第4話 村の救世主か、それとも

「えと…。追…放…?俺だけじゃなくて父さんも母さんも?」

「あぁ。お前はグリム村を救った。だが…」

「教会の司祭様も頑張ってくださったみたいだけれど」


 ここまでは考えていなかった…、なんて嘘。

 タダでは済まないとは思っていた。


「…どうにか俺だけってことに出来ない…かな」

「農具を貸し出してもくれない。土地も貸してくれない。…ま、どうにかなるさ」

「本当よ。追放で済んだ…って思いましょう。私たちの中ではレプトは立派な勇者様よ」


 子供の罪は親の罪。それは当たり前のこと。

 教会からは追放、村人は接触禁止。つまり村八分。

 そして、農民兵としての活動も禁止。働けないってことは、食べて行かないってことだ。


「…大変なことをしたのは分かるけど。でも、村人の命は守れた。」

「そうよ。レプトは私の誇りだわ」

「…あり…がとう。母さん」


 守れた?村の食料全てを差し出し、勇者が生まれた村を教えたんだ。

 村人たちは同情の目で見てくれるが、ここから先は分からない。

 立派な国家反逆罪。いや、人類反逆罪だ。


「せめてもの情けは三日分の水と食料だな。これでどうなるってわけでもないが…」

「そうね。この辺りは野良の魔物が現れるっていうし…」


 父リプト、母ティレ、そしてレプトの三人。

 先ほど語ったが、この時期は魔物総出で勇者を探しているから、村から出るのは死を意味する。

 死罪でもおかしくなかったのだから、これでもぬるい刑罰だろう。


「…やっぱ。女神の加護はないのか。まだ、背中が痛い」

「一応、傷薬も貰ったけど、また塗っておく?」

「ううん。多分、そういうことじゃない。あのハーピーの一撃はそれほどヤバかった。撫でただけでアレだし」


 レプトの気持ちは揺らいでいる。中途半端な気持ちが心でくすぶっている。

 彼があの時言ったのは、ウェストプロアリス大陸の最西端。

 この表現で間違いないように思えるが、正確には中央部の最西端なのだ。


「少し休む?アンタ、周りを見張ってなさい」

「いや、俺は行かなきゃ。北にはロージン地区、南にはモルリア諸侯連合地区がある」

「それはそうだけど。どこだって私たちと同じよ」

「あぁ。俺みたいに子供の為に戦っている」


 海の周りには小さな港が点々としているのだから、アレだけでは絞れない。

 ピンポイントで教えた訳じゃない。でも、売った事に違いはない。

 だが、大きなヒントに違いない。だけど、この小僧の言葉を完全に信じたかは疑わしい。

 どう思えばよいのか。多分大丈夫と開き直るか…


 それに、全滅を免れた理由がそれとは限らない。


「いや。寧ろ…。俺たちの村が半壊で済んだのは、食料の確保と勇者が居ないからって理由だと思う」

「それは確かにそうかもだけど」

「だから、他の村に行こうと思う。ウラヌ王国と教皇ゼットのやり方は間違っている…。俺に何が出来るかは分からないけど、…助けたいんだ。俺と同じ境遇の家族を…」


 そうだ。父と母が救われたからって、終わりじゃない。

 本当の世界では多くの人たちが救われている。でも、犠牲になった村もたくさんあった。


「これ以上…、誰も死なせたくないんだ」

「本当…。勇者様かも…しれないわね。我が子ながら惚れ惚れする」

「…いや、これは俺の言葉じゃないんだよ」


 友の言葉、それを彼は胸に刻む。巻き戻ってしまったけど、この世界でもきっと…


     □■□


 親子三人は、あの時ハーピーに話した西へ向かうことにした。

 この先に川が流れていて、そこにシューリム村がある。

 先ずはそこへ向かう。


「村から出たことが無いのに、よく知っているわね。リプトが教えたのかしら」

「馬鹿を言え。俺だって外に出たことはない。教会でよく勉強をして…いなかったよなぁ」

「そういうのいいから。急ごう。西に向かって片っ端らに襲ってるか…も‼不味い‼」


 言っているそばから、川向うに噴煙が見えた。

 女神の加護さえあれば、全力で駆け抜けて颯爽とヒーローが出来る。

