第13話 教皇ゼットと勇者の会合
勇者一行、と言ってもまだまだ三人。
彼らはウラヌ王の城を横目にアリス島へ向かう。
王を無視するのか、なんて思われそうだけれど、現時点での勇者の扱いは教皇ゼットに委ねられている。
ごちゃごちゃしているモルリアはさておき、ウェストプロアリス大陸の国々は皆、アリス教の信者である。
一番偉い人と言われたら、誰もが教皇猊下だと答える。
「島って言っても、陸続きなのですね」
「はい。かつては島だったと言われておりますが、大聖堂に残る一番古い資料でも既に陸続きという表現がされています。ですので…」
「神様の時代の話だからな…」
「勝手なことを言わないで。勇者様。今から教皇に挨拶に行きます。その流れを今から説明いたしますね」
分かる人には分かる話だが、マリアは正確の悪い女ではない。
今回のレプトはそれほど、耐えがたい存在なだけだ。
あの時だってそうだ。俺が居たから、誰も見向きもしなかった。魔王を倒した後は手のひらクルクルだったけど。…で、あの時よりもさらに酷い…と
ハッピーエンドの日。
ドメルラッフ公ロバート、息子のダミアン、及び彼らが引き連れた軍隊。
ダイアナの僧兵たち。ウラヌ王と王妃、宰相ゲテムと近衛兵及び王兵たち。
教皇ゼットと枢機卿団、各地司教やシスター、占星術師と神学研究者等々。
サラドーム大公国、モルリアの要人も集まっていた。
それに加えて、魔物たちも…
そんなハッピーエンドは台無し。
今は警備の為の僧兵しかいない。
「猊下のお墨付きを頂くのが肝要です。…申し上げにくいのですが、評判はあまりよくありませんので」
今回の勇者の評判は、これより下があったのか、と唸ってしまうほど悪い。
だから、マリアが自分を排除したいと思ってしまうのも分かる。
でも、アークを支えたい気持ちはもっとある。
ソルトシティが安全になったのも、アークのお陰だ。
今回も俺の家族を守ってくれた。でも、俺が居ることで…
「大人しくソルトシティに籠っていればいいのに…。応援するだけではダメなのかしら」
アークに聞こえないように、少女は言う。
共に居なくても支えることは出来る。それでいいじゃない、と彼女は言う。
確かに、ドメルラッフ平原の戦いの後は、それしかないと思った。
「…心配になったから。俺にも責任あるし」
「責任を感じているなら、立ち去りなさい」
「それは出来ない。ちゃんと見守りたい」
「はぁ?」
彼女にとって、意味の分からない返事。勇者を想うなら身を引くべき。
それは分かっている。歴代一のハッピーエンドを目指さないなら、それでもいい。
だけど…、それって
ただ、真剣な顔でマリアと口論していると、彼は言う。
「それにしても、マリア様はレプトと仲が良いですね」
「そ、そんなことありません!」
「でも、僕と話をしている時のマリア様は、何処か距離があるといいますか…」
「それは勇者様が尊い御方だからです。この者とは住む世界が違うだけです」
「それについては俺も同感だよ。俺のせいで扱いが悪くなってて、悪いって思ってる」
「でしたら、直ぐに立ち去ってください」
「待ってください、マリア様。確かに魔物に利用されたかもしれません。でも、…僕はまだ誰も救っていません」
真っすぐなまなざし。いくら持ち上げられようと、舞い上がりはしない。持ち上がりはしない。
勇者の資質。弱者の味方、正義の味方の資質。
ただ、それ故に損をする。
「そうじゃない。…これから先。お前は世界を救うんだ。その力がある。女神の恩寵は感じているんだろ。」
「それは…。そうだけど。でも…」
ここで、コンコンと馬車の戸が叩かれる。
「勇者様。準備が整いました。大聖堂の門をお通り下さい」
恐らく小部屋に通されて、ささやかな勇者の儀が執り行われる。
以前のレプトは、ここで子供たちを連れていた。
だけど、今彼らは新たに生まれた街、ソルトシティにいる。
「…分かった。俺はここで待ってるよ。マリアもその方がいいだろ?」
もしかしたら、もっとひどい扱いを受けるかもしれない。
だから、今は。
「…そうです。最初からそうしていれば良いのです」
マリアは一度目を剥き、そして肩を竦めて落ち着いた喋り方を取り戻した。
胸を撫で下ろしている、という様子。
