第11話 最初の三人
ソルトシティは騒然としていた。
前回生き残ったのは、子供たちだけ十一名。
だけど、今回は大人も混ざっている。
「アンタが勇者か。そのせいで俺の村は」
「私の村だって…」
「レクトお兄ちゃんがいなかったら…、私のと私の家族は死んでた、と思う」
罵声を浴びせる者はいなかったが、皆それぞれに不満を口にした。
罵声がなかった理由は。
「レプト、僕は…」
「駄目だ。俺も当事者なんだから、同席する資格はある。それに何があったか説明する手間も省ける」
すると、アークは悲しそうな笑みを浮かべてこう言う。
「レプトは凄いな。僕よりもずっと前から勇者をしていた」
「それ、もういい。何回目だよ。それに俺は生きる為にお前を売った。世界を救う勇者じゃない」
少しどころかかなり恥ずかしい。
前の世界で聞いた言葉でもやはり恥ずかしい。
そして…半眼の美女。
「勇者様、もうそれくらいにしてください。皆必死だった、それでいいじゃないですか」
「いや、駄目だよ。まだ、僕は世界を救ってないんだから。こういう積み重ねが…」
「いやいや。俺達を積み重ねても仕方ないぞ。ってか、本当に俺を連れて行くつもりか?ここまでしてもらったんだ。十分過ぎるんだけど」
勇者が慰労に訪れた。それだけで、ソルトシティに箔が付く。
皆、思うところはあるだろうけれど、最終的に世界が救われたら、全てを受け入れてくれるだろう。
ただ、やっぱり彼は変わらない。
「瓦礫から人々を救い、それだけでなく上級魔物と対面しても臆さず、王国の長弓を躱した。ますます、連れて行きたくなった。僕はレプトと一緒に世界を救いたい」
「それ、全部レプト信者の言葉ですよ。信じちゃ駄目です!」
マリアは正直、ちょっと変わった。
というより、彼女の場合は仕方がないのだろう。
だが、そんなことよりも、もっと恐ろしい言葉を彼は用意していた。
「レプト…どうかな。世界を救う旅に出たいって…思わない?」
これ。これがとてつもなく、恐ろしかった。
そして本心は当然、決まっているし分かっている。
だけど──
「俺は…、ここがあるし」
「そ、そうだよ…ね」
「そうよ。ここの神主さんなんだから、ここに永住しなさいよ」
マリアの口が驚くほど悪いが、本来こんなことを言う彼女ではない。
で、それはさておき。
「レプト。私たちのことなら気にしなくていいのよ」
「あぁ。そうだぞ。勇者様の慰労のお陰で、モルリアとの交渉も進められそうだ」
両親の後押し。だけど、そこではたと気が付くレプト。
「へぇ。凄いね。異国と交渉まで…」
「あ…。それなんだけどさ。俺の知識って実はアークの受け売りなんだ」
「な?お前、それを黙って。勇者様、また息子が余計なことを…」
ぽかぽかと良い音をさせながら、父リプトが息子レプトを殴るも。
「ん?僕の受け売り?僕はレプトとここで初めて…」
「あー、えっと。あれだってあれ。勇者様ならスライムの扱いに長けてるって話だから。ちょ、直接聞いたってわけじゃなくて」
「そういう意味だったの?だったら、ウチが先でも問題ないんじゃない?」
「いやいや。最初はいいかもだけど、アークの方がもっと詳しいっていうのがいずれバレて…」
そして、この思いもよらない話が、勇者を深堀していく。
「何を言っているのよ、このレプト頭。勇者様がどうしてスライムの専門家なのよ。グリーンスライムの扱いにも戸惑っていたわよ」
「誰がレプト頭だ。…って、そりゃそうだけど。でも、アークはスライムの…、アレだと俺は思うんだけど。まだ、経験が足りていないだけで、…な?な?」
「…いや。それはどうだろう。…僕は確かに何かだった気がするんだ。でも、それが何か思い出せないんだ。それより、スライムの特性について教えてくれないか?小さなことでもいいんだ」
そして、違和感の正体にまで、辿り着くことになる。
「それは企業秘み…」
「簡単なとこだと、スライムは塩に弱いって話だよ。浸透圧で体から水分が抜けていくって…」
瞬間、アークは目を剥いた。
「な…。そうなのか。それなら沸騰させて周囲に被害を出すこともないな。凄い発見じゃないか」
「…あれ?」
「それ、本当なの?私も聞いたことないんですけど」
「お前には言ってないんだが…。ちょっと待て。アーク、お前ってひょっとして…。記憶喪失…?」
すると、アークは腕組みをして首を何度か傾けて考え始めてしまった。
「勇者様が記憶喪失だなんて、聞いたことないんだけど?そういう報告もないし。生まれてから頭を強く打たれたという記録もないのよ」
「えっと。そういう意味じゃなくて…」
「それより、スライムについてそんなに詳しい方がおかしいのよ。…やっぱり悪魔と繋がっているのね」
成程。聞く人が違えば、そう聞こえるらしい。
レプトが勇者であれば、魔王と対峙する存在故にそんな疑いはかけられないのだが。
「そうか…」
そして長い長い黙考の末、勇者は結論を出した。
