第9話 慰霊祭での奇行
勇者アークとシスター・マリアはソルト山地を切り開いた道を歩く。
そこでは本当に丁度良く魔物が現れる。
「魔物です、勇者様」
「はい。分かりました」
そして、見事に魔物を倒す勇者様。
「一匹いたら二十匹の大ウサギと一匹いたら三十匹の大ネズミと、一匹いたら百匹いるグリーンスライムです。このソルト山地に出没する魔物です。さぁ、どんどん行きましょう」
「え、あの…」
「どうされました?もしお疲れなら…」
「いや。その…。あの人たち…」
「さぁ。木かモズクか、ミミズです」
ズラリと並んだ兵士たちは魔物が現れると、道を開ける。
そして、態々マリアが魔物ですと叫んで、勇者が倒す。
これが勇者アークには耐えがたいことだった。っていうか恥ずかしすぎる。
「み、みんなも戦ったら…いいんじゃ」
「そうではありませんよ。これは決められた道なんです」
スパーン‼
そんな中、空気を切り裂く音がした。そして頭上からは。
ぐぎゅぅぅうう…バサバサ…
という鳴き声と翼がはためく音がして、今度は地上。
「ちっ。逃げられたか」
弓兵たちの悔しそうな声に、勇者アークは首を傾げる。
「あの…。今のは…」
「気のせいです。もしくは野生生物同士の縄張り争いです」
いやいや、絶対に嘘。そう思うのに
「さぁ、勇者様。またしても魔物です。今度はグリーンスライムと人食い大ネズミが集団で来ました。私と共に倒しましょう」
「え、う、うん」
シスターの勢いに押し負ける。
何となくの情報は入っているし、自分が勇者だと知っているが、勇者という気がしない。
スパーン‼スパーン‼
という音のせいで、守られている気しかしない。
ただ、この状況もマリアが描いた道の上。
「この辺りも強い魔物が時折現れます。ですが、勇者様にはやるべきことがあるのです。今は何も考えずに目の前の魔物だけを倒しましょう」
「やるべきこと…。そうですよね。では、ここは皆さまにお任せします」
「そうです。それに周りの人なんていません」
やるべきこと。それは確かに分かっている。
それが最終目的かは分からないけれど。
「うん。行かなきゃ…」
「はい‼」
ここからアークは考えるのを止めた。
マリアに言われた通りに魔物を倒す。そして、その行為は経験値を、女神の恩寵を呼ぶ。
「凄い…。これが伝承に残っていた力…。勇者様、私もいけます‼」
「伝承?えっと…」
「はい。これこそアーク様が勇者である証です。勇者様は魔王と立ち向かうことでこの力を得ます。そして勇者の仲間にも同じ力が与えれるのです。…仲間と思っていただけて…私嬉しい…です」
「勿論ですよ。僕、頑張って強くなりますね」
□■□
アークはひたすらに戦った。
周りの人たちの目も、みるみる変わっていった。
衆人環視の中でも、堂々と戦う姿はまさしく勇者のソレ。
「流石は勇者様です‼これが魔王を倒す力なのですね」
「マリア様、まだまだです。僕にはやらないといけないことがありますし…」
「勿論、承知しております。ですので、その準備もしております」
後ろからは仕事が終わったと、ウラヌ王軍とドメルラッフ軍の兵士がずらずらとついてくる。
勇者とマリアが通り過ぎたら、家に帰ってよいという話だが、あまり早くに動くとマリアの矢のような視線が飛んでくる。
だから、30m後ろくらいに大部隊が歩いていることになる。
そんな彼らを指で示し、勇者はシスターに問うた。
「彼らも参加するんですか?」
「どうでしょう。私も準備の様子は見ておりませんので」
「あ。そだ。荷物、僕が持ちます。用意して頂いている魔物は片手でもどうにかできそうですし」
「い、いけません。これは私の仕事…」
「だ、大丈夫です。…男が重い荷物を持つ。そう父からも言われましたし」
「そ、そうだったのですね。…でしたら、お任せします」
そして勇者は剣を担ぎ、荷物も担ぎ、歩いていく。
身軽になったマリアは、シャキシャキ歩いて勇者をあの場所へと誘導する。
「勇者様はお優しい方なのですね」
「優しい…のかな。まだ、よく分からないかもです。でも、早くマリア様のように逞しくなりたいです」
「私、そんなに逞しい…ですか?男らしいっていう意味…」