但し、レプトの突然の言葉にアークは酷く驚いた。
「なんで?僕たちは…」
「仲間だよ。だから、ここで待ってるだけ。流石に猊下の前にはいけないだろ。ここだとウラヌ王国法ではなく、アリス法で裁かれるし」
「そういうことです。彼の身の潔白は証明されていません。それにここでは魔物と通じた者は極刑が下されます。…納得はしていませんが、彼は大事な仲間なのでしょう?」
「…うん。大事な仲間。分かった。でも、それならここにレプトを残すのも…」
レプトのことになると見境が無くなる。それは流石に良く分かった。
だから、彼女も対応をかえた。勿論、勇者様の為に。
「そこもちゃんと考えています。先ほど特定の商人や御者は特許状が出されると申しました。この馬車の御者もそうですし、何よりこの馬車はウラヌ王族のものです。彼が余計なことをしない限り、僧兵も手を出せません」
とは言え、不安顔。
だから、彼も彼女の努力を後押しする。
「アーク。これはマジのやつ。マリアもちゃんと考えているんだ。ちゃんとお前の為を想って頑張ってる。俺に負けないくらい、マリアもお前の役に立とうと思ってる」
「な…。レプトの癖に生意気な。…でも、彼の言う通りです。私だってお役に立ちたい。だから…、断腸の思いでこうしています。…ですから、勇者様も義務を果たしてください」
二人からの説得。アークは寂しそうな顔をしつつも、小さく頷いた。
□■□
「ミネア村のアークと申します。猊下、この度はお招き頂き恐悦至極に存じます。」
「そう畏まれるな。ワシが会いたかっただけじゃ。よくぞお出でなすった、女神アリスの使徒であらせられる勇者アーク様。そしてマリア。無事で何よりだ。」
紫色のキャソックの上からえんじ色のマントを羽織った老爺。
その顔つきは好々爺と呼ぶにぴったりなもの。
マリアの配慮が実を結び、大聖堂で堂々と勇者は教皇猊下と謁見することになったのだ。
「恐縮です」
態々、モルリアから呼び寄せた絵描きにも仕事をさせられる。
勇者と魔王の戦いは二千年に一度の大きなイベントである。
その時の教皇は当然、歴史に名を残す。
「勇者アーク。お主は良い目をしておる。この老いた目でもハッキリ分かるぞ」
見えているかどうか分からない、本当に老いた瞳。
彼の願いは勇者が魔王を倒すまでに、寿命が尽きない事だろう。
「お前たち、これより先には立ち入るな」
と、僧兵の声。
「え…?」と勇者アークが振り返るが、待ち人ではなく寂しそうな顔で向き直る。
因みに、アリス島は島全体がアリスの威光で守られている。
魔物は簡単には入ってこないから、老若男女問わず、身を隠さずに生活が出来る。
だから、良い噂の方を聞いた人々が少しずつ大聖堂に姿を見せる。
ただ、とある理由があるから、僧兵がずらりと並んでいる。
彼らは勇者を視界の端に捉えつつも、警戒を続けている。
「良かった。人狼レプトをお捨てになられたのね」
「そりゃそうだろ。勇者様は魔王軍を斃す為にご降臨されたんだぞ」
「こら。私語を慎め。見学のみが許されているのだぞ」
大きな広間での謁見。人々と僧兵のやり取りは遥か後方で行われている。
だけど、反響する造りなのか、勇者の耳朶にあっさりと届けられる。
「…人狼?猊下」
「勇者様‼…儀式です。これは私たちにとっても、信者にとっても、信者ではない民衆にとっても大切な…」
「…はい。えと…。猊下、僕…じゃなくて、私アークは必ず魔王を打ち倒し、安寧の二千年をお届けします」
「これは嬉しい言葉じゃ。よくぞ言ってくれた。当然ながらワシらも協力は惜しみませぬ。五年前の戦禍の影響で多くは用意できなんだが…。アッシュ、アレを」
流石に挨拶して、それでお終いとはならない。
これは前の世界ではなかったことだが、本来は予定されていたことだった。
レプトが一時的に身を引いたのも、これがあったから。
巻き戻る前、マリアからそういう予定だったと聞かされた。
イーストプロアリスに渡る船の上で、ここまで来れたという安堵から、マリアがポツリと漏らした話。
「勇者様。何かありましたら、ワシの名ゼットを出せばよいでしょう。その為の特許状も用意しておりま…」
これで教皇ゼットの名と権威が世に広まる。
全てが、アークとレプトが仲間にならない設定で組まれた段取り。
そして。
