第5話 死ぬ運命だった者を引き連れて
「この村は…。クソっ。一歩遅かった…」
レプトが生まれたグリム村はウェストプロアリス大陸の中央より少し北東部。
グリム村とシューリム村は、アイザック伯の領地内にあるが、アイザック伯はサラド大地の右と左で、王国と公国の間を蝙蝠のように飛び回る領主だった。
話は脱線してしまったが、重要なのはグリム村の位置なのだ。
前回の世界線では、ただ一人どうにか生き延びたレプトは、ひたすらに人を求めて西進した。
その結果、十数名の子供たちを保護する結果となった。
そして、彼ら彼女らを生かすため、自分の命を繋ぐ為には北部にある王の直轄領や王の家来の領地から、食べ物を盗むしかなかった。
食べる為なんだ。弟と妹の為なんだ。
悪いことだとは分かっていた。だけど、生きる為——
とは言え、そこでの庶民の生活を目の当たりにした当時のレプトは、盗みの対象を金持ち層に切り替えた。
自分たちは護衛を付けて子供を守りやがって…
今考えても仕方ない?いや、今だってそれは同じ——
そんな風に過去を振り返っていた時、少女の声が聞こえた。少年の声も。
「レプト‼まだ、生きてるよ‼」
「そうだよ、お兄ちゃん。諦めちゃダメだよ」
ミンミの声、だけじゃなくジョン、ジュン、デリが諦めるなと言った。
諦めるなと言う役目は、今回は助けた子供たちの方らしい。
結局、同じ子供を助けている…。当然だけど、やっぱり知らず知らずに同じ道を歩いている。
だけど…
「そうだよな。ダズ‼頑張れ‼お前はまだ死んでない。…お前はまだ生きているんだ」
「う、うう。お母さん…?」
ダズはレプトと同じように、密かに母親に逃がされた子。
村から離れた場所で発見されたのだって、当たり前だ。同じ世界なんだから。
「…大丈夫。俺が、いや俺達がいる」
「でも、僕…。逃げちゃって…」
「それでいいんだよ。それで…」
前と同じ。『俺が頑張るから』そう思った矢先。
「おーうい‼村民も何人か生き残っているぞ‼」
遠くから野太い声が聞こえた。
一つ目の村はグリム村として未だ存在している。
だが、実は後から追いかけてきた村人もいた。
それが二つ、三つと続いたから、大人もかなりの人数がいる。
「あは‼アタシのお父さんよ。えっとダズ君だっけ。行ってみよう?お父さんとお母さんを探しに」
「え、うん‼うん‼行く‼」
村は全壊、なのに領主は顔を見せない。
各地に設置されている小さな教会が潰れているのに、教会からの使者もいない。
大人たちが村を捨てるには十分すぎる理由だった。
「レプト、来てくれ。俺達じゃ助けようがない。下手をしたら潰れる」
「ひぃぃぃいい‼」
「大丈夫だ。俺の息子はすげぇんだ。勇者なんだぜ」
「勇者…様」
「親父‼余計なことを言うな。俺はただ…ちょっと手先が器用なだけだ」
大事な場面ではレプトが呼ばれる。
特にがれきに埋もれた人たちの救出や、危険な場所への立ち入りとか。
でも、それ以外は大人たちがやってくれる。力仕事だけでなく、現在進行形で襲われている村に飛び込むのも大人の仕事になった。
子供たちを送り込むなんて、道徳的ではないし、何より保護された子供の親もいるのだ。
勿論、その先頭に立つのはレプトの父・リプトだ。
「ここに勇者はいない。勇者は西に居る。食べ物を全部渡すから命は見逃してくれ」
最初の二回はレプトが言った。だけど、三回目以降は彼の言葉じゃない。
大人たちがレプトを真似て、そう叫びながら魔物に教われる村の中に飛び込むようになった。
「ボロ、ネズ、ギャン、ロク、テス、ガゼン。ちゃんと助けられた。それ以外の子も…。俺の両親も…、みんなの家族も。前よりもずっと平和だ」
勿論、犠牲はあった。だけど、前とは全然違う。これなら…
「…でも、これって変なんだ」
「ん?何が変?全部レプトのお陰なんだよ?あたしが助かったのも、皆が助かったのも」
「そ、そうだよな。俺、贅沢言い過ぎだな」