「…レプト。君の言うとおりかもしれない。僕は確か、何かを知っていた。というより前世の記憶を持っていた筈なんだ。…でも、全然思い出せない。きっと忘れてしまったんだと思う」
「ええええ?勇者様、前世の記憶をお持ちなの?」
「…だったってことです、マリア様。これが僕が抱えていた違和感の正体だったんです」
ここでマリアもレプトも呆けてしまう。
違和感そのものを本人は自覚していたのだ。
それ故に彼は
「だから、多分。僕よりも色んなことを知ってる誰かを無意識に求めていた。僕の足りない部分を埋めてくれる存在を。…良かった。見つけられて」
「はぁああ?それ、私のこと…ですよね?レプトの方を見ているけど、私ですよね。だって、案内役ですよ?」
「そう…かもしれない。…でも、レプトもその一人だと思う。だからどうしても会いたかったし、だから連れて行きたかったんだ。これでスッキリした」
「スッキリしなーい‼なんで、よりにもよってコイツ?私が案内するんです‼」
「だから、マリアもそうだってアークは言ってるじゃん」
「それはそうだけど、アンタは認めない」
どうしてもレプトに会いたかったのだ。
その理由もちゃんとある。
「マリア様はどうして彼をそんなに嫌うんですか?あの戦いは王国が仕掛けたものと分かっている筈です」
「それは…そうかもですけど。…でも、自分の命と家族を助ける為とはいえ、勇者様を売った事実は消えません!」
「それは、どんなふうに売ったんでしたっけ」
「申した筈です。勇者は西の村に生まれると魔物に言っていたと。これは教皇国にも記録があります。グリム村でハーピーに教えてたって」
この時点でかなりおかしい。
自分が世界をやり直した犯人だと言いたくないレプトは抜きにして。
「グリム村でしたね。それでマリア様、何年前にグリム村は襲われたんですか?」
「それは…。確か、私が11歳の時だから五年前です」
「マリア様が僕を見つけてくださったのですよね。その情報は…グリム村にも?」
「グリム村に伝わってたら、カモフラージュの意味がありません…」
「どこまでの方が知っていたのですか?」
とは言え、アークの言葉は見透かしているようにも思える。
「そんなこと…。五年前は本当にほとんど誰も知らない。それこそ枢機卿団とウラヌ国王と王族…くらいで」
「でしたら、やはり。枢機卿団かウラヌ王族に裏切り者がいるかもしれません」
「そんなことは…」
「…もしくは彼の天性の感覚です。マリア様はどちらを優先したいですか?」
そして、ここでチェックメイトには至らぬチェックが入る。
アークのいう天性の感覚という言葉はかなりアバウトではあるが。
「私の立場では言えません。…言えませんが、その男の勘が当たっていたことにしたいです」
「うん。僕もそう思います。ここまで徹底して、末端に情報を漏らすとは思えませんからね」
「でしたら‼」
「うん。彼には何かある。多分、僕の足りない部分を埋めてくれる何かが、ね」
そしてぐぬぬぬぬ、という空気の揺れとギリギリギリという歯から発する振動。
その空気を読まないのはアークらしさだった。
「でも、良かった。実は籠っている時から探していたんだ。多分、出会う人間皆にそういう目を向けてたと思う。だから、最初にレプトに会えて本当に良かった」
「え…。うん。俺も、こんなことになるなんて…思ってなかったっていうか…」
やや頬を染める金色の髪と鳶色の髪の少年二人。
そして、ついにシスター・マリアはそこに突破口を見つけた。
「待ってください‼今、勇者様は仰いましたよね‼出会う人間皆に聞く予定だったと‼」
「それは言ったけど…」
空色の瞳が泳いでいくが、そこに割り込むのは柔らかそうな少女の手相。
「勇者様はこれから色んな人と出会います。その中で改めてお選びください‼勿論、私もその中の一人です‼ちゃんと約束してくれたら、彼を通す準備を始めます‼」
「わ、分かった。約束する」
「…っていうか、準備してなかったのかよ」
そして、そういえばとレプトは右手を前に突き出した。
「スライムの件でどうやら交渉もうまく行きそうだ。勿論、アークが思い出すまでだけど。…それまで、宜しく」
レプトが無造作に出した手を見て、アークは丁寧に自らの手を拭いて、同じく差し出した。
「思い出せる気はしないから、きっとずっと頼りにすると思う。だから、これから先も宜しく」
その光景を見ていたシスターは急いで両手を二人の手の上に重ねる。
「私も居ますから‼そしてぜぇえええったいに、もっと何でも知ってる誰かをみつけますから‼」
巻き戻る前の記憶を持つ、元盗賊のレプト
巻き戻る前には持っていた筈の前世の記憶を失くした勇者アーク
そして、どうにか二人の仲を引き裂こうと企むシスター・マリア。
とにもかくにも、勇者アークの仲間が揃った瞬間だった。
これから先の道はレプトの参加で非常に厳しいものとなるのだが。
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