ガシャン‼
突然、ステンドグラスが割れて魔物が飛び込んでくるのも、ある意味で段取り通り。
「猊下‼」
「勇者様、やはり魔王の手先です」
「ほ、本当だ。マリア様が言ってた通り…」
マジックラビットとマジックラットの二匹。
前の世界では小部屋に登場だったが、今回は大広間だ。
そして…
今回は更にもう一匹、パタパタと蝙蝠の翼をはためかせる、小型の魔物が追加されて、最後に入ってきた。
正確には蝙蝠の羽が生えるリュックを背負った悪魔だが。
「あれ。部屋間違えた?ねぇ、勇者って誰?」
僧兵が警戒する理由は勿論、このタイミングを狙って魔王が姿を見せるからだ。
だが、どうみても子供。だが、どうあっても勝てないと分かる。
「魔王だ。魔王が現れたぞ‼」
「魔王…。マリア様‼僕が…」
「駄目です。勇者様はまだ…」
アークが飛び出そうとするも、マリアが全力で引っ張って、その前に待ち構えていた僧兵が並ぶ。
「全員でかかれ‼伝承とはずいぶん違うが、間違いなく魔王だ‼」
「猊下、勇者様、お下がりください‼ここは我らが…」
伝統的に魔王は顔を出すのだが、その光景も絵画や記録でしか残っていない。
あくまで絵画、あくまで文章。アングルブーザーの、しかも第一形態の姿を自身の目で見た者は誰一人いない。
いくつかの形態を持っているという伝承が裏目に出てしまった。
「って、何なの?雑魚に用はないんだよ。もしかして、ボクが子供って舐めてる?」
【
その瞬間、僧兵の首が飛んだ。
「え…?え…?いや。いやぁあああああああああああ‼」
「うわぁあああああ‼魔王が奇襲をしかけやがった。こんなの前代未聞だぞぉ‼」
キレたナイフの複数本が、大広間に転がって、何が起きたかやっと分かるレベル。
それ程の力の差がある。折角集まってくれた信者たちは、生き残るために全力で逃げていく。
「全く。弱い犬程良く吠えるってやつかな。で、勇者は誰?そこの一番派手な服を着たおじさん?」
起きたての少年悪魔は一番目立つ場所で、一番守られている、一番偉そうな人間に指を向けてみた。
すると
「わ、ワシじゃない。勇者殿、頼みましたぞ」
僅かに残った白髪を振り乱し、好々爺だった彼は慌てて少年を突き飛ばした。
全力でサポートすると言った側から、コレ。
「猊下‼ここは全員で…」
「だ、大丈夫です。マリア様…。だって僕は勇者なんだから…」
そして、漸く。少年悪魔は目当ての人間を知った。
これでどうにか軌道修正か、と一部の人間は思った。
もしかしたら、いきなり世界に平和が訪れるかもと、ほんの一部は思った。
「はぁ…」
だが、悪魔が吐いた大きく溜め息に、その瘴気にやはり全員が死を悟る。
あまりにも圧倒的。あまりにも強大。魔王とはそれほどなのか、と。
そして彼は溜め息の後、こう言った。
「お前が勇者?なんだよ。ボクの負けじゃんか…」
その言葉は少しだけ心地の良いもの。
あぁ、なんだ。やっぱり伝承通り、勇者様が魔王を打ち倒す。
見た瞬間に負けを悟らせるとは、流石は勇者
「負け?負けを認めるのね、魔王」
皆が思うこと。ならばマリアも同じ。彼女だって本でしか知らないのだ。
だけど、言い方が不味かった。
「は?何言ってんの、コイツ。ボクが負けって言ったのはレイネリアとの賭けなんだけど?まぁ、いいか。こいつら全員ぶっ殺して、賭け自体無かったことにすれば…」
【
大木を一発で切り落とせそうな大きな斧が、物理法則を無視してカバンから飛び出てくる。
同時に一発でとはいかないが、数回降れば稲刈りが終わりそうな大きな鎌も飛び出てくる。
命を切り落とすカタチ、魂を刈り取るカタチのソレに、シスター・マリアの足が竦む。
勇者アークはどうにか持ちこたえるが、それでも足が前に出ない。出したいのに…出ない。
「さ、これでノーゲーム…」
人類にとってはゲームセット。敗北で終わる。次の勇者の降臨を待たなければならない。
そして、ここで逃げていく人々を掻き分ける影。
その影が飛び出したことで、斧と鎌の動きが止まった。
「キッザ・ギャスタぁぁぁああああ‼どうしてお前がここに居る‼」
その影の正体は勿論、鳶色髪の少年レプトである。
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