第14話 聖堂からの脱出

 レプトの声に子供悪魔、キッザ・ギャスターはニヤリとした。


「鳶色の髪、鳶色の瞳。なーんだ。やっぱ居るじゃん。やっぱ、君が勇者?」

「違う。俺は勇者じゃない。勇者はアークだ。お前がいつか楽しく戦えるようになる男はアイツの方だ‼」


 鳶色の少年。まだまだ弱い少年。彼の言葉に悪魔は軽く目を剥いた。


「ふーん。女神の恩寵。…そういうこと、ね。で、君は勇者のなんなのさ?まだ、あの金髪の臭いはしないけど?」

「お、俺は…」


 レプトは、とんでもない魔力を感じて、堪らず馬車を飛び出してしまった。

 ここには少々強い小物モンスターしか現れなかった。なのに、どこで変わってしまったのか、やっぱり自分のせいなのか。

 そして、四天王の一人がここにいた。

 だから、自分の立場を忘れて飛び出してしまった。

 勇者に教皇の権威を授ける。その為に隠れていたというのに。


「仲間だよ。僕の大事な仲間だ。レプト、僕も一緒に戦う…」


 勇者アークの足が動く。枷が外れたように軽く。

 だから、彼は心から思った。


「やっぱりレプトは勇者だよ。女神とか関係なく、僕にとっての」

「駄目だ、アーク。今のお前じゃ絶対に勝てない。…俺が何とかするからお前は…」


 怯える人々の前に立ち並ぶ二人。

 だが、二人の声は怪人の大声に掻き消される。


「たは‼聞いたー?今の聞いたぁ、レイネリアぁぁぁ‼勇者が彼のことを勇者って呼んだよー?これ、賭けはボクの勝ちってことだよねぇ‼」


 そして、彼の不思議カバンの中からも声。


『はぁぁあああ?ざけんなよ、ガキ。そもそも鳶色髪がアリスの使徒の勇者かどうか…って話…』

『そんな話してないじゃん。勇者かどうかしかしてないしー』

『ぐぬぬ。それは不文律っていうか…。じゃなくて、アンタは早く帰んなさい。魔王様、めちゃくちゃ貧乏ゆすりしてるわよ』

『げ…。そうだった。ベルゼルスギルス、後はよろしく!』


 悪魔同士の会話は基本的に人間には聞こえない。

 だが、魔力量が凄まじいため、深いな怪音波は響く。反響しやすい造りが故に全員が振盪を起こしてしまう程。


 その中、少年は鞄からポイと黒い球を出して、鞄から生えた羽をバタバタとはばはかせ、割って入った窓から姿を消した。


「かはっ!」


 そして、緊張の糸が途切れたのか、勇者は大きく息を吸い込んだ。

 そんな勇者に彼は問うた。


「…どうなってんだ。アーク、アイツら。なんて言ってた?」


 これがレプトの両腕を頭に追いやることになる。


「え…?なんてって。レイネ…リア?とか賭け…とか」

「は…。いいや、そうじゃなくて。その後、怪音波が出てたとこ」

「うん。凄い魔力だった。…帰ってくれて、正直良かったよ」

「…へ」

「え?レプト、頭に怪我?大丈夫?」


