一目で、魔王を言い当てたこと。おそらく、私が気付いていないだけで、それ以外にもあるのでしょう…」


 シーツのお陰で冷や汗をかいても平気。

 いや、薄いシーツのせいで、汗をかいているのが、丸分かり。

 どう言えば良いのか。だけど、台無しにしたなんて…


 そして、極めつけの言葉はコレ。


「勇者様、お気を付けください。…皆が話しているように、ただ魔王軍と通じているだけ。アリス教会に忍び込める人狼。その可能性も勿論残っています」

「え…。それならアッチもコッチも知っていて、当たり前…。そんな…」


 マリアは本当によく観察している。

 勇者様にこう言えば、彼がどうなるか


「分かったって。…白状するよ。アーク、今まで黙っててゴメン…」

「え?なんで謝る…の?」


 アークの顔が青褪める。そして、ソレをレプトは放っておけない。

 愛らしく、お人好しのマリア様は化けの皮を被っていた。

 寧ろ、彼女の方にこの言葉を捧げたい。


「俺は人狼じゃない。…俺は」


 だが、ここで言葉が詰まる。何か良い言い方はないのか。

 思考を巡らせる。一瞬、本当のことを言おうと思ったが、やっぱり無理。

 だけど、半端な嘘は見破られる。

 だから、レプトが選んだ自分の正体はコレだった。


「俺は未来から来たんだ。だから、この世界で起きることを知っていたんだ」

「はい?何を言っているの?」


 すると、問い詰めていた方のマリアが大きく目を剥いた。


「何って、…そういう話だったろ。俺は勇者アークがミネア村に生まれることを知っていた。そしてシスター・マリアが迎えに行くことを知っていた。大聖堂にも何度も入ったことがある。アークはあそこで本を読むのが好きだったから、何度もついていった…」

「嘘よ。何を言っているの?未来から来たなんて、荒唐無稽すぎる…」


 いや、実はマリアもその可能性は考えていた。そうであれば色んな辻褄が合う。

 そう思っていた筈なのに、いざ本人から聞くと。

 いやいや、そんなこと在り得ない。と思ってしまった。


 ただ、純粋無垢な少年は瞳を輝かせてしまう。


「凄い。レプトは未来から来たんだ。それで僕のことも…、えっと…僕の読書に付き合ってくれてたってことは…」

「当然、俺とアークは仲間だったよ。だから、お前のこともよく知っているんだ」

「そっか。それじゃやっぱり僕の勘って当たってたんだ。レプトなら…」

「勇者様、お話はそこまでです。」

「え、どうして?」

「服屋さんに着いたからです。このままではレプトと一緒に行動できない。それは分かりますよね?」

「うう…。はい…」


 服屋に着いたのは本当だった。

 だけど、彼女の中の何かが警鐘を鳴らしていたのは間違いない。

 だから、彼女はあの時のように振る舞う。


「今回も私がお金を工面します。勇者様は馬車の中でお待ちください。レプト、ついて来なさい。そのシーツごと」


     □■□


 次なる目的地はウラヌ王の待つウラヌス城である。

 王族は遥か昔の勇者の血を継いでいて、その勇者は後に獅子王と呼ばれることになったから、獅子王城とも呼ばれている。

 二千年前から大陸の中心で、今も中心と呼ぶ者が多いが、そこはさておこう。

 中心だから貴族の屋敷も多く、昔ながらの貴族街もある。

 故に王領の服屋は貴族御用達である。


「あの…。マリア様ですよね。…その方は」

「例の人狼のせいで、全てを失った物乞いです。勇者様が放ってはおけないと」

「さ、左様でございますか。ですが、流石に物乞いでは分不相応ではないか…と」


 丁度良く、顔にインクがついたまま。転んだ時の泥汚れもあり、顔だけ見ると本当にそう見える。


「時間がないのです。既にお聞きでしょうけれど、聖都ダイアナが襲われました。私と勇者様の衣服もその時に浴びた血がついてしまい、替えが必要になったのです。そのついでに買ってやるだけです」