「あ、…いや、そういう意味じゃなくて。ちゃんと世界のことを知っているというか。…えっと、なんでもないです。僕は早く世界を見てみたい…ですから」
「そ、そうですよね。でも、私…は。まだまだですよ」
「いえ。…本当にマリア様で良かったです」
「…そう言ってもらえるなら、頑張ってよかったです。でも、私も勇者様で良かったです‼」
とは言いつつも、未だにつかみどころのない男、それが勇者アークだった。
何がどうってことはないのだけれど、妙な違和感がある。
だけど、その理由には心当たりがあるから何も言わない。
だって、その為に前に進んでいるのだから。
□■□
聖都ダイアナがあるアリス教国は一部は大陸と接しているが、島と呼んでいる。
島の名前は国名と同じで、女神の名前がそのまま付けられた、アリス島だ。
そして、島全体が宗教都市となっており、島全体が芸術と呼んでも良い。
そのアリス島に接している部分がウラヌ王国なのだが、マリアの役目の一つは勇者を教皇の元へ連れて行くこと。
「ですが、その前に。王国の一部であるドメルラッフ公領を横断するのですが…」
「ドメルラッフ公領…。ドメルラッフ平原…のある場所…ですよね」
「そうです。聖都に向かう前に勇者様はそちらに立ち寄ります。…ですが」
マリアはアリス島に閉じこもっていた。
だから、話でしか聞いていなかったが、実際に目で見ると青褪めるほどの状況だった。
「本当は長閑な畑が広がっている綺麗な場所だったんです。ですが、あの戦いのせいで、武骨な景色に変わってしまいました」
「…そうだったんですね。その景色、僕も見たかったです。長閑な景色は大好きなんで。だから…」
「勇者様‼」
「え…、えと」
堪らず、シスター・マリアは彼の手を握って走り出した。
勇者は隠れて住んでいたから、あまり世間を知らない。
だけど、何が起きたかは知っている。
「そう…ですよね。何処で何が起きたのかも…。私が…話さないと…」
「あ、あの。マリア様…。突然…、——‼ど、ど、ど、どうされたのですか。もしかして、マリア様も?」
彼女はアークの手を握って、涙を零した。
だから初めてマリアの、いや年頃の女の手を握ったことも忘れて、彼は心から焦った。
「いえ…。私は籠っていましたから…」
「そう…ですか。僕と同じ…ですね」
話でしか知らない。自分の父親が死んだ場所を知らない。
そして、武骨な城壁のせいでどこで何が起きたかもわからなかった。
「貴方のお父様はあの塀の向こうで立派に戦ったと聞いています。貴方の居場所を教えた裏切り者との戦いです。…しかも、それは魔物の襲撃を隠すための陽動でした。…そこで勇者様のお父様は、立派に役目を果たされました」
「…うん。聞いていた。でも、あの塀の向こう。人間の裏切り…ですか」
勿論、自分の為に戦って死んだ。守ってやるとずっと言われていた。
そして、本当に死んでしまった。優しい父、本当に悲しく思った。
「でも…、ゴメンなさい。私たちは何も…できずに…」
「マリア様は僕と同い年です。だからマリア様のせいではありません。僕は勇者として隠れ住むしかなかったし、僕だって同じです。僕は大丈夫です。だから…」
11歳の時だから、ちゃんと覚えている。
不届き者が現れたという理由で、ウラヌ王国が国中の男たちを集めたのだ。
「やっぱり勇者様はお強いですね。それにとてもお優しい」
「ううん。色々考えて心の中に閉じ込めただけです。えと、その…その前に手を…」
するとマリアは目を剥いて慌てて、手を離した。
慰霊祭には多くの人間が集まっている。その中で勇者と手を繋ぐのは流石に不味い。
シスターという意味だけでなく、きっと不味い。
「す、すみません」
「気にしないでください。大丈夫です。きっと…」
参列者は長蛇の列。その長さが、ここでどれだけの惨劇が繰り広げられたのかを語っている。
「勇者様…」
「宜しくお願いします…」
死んだのは彼の父だけではないのに、皆が勇者の前で礼をする。
マリアはずっと顔を伏せたまま。
閉じこもっていた自分とは違う。勇者も参列者も大切な誰かを失っている。
そして、どういう顔をしたらよいか分からない中、事件は起こった。
いや、彼が事件を起こしたと言うべきだろう。
「マリア様。…お願いがあります」
「え…?その、なんでもお申し付けください‼」