ミンチの手前そう言うしかなかった。
だけど、違う。これは明らかにおかしい。
レプトはあの時、両親を守りたくて勢いで言った。
村にある食べ物を全部差し出すって、全員飢え死ねと言っているようなものだ。
殺されたほうがマシだと思える、飢え死だ。
「全部の食べ物を差し出せ!死ぬよりはマシだ!」
と、今も彼らは叫んでいる。
だけど、その裏にあるのは
「そうかいそうかい。でも、それじゃアンタ達が困るだろう?…お前達!半分だけ持っていけ!!」
「有難うございます‼」
ハーピーのこの発言、そして略奪者に対して礼を言う大人たち。
全てを持っていかれないと知っているから、現住の村民も目が剥くことを平気で言う。
そして、同じことをする為に次の集落へと向かっている。
歩きながら、大人たちは言う。
「我らは勇者レプト解放軍だ」と。
さて、今一度地図を確認しておこう。
レプトがサラド大地の南西で、小山を越えたところにサラドーム公国がある。
サラドーム公国はサラド大地の北側の東西でウラヌ王国と繋がっている。
ハッピーエンドを迎えた世界、レプトはウラヌ王の直轄地もしくは王の重臣たちの領地で盗みを働いていた。
話の都合上、真西に向かっているように思えるが、実際は弧を描くように西へ向かっている。
知っている人は知っているだろうけれど、ウラヌ王の直轄地と王の重臣の領地はある程度南北に広い。
そのある程度の広さの南北に何があるかだが、そこには闘技場でにぎわう街がある。
アークとギルガメットが出会う予定の闘技場だ。
その雑踏の中でレプトは盗みを働いていた。前の世界の話だけれど。
アイザック伯領はそれら以南に位置しているから、弧を描くように西へ向かうことになるが、その先には何が待っているか。
カタッ…
その瞬間、レプトの全身の毛が逆立った。そして叫ぶ。
「皆、全速力で後ろへ‼迷ってる場合じゃない‼急げ‼」
レプトは女神の加護を受けていない。だが、それを言ったら他の人間も同じ。
それでも彼は経験している。自らの体ではないが、心が記憶している。五感の使い方を知っている。直感の扱いにも長けている。
「突然、なんだ?」
「いいから下がれ ‼」
レプトの声は声変りしていないからか、よく通る。
レプトは人ごみでもピンポイントに狙って発声が出来る。
全員の視線を集める方法だって、知っている。それに彼は皆の中では勇者だ。
本人は否定するが、女神の加護もないが、人々の目にはそう映る。
だから、全員が疑問に思わずに真後ろに向かって走り出した。
その直後
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ——
ザッの数が足りない程、簡単に五千文字使い果たせそうな程の雨が降る。
「は?矢の…雨?」
「ねぇ‼お空‼」
「チッ。ここじゃまだ足りない。更に下がるぞ。ドメルラッフ公は俺達を領内に入れたくないらしい」
この先はドメルラッフ伯爵領。爵位は伯爵だが大きな領地を持つから、ドメルラッフ公とも呼ばれている。
とは言え、ウラヌ王に膝をついているから、自治権の殆どを持つがここもウラヌ王国には違いない。
そして、そこから先にあるのが、ブーツ半島でありミネア村である。
だが、先も言った通りドメルラッフ伯爵領は途轍もなく広い。
領内にあるドメルラッフ平原では小麦の栽培と牧畜が盛んで、ウラヌ王の次に力を持っている。
『悪魔信者共ぉぉぉおおおお‼我らの領地に立ち入ることを禁ずぅぅぅうううう‼』
そして、空全体に広がる男の声。
「なんだと?俺達は勇者率いる解放軍だぞ」
と、誰かが絶対に聞こえない距離で反論をした。
だが、その次の言葉がレプトの胸に突き刺さる。
『レプトぉぉぉおおおお‼お前のせいで、我らの村が襲われた。領民にも兵にも被害が出たのだ。…この報い、受けてもらうぞ。』
遠隔で空気を震わせる魔法。