 気付いた時、レプトは頭を抱えていた。無意識に物理的に抱えていた。

 彼はただの記憶喪失ではないのだ。


「マジ…。そこはどうやっても無理だぞ」

「え…。もしかして今の音、呪いの魔法…だった…とか?」

「い、いや。それは大丈夫なんだけど…。考えないといけないことが…」


 アークにも魔物の声が聞こえない。

 ハッピーエンドへの道の、大切な大切な力まで失っている。


「ちょ、ちょっと。貴方、どうしてここに…」


 マリアの足の震えも収まり始めた。

 その間、彼女なりに今までの出来事を振り返っていた。

 ただその前に、ギャスターが残した置き土産の出番だ。


「ぬわぁああっはっはぁぁぁぁあぁあああ」

「え⁉今度は何?」


 既に血染めの大ホール。

 僧兵も半数以上が死亡しているし、教皇はとっくに腰を抜かしているしで、何もかもが混乱している中に、アングルブーザーが突然現れた。


「…余興は終わったようだな。全く…、若い悪魔は気が早くて困る」


 この中で唯一、アングルブーザーと極夜地帯を知っているレプトは頭を抱え中。

 だから、全員の顔面は蒼白色に染まる。まだ、終わっていないのか、と。


「この程度で腰を抜かすか。たかだか60年しか生きられぬ脆弱な猿が。だから我らが統べるしかあるまい。そこにいる脆弱な人間共よ、皆頭を垂れろ。我は世界を統べる王である。二千年の封印など、我にとっては丁度良い睡眠。朝の飯もまだなのだからなぁ…」


 因みに、レプトが見たアングルブーザーは小部屋サイズで、人間サイズ。

 だけど、流石に今は等身大。 【投影魔法】で、映し出された等身大のアングルブーザー。


「チッ。マジでギャスターは関係なかったのかよ。アーク、こいつがアングルブーザーだ」


 因みに、マジックラビットとマジックラットの二匹は何も喋っていない。

 二匹で必死に黒いオーブを愛らしく支えている。


「あいつがアングルブーザー?…じゃあ、さっきのは…」

「愚かな勇者よ。アレは我が僕の一人。あの子供を我と思うたとは笑止‼どうやら今回、我が出る幕はなさそうだなぁぁああああ」

「馬鹿を言うな。俺達はお前のところに辿り着く。そして勇者アークがお前を討つんだ」

「ふはははははは。成程、成程。お前が鳶色の男…。お前のお陰で我が軍の腹が膨れたそうだな。褒めてやるぞぉ?」

「うるっせぇ‼一方的に略奪しておいて‼」


 そして注目されるのはやはりレプトだった。

 魔王も何の情報もない勇者より、数年前から報告されている子供の方に興味が湧いていた。

 で、ハッキリ言って反応が悪い、と内心思っていたらしい。


「…では、勇者の送別会を楽しむが良い。だーーっはっはっは。人間共よ‼震えて眠るがいい…。……人間共の反応が悪いから気にくわぬぞ、ベルゼルスギルス。…何?まだ、終わってない?もう良い。早く切れ…全く…」


