第7話 ドメルラッフ平原の戦い

 歴史は繰り返す。巻き戻っているからこれが一回目。

 それぞれの世界線で内容は少し変わる。

 とある世界線では、勇者である我が息子から目を背けさせるため、父も参加した魔物との大規模な戦い。

 とある世界線では、勇者をつけ狙う魔物を斃す為、父親が立ち上がった魔物との戦い。

 そして、この世界線でのドメルラッフ平原の戦いは、人間と人間の戦いだった。


 どの世界でも戦いの舞台となってしまうのは、ここが兵士を集めやすい場所だからだ。


「俺たちは人間だぞ‼」

『魔物と通じている人間。それは既に魔物だ』


 レプトは生声、敵大将は魔法による拡声。

 これだけでも、レプトのただならぬ素質が垣間見える。

 だけど、体はまだまだ子供だ。女神の恩寵もない。


「魔物と通じてなんかない‼」

『でも、…居場所を教えた』

「く…、それは…生き残るために…」


 痛いところを突く。

 通じていたと言われてもおかしくない。

 

『偽勇者を騙った時点で、我々の敵だ。子供だろうと容赦はしない‼』


 我が息子から目を背けさせるため、父も参加した魔物との大規模な戦い。

 息子をつけ狙う魔物を斃す為、父親が立ち上がった魔物との戦い。

 前者の記憶しかレプトは持たないが、それでも思う。


 ──今回も争点は、やはり勇者だ


「皆、今からでもいい。俺を残して後ろに下がれ。もしかしたら、ダラバン領で保護して貰えるかもしれない」


 収穫後で、農民も多くが参加している。

 それに以前にあった矢の雨の数。

 この時期の民は、魔物と戦う為の訓練が義務付けられている。

 それはグリム村も同じ。

 本気で戦わなければ、偽物の村とバレてしまうからだという。


「そうだぞ。レプトの言う通り、みんなは下がれ。俺はアイツの父親だから、当然戦うがな」

「…父さんも…なんだけど」


 レプトの解放軍は、塩荒野に逃げていた三か月で、人数が二倍以上に膨れ上がっていた。

 色んな村が噂を聞きつけて、ウェストプロアリス大陸西側中央に逃げてきたのだ。

 だけど、たかが知れている。


「兵力差は天文学的だし、あっちには正規兵もいる。俺に付き合う必要はないんだから逃げてくれ」

「嫌だ‼レプトがいなかったら、僕たちはあの時死んでたもん」

「我がままを言うな。両親も生き残ったんだろ。ちゃんと幸せにしてもらえ」


 子供が前線に立つ、異様な集団。

 だけど、そこは流石に家族ごと助かったのだから、彼ら彼女らも黙っていない。


「ロク‼レプト様の仰る通りよ。アンタは下がってなさい」

「でも‼」

「大丈夫だ。ロクの代わりに父ちゃんが戦う。お前の何倍も強いんだぜ」

「ね。だから、下がるの。勇者様の迷惑になっちゃうでしょ」


 とは言え、大人たちは逃げようとしない。

 そして、レプトを勇者と信じて疑わない。

 ここまで来れたのは彼が居たからに他ならない。彼が塩荒野での生き方を教えてくれたからの他ならない。