魔王軍幹部クラスになれば、映像も飛ばせる。
アングルブーザーの映像も、何度見たことか。今回ではないけれど。
「俺の…せい」
「気にしなくていいわよ。悪いのはレプトじゃない。この偽勇者制度なんだから」
「け。あんだけの農地を抱えながら、俺達を悪魔信者呼ばわり。野垂れ死ろってことかよ。俺達は人助けをしてんだぜ」
仲間たちはそう言ってくれる。
ただ、レプトの狼狽は半端ではなかった。
間違いなく、歴史が変わっている。
死ぬべき人間が生きているのは、魔物の侵攻が他所へ行ったから、そう思える。
この行為は正当なものなのか、それとも…
サササッ…
だが、考える余裕はなかった。
そして流石の伝説の勇者パーティの一人である。
レプトは違う音を拾って、大きく目を剥いた。
「駄目だ‼ここに居たら危ない‼」
「え?でも、ここに居たら…、矢は」
ここに居る誰も拾えない。
考えていなければ、レプトさえ気付かなかった程度の小さな音だ。
だけど、悪魔信者と言った割には攻めてこようとしない。
それだけ疲弊しているのかもしれないが、それならアレだけの矢を放てはしないだろう。
「この矢の攻撃は単なる威嚇じゃない‼後ろに下がるのも駄目だ。ここに居ちゃ駄目。南だ。南に逃げよう。」
この時期の人々の動向を考えれば、レプトの集団の異質さが嫌でも分かる。
そして、彼が言った悪魔信者という言葉の意味も、それが理由だ。
村に、教会に、地下室に子供を閉じ込めて、勇者が旅立つのを待つ。
だのに、多くの子供たちが野外を闊歩している。どうして彼らは狙われないのか、疑問を持たない方がおかしい。
「急げ‼王国軍が来てる。あの蝙蝠野郎、アイザックが姿を見せなかったのだって、そういう理由だ」
自領から裏切り者を出した責任を問われたことだろう。
王にも大公にも、教皇にも。彼らの予定は皆狂い、魔物たちは西へと向かった。
本来、大陸全土の村がターゲットにされる筈だったのに。
「南って…、トルリアまで行くってこと?確かにあそこなら手が出せないと思うけど」
「だけどよぉ、食料は持つのか?また、ハーピーが恵んでくれると助かるんだが」
選択を迫られる。選択…か
──うーん。どうすればいいだろ。レプトはどう思う?
──決めるのはアークだぜ。ただ、言えるのは
──言える…のは?
──アークがどんな道を選んでも、俺は喜んで応援するぜ
旅の後半は選択の連続だった。
だって、勇者アークは全員が助かる道を探していたから。
「どうすれば…」
だったら、これも選択?
っていうか、選択って何?
ここに居る人間には、この世界の俺には選択肢なんてなかった。
それでも、考えないと。皆が幸せになる道を。
──勇者アークのように
「モルリアは不味い。街道沿いに行くのは無理だし、南西を行けば連合議長の領地についてしまう」
「ん?それなら好都合じゃねぇか」
「いや。連合議長のエリサ・ダラバンはウラヌ王妃の姉だ。流石に俺たちを迎え入れることはない」
レプトの言葉に全員が目を剥く。
だって、これは世界の要人しか知らない話だ。
でも、彼は気にせずに選択肢を探る。だけど、結局は一つくらいしか思い浮かばない。
そして彼は瞳を西の山に泳がせた。
「その手前…なら。あるいは…」
「手前って…。連合議長は王国と繋がっているんだろう?」
「いや、もっと手前。不干渉地帯に逃げようと思う」
「不干渉地帯…?って、何?」
竦めそうになる肩をどうにかなで肩にして、少年は軽く息を吐く。
ここにいるのは村から出ることを禁じられた者ばかり。
そもそも、彼だってギルガメットやフレデリカ、そしてマリアが居なければそんな場所があるなんて知らなかった。
「ドメルラッフ平原から南、ダラバン領から北。その中間地点で国境になっている場所だ。…そこなら多分、追ってこない筈だ」
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