 そして魔王の姿はあっさりと消えた。

 ついでに愛らしい二匹の小物モンスターも走り去っていった。

 小物モンスターは魔王の怒りに気付いており、怒られるんじゃないかと逃げていったのだけれど。

 二体の魔物を逃がしてしまうほどに、大聖堂の人間たちは呆然としていた。


「あ、あ、アイツの…せい…だ」


 そして、誰かが言った。

 それが口火となって、混乱の収束場所をアレに求めていく。


「あの髪。鳶色の髪の男…。怪人レプト…。いつの間に…」

「だ、誰が居れたのよ‼アイツよ。アイツが悪いに決まってるじゃない‼」

「僧兵‼何をやっている。早くアイツを捕まえろ‼」

「捕まえるんじゃない。殺せ‼取り囲んで殺せ‼」


 ドン‼


 ここで少女が動く。勇者の導き手の少女。

 彼女は瞳を泳がせながら叫ぶ。


「勇者様。怪人レプトをお斬りください。勇者様の力を見せつけるのです」

「え⁉でも、マリア様…」

「くっそ‼斬られてたまるかよ‼こういう時はなぁ…、逃げるんだよぉぉぉおおおお‼」


 そして鳶色の少年は軽快なステップで僧兵の槍を避け、逃げ出した。

 とある少女が瞳を動かした場所に向かって走り出す。

 因みに、そちらの方向にあったのは人気のない通路である。

 そこにうっかり視線を向けてしまった少女は言う。


「勇者様、私たちも追いかけましょう。こっちです‼」

「え?え?でも…」

「いいから、こっちです。アーク様は勇者なのです‼回り込んで捕まえるんですよ‼」


 そしてマリアが引っ張るのは、僧兵たちが向かう道と反対側だった。

 確かに、レプトが逃げていった通路は兵士で道が塞がっているのだけれど。


「その…」

「彼奴はアリス島から出るでしょうね。だから、私たちは別方向から向かうんです‼そこなら絶対に出会えます‼」


 戸惑う勇者、目を白黒させる彼に宝玉のような碧眼を見せつける少女。

 その瞳を見て、アークは頷いた。


「…うん。分かりました。案内してください」

「はい‼」


     □■□


 鳶色の青年は大聖堂の石畳を駆け抜けていた。

 惨劇があったと知らない者も、何かが起きたくらいは理解できる。

 そして、どうみても逃げている少年だから、一応立ち塞がる。


「っと、悪い‼」


 だが、少年の服の端さえ掴めない。

 ある者は股の下を抜かれ、ある者は脇の下を抜かれ、ある者は遥か上を飛び越えられた。


「居たぞ。この道は絶対に通さない‼」


 と、大男三人が道を塞いでも、彼は止まらない。


「壁だったら通っていいってこと?」


 そう言いながら、レプトは突っ込む。


「な‼そっちだ‼」

「うお‼あっちだ‼」


 大人三人分の幅がある廊下の壁をピョンピョンと飛び跳ねる。

 どう見ても常人の動きではない。

 そして、振り返った時には姿が消えている。

 

「——で、…居た居た‼」


 大怪盗レプトの動きについていける人間はまずいない。

 その理由に彼も少しずつ気が付いているこの頃。

 彼は丁度よく馬を見つけていた。


「こらっ‼それはレオス枢機卿の…」

「へぇ。枢機卿ってのは魔物の馬に乗ってんだなぁ?」

「はぁ?そんなわけ…。あ…いや…。…って、馬泥棒‼」


 落ち穂拾いはさておき、これがレプトの最初の窃盗である。

 とは言え、良いことをしてやったとも思っている。

 人間と魔物、アリス系とエリス系との間に子供は出来ない。

 だから、魔物の子は魔物である。でも、ここに居ても分からないくらいには溶け込んでいる。

 そして、魔物の方が身体能力が優れているから、良い馬は大抵魔物だ。

 因みにレプトはそれで見分けられた、という訳ではない。


「だよな。…やっぱ、共存がお前もいいよな。だけど、もうちょっとで暴れ馬って呼ばれるかもなんだぜ」


 鞍無しに魔物の馬を乗りこなせてしまうレプト。

 これくらい出来なければ、共存共栄の世界を目指せなかった。

 アークのレクチャー無しに、アレは絶対に不可能なのだ。


「その力を失ったのか…。それともキッカケが必要なのか…。一体、誰に聞けば…って、そんなの一人しか思いつかないんだけど‼」


 翠の魔女、イザベル。

 彼女なら、どうにか出来るかも。だけど、イザベルは東の大陸。

 最後の最後に仲間になる彼女と出会えるのは、当分先の話だ。


「っていうか、俺。なんで、俺名指しなんだよ。あれじゃ、どう考えても俺が裏切り者…、…うわ‼」


 手綱もなしに乗っていたから、流石に魔馬に意志を伝えられない。

 鞍もなしに乗っていたから、踏ん張りがきかない。

 突然、飛び出してきた馬車に魔馬が「ひひん」と嘶き、急に方向を変えた。

 そして、とんでもない速さで落馬、というより吹き飛ばされたレプト。


「この馬鹿馬‼それくらい飛び越えろって‼」


 とは言え、あれほどの身のこなしを見せた彼だから、見事な受け身でせいぜい擦りむいた程度で済んだ。


「クソ…。行ってしまった…。俺が魔物の言葉を聞き取れたらいいんだけど、流石にそれは…」


 落胆しかない。言語が違うではなく、使っている器官が違うのだ。

 魂というモノがあるとすれば、魂で会話をしている。それが魔物だ。

 どうにかなったのは、アークの前世がスライムだったから。


「だけど、それが今はどうなって…。って、今度は何?」


 受け身を取ったとはいえ、彼は女神の恩寵を貰っていない。

 そんな彼が擦り傷で済んだのは、美しい草が生えそろう庭園に転がれたから。

 だから、草塗れの彼。落胆中の彼の上にふわりと大きな布が掛けられた。


「こっちが聞きたいです。その布で全身を包んだまま、馬車に乗ってください。さぁ、早く‼」

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