 魔物に襲われていた農民たちを、戦い敗れた弱者を率いた彼は、ここにいる皆にとっては間違いなく勇者だった。


『ほう。子供を下がらせるか。だが、その子供らこそ、お前が魔物と通じている証拠だ。どうしてお前たちの子供は襲われない‼』


 敵大将がこれでどうだ、とばかりに証拠を突きつける。

 そしてレプトは大きく目を剥いた。

 勿論、あの髭男のドヤ顔にではない。子供たちが狙われないのは、敵大将に勇者ではないとちゃんと説明したから。

 ただ、謎だったのは自分たちが生きるための食べ物を残してくれたこと。


 この時期の魔物の狙いは勇者の早期発見と食料の確保だ。確かに半分以上は奪われたけど、生かしておく意味はない…


『そこの男‼偽勇者の頭を差し出せば、助けてやらないこともない。…いや、アリス島での保護を約束してやる』


 更にドヤ顔。そしてこれはレプト以外にはクリティカルヒットする。

 皆は目を見開いて、互いをけん制するようになる。


 レプトの方は…、ただ考えていた。いや、思い出していた。


 ──ひぃぃぃ。マジヤバかったな、この魔獣。でも、こっちに来てからで良かったよ。旅立った日に出会ってたら、全滅だ。アークの無鉄砲に関係なくな

 ──ちょ、ひどいよレプト。確かに無鉄砲かもだけど。…ん。でも、多分だけど。そうできない事情があったって聞いたような?

 ──多分とか、ようなとか、相変わらず良く分からないことを言うなぁ、アーク


 いきなり人間を蹂躙することは出来ない。そういえば、あれからあのハーピーと猫は姿を見せていないけど…

 いや、それどころか。魔物一匹姿がない。当たり前…かもしれないけど…


「馬鹿野郎!レプトは俺の子だ。誰が喜んで、自分の子供の頭を差し出すんだよ‼」

『フッ。まぁ、そうだな。だが、後ろの連中はどう思っているだろうな?』


 当たり前?いや、そんな…


「おい。どうするよ。アイツを差し出せば、俺たちはアリス教国で保護して貰えるって」

「もう、怯えなくても済むってこと?」

「だ、ダメだよ。レプトは私を助けてくれた、勇者なんだよ‼」

「そうだよ。僕たちはあの時本当は…」

「お前たちはそうだろうかもな。でも、俺たちは自分の力で逃げてきたんだ」

「それだって、私たちの存在を知っていたからでしょう?」


 先ほどから甘言を発している髭の男は、ウラヌ王国騎士団長。

 名はガラム・ルービッヒ。ウラヌ王国宰相ゲテムの腹心であり、将軍を名乗る程の人物だ。

 ウラヌ王国は教皇国と蜜月の関係にあり、ゲテムは教皇ゼットとも面識がある。

 だから、今の言葉に嘘はない。

 それ故、強い心を持つ者でも心が動かされる力を持っていた。


「レプト‼不味いぞ。後ろが慌ただしくなってきやがった」


 ここでレプトの思考は終わり。彼は肩を竦めてこう言った。


「そか。それじゃ父さんも後ろに下がって。大丈夫、息子の首を斬れ、なんて言わないから」

「あったりまえだろ。そんなことするわけねぇ!って、レプト‼」

「大丈夫だって。俺を誰だと思っている?」

 