 だけど、その力は失われている。失われて当然、あの力は勇者の仲間に与えられる力なのだ。


「母さん。傷薬は大事にしまってて。俺、行ってくる!」

「レプト‼貴方‼」

「おう。任せとけ。我が子が勇者なんて、父親心ビンビンだぜ!」


 ドン‼ドドン!ドン‼


「ぬぉぉぉおお‼」


 だが、一歩。いや、十歩、百歩も襲い。橋は大破、その奥にある村の家々が燃えている。

 干し草に引火したのか、油に引火したのか、壁が崩れて酸素が一気に流れ込んだのか、幾つかの家の屋根が吹き飛んだ音だった。


「親父は、この辺りを見張ってて。逃げ出した人が川を求めて来るかもしれない」

「いやいや。橋が崩れてんだぞ?」

「…大丈夫。俺、体重軽いから」


 女神の恩寵、即ち経験値。

 それは失われていても、本来の意味の経験は残っている。

 昔取った杵柄、いや未来に取った杵柄で、崩れかけた橋の様子を探る。


「うん。いけそう。父さんと母さんはここで待ってて…」


 十歳か十一歳の体。筋力は不十分でもその分体が軽い。だからって、容易じゃない。

 だけど、出来てしまう。崩れかけの橋なんて何回も通った。ドラグーン島では炎で落ちかけている橋も渡った。

 だから、その経験のみで行ける。


 トン。トン。トッ…


「うわ…っと。危ない。体幹がまるでなってないし、そもそもの体力が…」


 だけど、そこは女神の恩寵が関与しない『根性』で切り抜ける。

 ほっ‼と掛け声をあげて対岸へ着地して、いざシューリム村へ…


 そこで…


「ほう。お前が噂のガキか」


 その言葉にレプトの足が止まる。

 今度は男の声。だけど上からだから、ハーピーだろう。


「…だったら、どうするんだ。殺すのか?」

「それもいいだろうな。ただ、もしもお前があのガキなら実は期待している」

「馬鹿かよ。誰が魔物の言うことを…」

「この村はもう終わりだろう。だが、生き残りはまだいる。後は分かるな?」


 そして、レプトは目を剥いた。

 同じ魔物ではない。だけど、間違いなくグリム村での一件が伝わっている。


 誰も死なせたくない…


 この言葉が大きくのしかかる。勿論、グリム村でも死者は出たし、このシューリム村はもっと出ている。

 だけど、死んだら終わりだ。この後世界の平和が待っていようと、彼らにとってはここで世界は終わる。


「く…」


 走り出すしかない。

 立ち止まっても何も解決しない。


 やっぱり…、グリム村で俺が見逃されたのは、もう一つの理由からだ。


 だから、ここでも


「皆、聞いてくれ‼ここに勇者は生まれない‼だから、俺たちは死ぬ必要はないんだ‼」


 村は半壊と全壊の間くらい。

 散らばっている死者は多数。それでも戦いの途中ということは、この村の偽勇者はまだどこかで生きているのだろう。

 普通に考えれば教会で匿われている筈だ。

 だから、教会へと向かう…その時


「鳶色の髪、鳶色の瞳、声変わりする前の声。背格好も同じ…。レプト君ですね」


 優しい顔の男が向かってきて、近くでそう言った。

 それから耳元で


「グリム村を追放になった人類の敵、だそうですが。ここでもやはり?」


 一番言われたくないことを言う。


「だったら、この村の人間に死ねと言うのか?お前が匿ってるんだろ。その子にも死ねと…」

「…死ねとは言っていません。でも、人類の為に戦うべきだと」

「お前も戦えよ。その為にここに」

「私だって戦いますよ。死ぬ覚悟だって出来て…、…は…い?」


 戦う顔には見えなかった。

 もしかしたらこの男は、勇者が何処に生まれるのかを知っていたのかもしれない。

 だが、その男の顔が歪む。驚いた顔で、自身の足下を凝視する。

 その様子に、レプトも目を剥いた。


 …いや、知っていた筈だ。


 ここはいつか隠れ住んでいた廃教会の近く。

 この辺りは魔物の種類が変わって、アンデッドが多く湧く。

 彼の足下の得体の知れない手がまさにアンデッドの手。


「貴…様‼やはり、魔物に寝返った…か?」

「いや、違う。俺は…」

