第2話 冒険者に盗賊はつきもの

 第13節1990年代後半、旅の始まりが1996年。

 で、そこから五年は経っているから、ついに2000年を越えた、2001年。

 21歳になった勇者アークの一行は教皇ゼットが待つ、聖都ダイアナへ向かう。

 先頭を歩くのは、時の女神の巫女であるシスター、マリア。


「凄い光景ですね」


 いつかの慰霊祭の地からも人々が歩いてくる。

 ドメルラッフ公ロバートと息子のダミアン、及び彼らが引き連れた軍隊と領民。

 王都ウラヌスを通過するの時にウラヌ王と王妃、宰相ゲテムと近衛兵及び王兵たちが加わって、巨大な蛇のように見えるほど人がうじゃうじゃいる。

 ウラヌ王国の貴族、庶民、アリス島の島民のみならず、ウェストプロアリス大陸の各地、具体的にはモルリア諸侯連合、サラドーム公国、住むには厳しい土地である大陸北部のロージン自治領からも見学者が訪れている。


「ちょっと僕…、お腹が痛いんだけど」

「何を言ってるのよ、アーク。皆、貴方を見に来ているの。アタシたちだけだと場が白けてしまうわ」

「うむうむ。モルリアも納得の勝利であるからな。お主だから全てが救えたのだ。自信を持て。胸を張れ。イザベル殿ももっと…。ぐふぅぅぅうううう」

「皆さま。…特にダーマン様。お口にチャックでお願いします」


 聖都ダイアナでは、教皇ゼットと枢機卿団、各地司教やシスター、占星術師と神学研究者等々、多くの人間が勇者を出迎える。


「来た!勇者様だ‼」

「凄ーい‼勢ぞろいしてる‼」

「ってか、空見ろよ。魔物まで見に来てんぞ」

「ほんとだ。パパ、怖い‼」

「大丈夫よ。なんてったって、全てを解決させた歴代一の勇者様がいらっしゃるんだから」


 先に聖都入りを果たしていた者も多くいて、彼らからの大歓声と拍手と足踏みのオーケストラが始まる。

 空には確かに魔物の姿はある。ただ、彼ら彼女らも今日ばかりは見守っているだけ。


「皆、静粛に‼」


 そして、教皇を中心に要人達がズラっと並び、皆が膝をついた。


 因みに旅立ちの日は、大聖堂の小部屋で密やかに話をしただけ。

 勇者一行だって、アークとレプトとマリアの三人しかいなかった。

 実績のない勇者が盗賊を連れてやってきた、と見る者も少なくなく、盛大なセレモニーは開かれないまま、若き勇者は大聖堂を後にしたのだった。


 とは言え、それは始まったばかりだから。

 今は、世界を救った勇者の凱旋だ。五年前の出来事だし、人知れずの洗礼式だったから、この表現は間違っているだろう。

 それでも思ってしまう…


「…ケッ。みんな、手のひら返しやがって」

「レプト、アナタもお静かに」

「マリア様。レプトの気持ちも理解してあげてよ」

「…はい、勇者様。それはその通りでした…」

「いや。悪ぃ。今のは俺が全面的に悪かった。…な、だから俺の口にチャックしとくぜ」

「レプト…」


 自警団に突き出すどころか、「君は子供たちを守った勇者だよ。それに盗賊スキルは貴重だよね」と言って、彼を仲間に引き入れたのは勇者だった。

 そんな彼はいつも謙虚で、人ごみも苦手で、今も怯えながら結果の報告をしている。

 彼が今小さな声で話している内容は、既にマリアが報告したこと。

 ここに集まっている人たちは、みーんな知っているだろう。

 つまり彼の報告を聞きに来たわけではなく、彼を見に来たのだ。


「アーク様‼この後はぜひ、わが国でお寛ぎになってください。それからのことは…」

「いいえ。アーク様。この度の決断は私たちモルリアを大きく変えました。直ぐにもモルリアへ。船も用意しております」


 世界を救った勇者誕生に連盟議長とウラヌ国王がバチバチと睨み合う。

 既に新たな時代を睨んだ戦いが水面下で繰り広げられているのだろう。

 彼の旅にはウラヌ国の王子と姫が同行している。

 ウラヌ王マシュは何度もフレデリカに視線を送っているし、王子の叔母であるエリサ・ダラバンはギルガメットに縋るような目を向けている。

 