 鳶色の少年は戸惑う父と、遥か後ろで心配そうに見つめる母を置き去りに、敵軍隊に向かって走り出した。


「おおうい‼俺はここだぞ。んで、俺は追い出されたんだ」


 大丈夫。アリス島で匿ってもらえるのは本当だろう。

 それで十分だ。この世界には帰る場所がある。


「だから、俺は一人!みんなは関係ないから‼全部、俺が仕組んだことだから‼」


 今回はそこに帰る人間の方がいないってことになるけど。

 前の世界で十一人の子供たちが真っ当に育つだけで、幸せは完成したと言った。

 でも、もっともっとたくさんの幸せを残せた。


『ふん。叔父貴殿も過分な約束をしたものだな。まぁ、いい。アイツは弓を避けるのが上手いと聞く。避ける隙間なく、矢を撃ち尽くせ‼』


 だけど…、やっぱ悔しい…かな

 えっと、ブーツ半島は左前方に向かえばいいんだっけ…


 視界の上方には尋常ではない数の矢。全てが長弓での曲射だったのか、今は上に向かって飛んでいる。


「俺が…、先にミネア村に行ったら…、ビックリするかな。いや、俺のことはまだ知らない…か」


 そして、ほぼ真上から矢先が落ちてくる。

 雨のような矢、矢のような雨。どっちでもいい。


「これは死ぬ…な。でも、せめて…、一目…だけ」


 フワッ


 その瞬間、ほんの少しだけど風が吹いた。

 出発式を終える前に、勇者がフライングで助けてくれるわけではなく、僅かな僅かな風が吹いただけ。

 殆どの人間には気付かない程度。だけど…


「え?これって…、避けられる…」


 そう。そよ風程度でも空中に放たれた矢は軌道を変える。

 レプトを中心に降る筈だった矢が、少しだけ右に逸れた。

 勿論、それでも常人なら躱せない。

 だけど、彼の経験と直感、そしてまだまだ発育途上で、栄養も足りていない体。


「でも、この感じ…」


 体は覚えていなくても、記憶はちゃんと覚えている。

 この程度、初見殺しでも何でもない、と。



「…な⁉」


 それを望遠鏡で見ていた観測班が、即座に将軍ガラムに報告に行く。


『なんだと?アレを躱した?…まぁ、いい。これは戦だ。騎馬隊、突撃だ‼』


 あれほどの矢の雨を躱した少年に多少は目を剥く。

 けれど流石は将軍であり、この異常事態にも即座に対応できる。

 そもそも先の演説で誰一人寝返らなかったら、こうする予定だったのだ。

 長弓で数を減らし、陣形が乱れたところを騎馬隊で轢き殺す。

 よくある戦法、常勝の秘訣。ここまでが今日の作戦である。


 ──だが、ここで一人の観測手が目を剥いた


「な⁉子供が動きません。それに…」

「ゲゼール、何を慌てている。怖気づいただけだ。見ろ、あんな子供だ。運よく矢を躱せたとて、これだけの騎馬を…」

「ですが、あの者。先ほどから『に・げ・ろ』と言ってるように思えます。いえ、間違いなく逃げろと叫んでいます」

「馬鹿か‼俺は将軍だぞ‼ウラヌ王国軍とドメルラッフ軍の指揮を任された大将軍だぞ‼子供一匹に逃げたとなれば、末代までの恥ぃぃいい‼」


     □■□


 変だったんだ。最初から変だったんだ。

 いや、最初からって訳じゃないか。でも、三回目からは変だった。

 ドメルラッフ軍の長弓の時は既に変だった。

 そして、言われた。


『悪魔信者共ぉぉぉおおおお‼我らの領地に立ち入ることを禁ずぅぅぅうううう‼』

『レプトぉぉぉおおおお‼お前のせいで、我らの村が襲われた。領民にも兵にも被害が出たのだ。…この報い、受けてもらうぞ。』


 あぁ、変ていうのは彼らのことじゃない。勿論、魔物の話だ。

 悪魔信者とか、偽勇者とか、そういう話も、あの時既に言われていた。

 

 ──うん。結構見られてたよ。空から…


 この辺りの魔物の統制をしているのはハーピーだ。もしかすると、ドメルラッフ軍に苦戦をしたんじゃないのか?