「だったら、早く俺を助けろ。俺はまだ死ぬつもりはないんだぁぁあ‼」

「わ、分かった!手を伸ばせ…」

「ぬわぁぁあああああ。早く‼早く‼引きずり込まれる‼」


 とは言え、レプトの手は成長期を迎えていない手だ。レプトの筋力は成長期を迎えていない力だ。

 引っ張っても、引っ張っても、引き抜ける気がしない。


「お、おのれ。やはり…。お前はぁぁぁぁああああ。猊下…、異常事態…で……」


 半身が地面に埋まり、そこで男の手から握力が失われた。つまりこと切れた。

 彼は、その直前に魔法具を取り出しており、それに何やらを吹き込んでいた。


「転送の魔法具…。これって…」


 まるで、魂を吹き込んだように見えたが、アレは転送の魔法具。

 当時のレプトなら叩き落とせたかもしれないが、そんな力はない。


 パチパチパチパチ…


「な⁉」


 それを待っていたかのように、上空から拍手の雨が降り注ぐ。


「とんだ邪魔者が入ったが、これで大丈夫だ。ほら、連れてきなよ。この村にいる勇者様を」


 教会には女神アリスの力が残っており、魔物はそう簡単には近づかない。

 だから、グリム村のようにそれらしき場所をとにかく潰す。

 潰せば死ぬ。潰しても死ななければ、勇者ということかもしれないが…


「…お兄ちゃん…だれ?」


 教会の男がいなくなったからか、外の喧騒が気になったのか、一人の少女が眩しそうに教会の入り口に姿を現した。

 その瞬間、駆けつけるレプト。


「ミンミ‼ミンミだ。生きてた‼」

「へ?あたしの名前…。お兄ちゃん、誰?」

「…誰でもないよ。とにかく、生きていてよかった…」


 一方的な感動の再会だった。

 少女は自分のことを知らない。でも、この子が逃げ惑っていた姿は覚えている。

 ちゃんと、みんなのお姉さん役になってくれた、優しい女の子。


 だけど、その感動を邪魔する存在がここにいる。


「コホン…。確かに、君よりも弱そうだ。それなら勇者ではあるまいな」

「そうって言ってるだろ。だから、ここから立ち去──」


 だけど、男ハーピーは器用に指を振る。

 いや、正確には羽をひらひらしているようにしか見えなかったけれど、意味は理解した。


「君たちを拘束しているアリス教の誰かは死んだ。今こそ村人に伝えたまえ!」

「へ…。ゲロトさん…、…ひ‼きゃぁぁぁあああああああああああ!」


 ミンミはそのまま気を失った。

 こんなことなら腕を引っ張らなきゃ良かったと思ってしまう。

 彼は上半身のみが土の上に出ていて、その状態で死んでいた。

 既にいたるところが腐りかけ、見るに堪えない姿になっているが、雰囲気で彼だとは分かる。


「…分かった。皆に伝えてくる。だから、何処かへ行け」


 返事を待たずに、彼女を抱えて村の中心へと歩く。

 そして、少数の村人に話をする。


「ミンミは勇者じゃない。…それが分かったらしい」

「…それはそうだ」

「だけど、そうしないとゲロトが」

「その…ゲロトさんは魔物に、アンデッドに殺されてた。だから…」


 とは言え、小物系魔物は周囲を埋め尽くしている。

 いつでも喉をかき切れるとにらみを利かせている。


「…交渉した。この村の食べ物を全て差し出せば、見逃してくれる…って」


 そして、この村も終わり。存在が消える。


 それで終わり、そう思った。


 だけど、天を舞うハーピーはどうやらそれでは不満らしい。


「いやぁ。考えが変わったよ。しかも君たちにとって良い方向にね」

「な…。魔物が喋って…」


 私兵は皆、死んでいたのか、魔物が人語を操れることを知らない人間しか残っていなかったらしい。

 だから、それだけでも驚愕。だが、彼は──


「食べ物全部は流石に可哀そうだ。だから、やさしい僕は、次の村に行くまでの食べ物を残して行こうじゃあないか」


 勇者はまだ旅立っていない。

 だけど、その前の状況が少しずつ変わっていく。

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