 ぺこりとシーツ男も頭を下げる。

 流石は勇者専属のシスター。マリアの顔は知れ渡っているらしく、店員も強くは言えない様子。

 それ以上は深く詮索せず、無事に営業スマイルに戻ってくれた。


「であれば、勇者様もご一緒に…」

「勇者様の出はミネア村です。そしてこれから陛下との謁見ですよ」

「あ…。左様でございますよね。勇者様はお忙しいでしょうし…。それではどのようなものを見繕いましょう」

「適当にしてください」

「かしこまりました。では、いつまでに」

「今すぐ用意してください」

「いえ。そういうわけには…」


 とは言え、無茶ぶりが過ぎる。そも、彼女が勇者と出会って、予定通りに事が運んだ試しがない。

 それにそもそもマリアは貴族の服など知らない。

 ここでスッとシーツから手が出てきて、いくつかの服を指さした。


「物乞いが何?」

「こんな高い店には行かなかったけど、アイツはこういう服を時々来てた。着飾るのはあまり好きじゃない。で、俺はこういう感じのがいい。あと、勇者様の服のサイズは──。んで、俺のサイズは──」


 すらすらと出てくる勇者の個人情報。

 そんな中、マリアは半眼をソレに向けた。


「…お前のは知らないって。いや、ほんとに」

「そ。それなら良かったわ。サイズまで分かったのなら、即準備出来ますよね。謁見の時間が迫っていますので」

「その…、後で勇者様にお会いさせて頂くことは…」

「それはそうです。馬車の中で着替えるわけには行きませんから」

「か、かしこまりました‼では、店を閉めて急ぎ作ります。それでは後程…」

「そうですね。ですが、私たちはここで待たせてください。勿論、その間に勇者様もお連れ致しますよ」

「承知しました!」


 店員はそう言うと、急いで店の看板を下ろし、中に居た店員を引き連れて奥に入っていった。

 その様子をシスターは笑顔で見送り、シーツ男は半眼を彼女に向けた。


「服を選ぶなら、本人を連れてくるべきだろ?」

「そうですね。単刀直入に言います。アナタが未来の記憶を持つことは、これからも

 隠し続けてください」


 そこでシーツ男は目を剥く。

 どうしてと言う前に彼女は続ける。


「未来のことを知って行動した結果こうなってしまった。一つ目の理由がソレです」

「うぐ…」

「とは言え、それは過ぎた話ですので、これ以上は責めません」

「それは…有難いけど。そんなに理由があるのかよ」

「はい。そしてこの二番目の理由が一番の理由です」

「一番の理由…。それって…」

「アナタのせいでアークはかなり世間知らずに育ってしまいました。精神年齢も低く感じます。だから彼は貴方に依存しています。これ以上はアークの成長の妨げになります」

「でも、アイツはもう知ってるんだぞ。それって意味なくない?」

「それについては私にも責任があります。ですから、私からそれとなく伝えておきます。未来を知ることは必ずしも良いこととは限らない…と。持っていた力を持っていないのでしょう?」


 ズキッと胸が痛む。

 既にそういう話をしてしまった。そしてその解決策は分からないまま。


「勿論、私にも教えないでください。私たちは自分で考え行動する。そうしなければならない。…そんな気がするのです」


 そうかもしれない、と思わせる何かがあった。

 既に知らない展開が訪れている。アレは夢だと思って、新たな気持ちで勇者を支える。

 それにアークの記憶がないのはアーク自身の問題かもしれない。

 魔物の言葉だって、同じ理由かもしれない。

 アーク自身の成長が、解決の道かもしれない。


「そうかも…だな」

「あ…。それでも彼の為と思えることは、ちゃんと話をしてください」

「はぁ?さっきの話と矛盾しているんだけど?」

「矛盾していません。つまりこういうことです。アナタだけのせいではないにしても、アナタは家族を助ける為に、彼から父を奪いました。その代わりをするのです」

「俺が…アークの父親?そんなの…」

「未来から来たのなら、今は年下でも精神的にはずっと年上なのでしょう?父親のように見守り、父親のように背中を押す。そうして頂けるなら、私はあらゆる手段を用いて、貴方の正体がバレないようにいたします」


 マリアの権力を散々見させられた後に、この条件の提示。

 脅迫されていると分かるが、なんとなくそれが正しい気もしていた。

 アークの父親は前の世界でも、あの戦いで死んだ。

 だからって、そういう運命だったと割り切れるわけはない。


「…はぁ。分かったよ。自信はないけど、父親のように見守ることにする」

「宜しく頼みます。それでは彼を呼んできましょう…」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「なんですか?これ以上話をするつもりは…」

「俺だけじゃ不安だから…。マリアは母親役になってくれ」

「何を…。アークの母親リリーはご存命です」

「それを言ったら、俺も本当の父親じゃない。元々、勇者を導く役目なんだから母親みたいなものだし、シスターってそんなイメージあるし」


 そこでシスターは暫し黙考した。そして何度か頷いて、肩を竦めた。


「それは確かにそうです。ですが‼貴方と夫婦になったという意味ではありませんからね‼」

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