 あの紫のハーピー、結構頭が良い感じだった。

 だとすると…、俺たちが生かされていた理由って…


「逃げろ‼これは…、罠だ‼」


 レプトが叫んだのは、魔物たちの罠だと分かったから。

 レプトは偽勇者、悪魔信者という印象を持たせて、人間同士を敵対させた。

 ウェストプロアリス大陸の元締めかも、くらいの噂を立てたのかもしれない。

 もしくは、単に人々を乱す厄介者って思われただけかもしれないけど。


 どちらにしても…


「ぬわ‼将軍、罠です‼」

「馬鹿野郎‼罠が張られていると、そいつが言っただろ!」


 そっちはドメルラッフ領民が仕掛けた罠の方なんだけど。

 騎馬隊ということは農民兵ではない。とは言え、ある程度の情報は頭に入れていた筈。

 逆に言えば、それでも嵌ってしまう程、罠だらけの地帯。


 当然だな。俺が言ったってだけじゃなく、この辺の偉い人は皆知ってるんだ。

 大規模防衛が出来るのはココだけ。

 ブーツ半島じゃ、こんな戦い方は出来ないんだから。


「そこにも罠がある。騎馬隊は気をつけろ。それから…」

「やかましい‼偽勇者、魔物使い‼てめぇの正体は分かってんだ‼」


 全然ダメだった。いい大人が生意気な子供の言葉を聞いてくれない。

 当たり前な気もするけれど、そんなことは言っていられない。


「俺の正体なんてどうでもいい‼上だよ、上を見るんだ‼」

「上だとぉ?ぬわぁ‼落とし穴か。クソ、卑劣な罠を」


 いや。そもそも練度が足りていないのかもしれない。

 体は小さいし、女神の恩寵もない。だけど、目だけは肥えてしまっている。

 そんな少年は彼らが持つ馬上用の長槍にも臆さず、両腕を広げて訴えた。


「そうじゃない。俺の存在自体が罠なんだ。だから、大将に伝えてくれ。狙われているのは長弓部隊だって‼」


 そして、このタイミングでドン‼と部隊の一部が吹き飛ばされた。

 レプト用に弓を放った時に、ハーピーたちは行動に移していた。

 だから、こんなズッコケ騎馬隊の前衛さんに叫んだって間に合わない。


 ここで更にドン‼弓兵部隊が居た場所ではない、更に後ろに閃光が見えた。


「不味い‼街が燃えてる‼戦いの後ろを突かれた。どうする?戻るか?俺たちが決めていいのか?」


 弓兵部隊を急襲したことで、空の自由を得た。

 そのハーピーは司令塔である。

 空から命令を下せるようになったことで、小物モンスターも効率よく街を襲うことが出来る。

 敵ながら見事な戦い、自分が陽動役でなければの話だけれど。


「クソ。だけど…」


 若い騎士。馬に乗った立派な鎧の男。貴族の出か、商人の息子か。

 ただ、上流の貴族ではなさそうな彼。

 ここで功績をあげれば、きっと彼の未来は明るい。

 もしくは、その正義感からかもしれないけれど。

 目を剥き、呆然と街の炎を見つめる少年、彼を睨みつけて騎士は長剣を抜刀する。

 

「…こいつを倒せば全部が済むんだろ。全ての元凶って…、…ぐふぁぁああああ」


 だが、その剣が子供に振り下ろされることはなかった。

 少年はピクリとも動いていない。若い騎士の血が、その柔肌に飛び散っても。

 そしてゆっくりと上を向いた。


「紫ハーピー、なんで俺を助けた…」

「助けた?何を言っているのか分からないわね。単に騎兵を殺しただけなんだけど」


 最初の一回だけ。それからは一度も姿を見ていない紫の女ハーピー。

 彼女の獰猛な趾には、薄いメタルプレートなど意味がなかった。


「でもでもぉ。ウチにも助けたように見えたニャ?」

「ミアキャットまで…」

「ウチはミアキャットじゃないにゃ。ミーアって名前のミアキャットなのにゃ‼」


 何を言われても、耳に入ってこなかった。

 だって、ドメルの街があんなに燃えている。


『ドメルラッフ公、火急の件ゆえこの場は預ける。王国軍は急ぎ、ドメルの街の救援に向かうぞ‼』


 ここで、将軍からの全体命令がドメルラッフ平原に響き渡った。

 前の世界では起きなかったこと。


「俺は…」

「坊やはそこで見ておきな。役に立ったから殺さないであげる。ミーア、私たちも行くよ。」

「待ってニャ、モーラ‼」

「ちょ。重いじゃない」

 

 ドメルラッフ軍勢はかなり後方に居た、そして二体の魔物がドメルラッフ軍へ向かって飛び立つ。

 レプトはその行方を呆然と見つめる。

 小さな村の生き残りを守った結果、大きな街に大きな被害が出た。

 農民兵も正規兵もたくさん死んでしまった。


 この場に居なければ、知らぬ存ぜぬと思えたかもしれない。


 だけど、レプトはあの時、紫ハーピーのモーラと、白銀ミアキャットのミーアと出会った。

 そして、ここでも会ってしまった。


「レプト‼レプト‼」

「お前、大丈夫なんだな‼」

「良かった…。私、どうなることかと」


 本当は死んでしまう両親に抱かれ、孤独な毎日を送る予定だった子供たちにも抱きしめられながら、


 少年はか細い声でうめいた。


「俺の…せい…で、誰かのハッピーエンドが…奪われた」

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