確かに何でもと言った。
何でもするつもりだった。だけど
「この城壁の向こうにいるんですよね」
「え?…はい。そのように聞いておりますけど…。まさか今から復讐を?」
「…えっと。復讐とかの前に、彼に会いに行ってみたいんです」
この言葉は余りにも衝撃的だった。
参列者の全員が目を剥くほどに。勿論、目を剥いた理由は決まっている。
「勇者様‼今から戦いに行かれるのですね‼」
「おい。お前ら‼みんなを呼んで来い‼」
これから人類の裏切り者にカチコミに行く。
とは言え、あの裏切り者はイーストプロアリス大陸の魔物と通じている。
「い、いけません‼あそこにいる魔物は凶悪です‼今の勇者様では…残念ですが負けてしまいます」
「ちょっとアナタ、何を言っているの?勇者様がそう言ってらっしゃるのよ?」
「ダメです。ここには祈りを捧げる為に来たんです。私たちには勇者様しかいないのですよ?」
「そうです。流石にまだ早すぎます。王国の殆どの兵士でどうにか追い払えたのですから」
兵士も分かっていたようで、参列者の間に割り込んでくる。
女神の恩寵を授からなければ、今の勇者は屈強な兵士にも負けてしまう。
それは今までの道中で気付けた筈だ。
だけど、彼は続ける。
「えっと。戦うんじゃなくて話をしてみたいんだ。挨拶くらいでいいんだけど」
「いけません‼戦うことになるに決まってます‼」
父親の死を問い詰めたい気持ちは分かる。
だけど、本当に本気で意味不明だった。
あれだけ恥ずかしがっていた勇者は、美シスターマリアに急接近してこう言った。
「…じゃあ、僕一人でいく。直ぐに戻ってくるので見なかったことにしてください。それが何でもってことで…」
「はぁ?…ちょっと何を言っているんですか」
意味不明なほどに強情な勇者。
今までの彼が嘘のようだった。
「それじゃ…、行ってくるから」
「ちょ、待ってください‼」
先ほどとは立ち位置が逆。
彼が前を歩き、マリアが追いかける。
そして、緊急事態を悟った兵士たちもゾロゾロとついてくる。
「マリア様。走ります」
「ええええ?」
すると、行列に気付いた勇者は速度を上げた。しかも、近くの曲がり角を何度も曲がる。
武骨に建てられた城壁で、所々が未完成の為、容易く城壁の外に出られる。
それがそもそもの失敗か、ここに連れてきたのが失敗だったか。
「お待ちください‼分かりましたから‼分かりました‼」
「分かってない…ですよね。僕だって分からないんですから」
「はぁあああ?」
その言葉を聞いた瞬間、マリアの中の何かがぶちぎれた。
だから、彼の手を思い切り引いて、どうにか立ち止まらせる。
これくらいで止まるくらい、力が足りていないのだ。
「分からないってどういう意味ですか‼」
「分からないものは分からない…。…でも」
この世界は歪に完成している。
だけど、中の人間には分からないことだ。
そして、分からないと言っている彼は、遂に伝家の宝刀を抜いてしまった。
「彼に会わないと、僕は勇者になれない。彼と会って初めて、僕は勇者になれるんです」
言葉の意味は分からない。だから、こうとしか受け取れない。
「それはつまり…。大悪党レプトに会えなければ、勇者を辞退する…と?そんな勝手…」
「辞退…そう言ってもいいかも。そんな気がする。勝手って言われても、こればかりはどうしようもないんです」
マリアは目を剥いた。
どこか違和感があると思っていたが、ここまで会話が通じないとは。
でも、彼を失ったらどうなるか分からない。少なくともマリアは生きる意味を失ってしまう。
「では、こうさせてください」
「……」
「少し離れた場所に兵士を待機させます」
「……」
「それから私の動向は必須!これでどうですか⁉」
そもそも女神アリスと勇者の関係も分かっていない。
この行為に何の意味があるのかも、復讐以外では思いつかない。
だから、戦う準備はしておく。
これでも十分に博打で、絶対に怒られる行為なのだ。
だけど、彼が勇者の辞退を口にした以上、譲歩する必要がある。
そして
「…はい。多分、無駄に終わりますけど、それで宜しければ」
と、勇者は言った。
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