「えっと…。暫く休みたい…かな。色々あったし…」

「そ、そうですよ。勇者様は暫くは聖都でごゆるりとお過ごしください」


 と、言うのは教皇猊下。彼も新世界の為に動いていたらしい。

 彼の視線はマリアへと向いている。その様子を察してか、先ずはいち抜けたと彼女は言う。


「アーク。それじゃ、アタシは一足先に帰らせてもらうよ。あの子のこと、放っておけないしね」


 ハーフエルフの少女、ノノ。旅の最後の方で、彼女がイザベルの娘だと分かった。

 彼女が帰りを待っているから、とイザベルが姿を消す。


「ならば、拙者も」

「あ?なんで、ならばなのよ」

「か、帰り道が同じだからでござる。船で帰るにしても、モルリアへは寄ることになりますし」

「ま、いいわ。そういうわけで、勇者様。いつか森へ訪ねなさい。あの子も待っているわよ」


 ダーマンはモルリア諸侯連合の都市、ポートベローナ寺院で大僧正として迎えられる。

 イザベルの帰る場所は東側の大陸で、船に乗るにはモルリアのポートアミーゴを経由しないといけない。


「…そっか。うん。また行くよ。ポートベローナの寺院とエルフの森に」


 ここで二人が欠ける。なら、次はともう一人…


「なら、俺も行こうかな」

「は?アンタまでアタシに用?」

「いや、そうじゃなくて。俺もどっか行くって意味だよ」

「え⁉レプト、どっか行っちゃうの?」


 鳶色髪の青年が回れ右をすると、青い顔の勇者が素早く回り込む。

 勇者の方が年上だが、いつも兄のように慕われている盗賊レプト。

 彼は肩を竦めて言う。


「今度こそ俺は場違いだろ。貰えるものは貰ったし、俺も行くよ」

「だって、ここには…」

「あれから五年だ。俺がどうやったアイツらを育ててきたか…。アイツらだったちゃんと分かる年齢だ。…だろ、マリア」


 レプトの半眼の鳶色瞳がマリアに流れる。

 アークの緑色の瞳も同じく、マリアの空色の瞳を捉えようとするが、彼女は瞑目したまま。

 そして…


「…その通りです。修道院としては、アレを良い行為と教えることは出来ません。本当に申し訳ないのですが…」

「そんな…。だって、一緒に世界を救ったんだよ?どうにかして…」

「無理を言うな。分かっていたことだろう。盗賊スキルは確かに冒険には便利だが、平和な世の中じゃ、お呼びじゃない。それにアイツらが安心して生きられる世界を作った時点で、俺の幸せは完成したんだ。んじゃな」


 勇者の泣きそうな顔を一度も見ずに、男は背を向けた。

 だったら勇者だって、生まれ育った村の村民に戻る?馬鹿を言え。

 ここから先の世界の象徴である彼は、復興を含めた象徴なのだ。


「待ってよ…」

「待たねぇ」

「どちらに行かれるのですか?」


 魔王軍に怯える日々では、勇者と盗人レプトの間に壁はなかったかもしれない。

 だけど、今は大いなる壁がある。

 情状酌量の余地があり、罪を問わないという話にはなっているけれど、社会的なタトゥーは消えない。


「ここから近いし、ロージン自治領にでも行くよ。あそこは無法者が多いし、どうにかなんだろ」

「じゃ、ロージン地区にも行くよ‼」

「ダメだ。お前は光の女神の使徒だ。マリア、アイツらの事、頼んだぞ」


 女神アリスの加護は少しずつ薄れていくらしい。

 とは言え、中途半端な討伐のせいか、力はまだ残っている。

 やろうと思えば、野次馬全員の懐を空に出来る。


「盗賊ギルドでも作って…、この力でトップに君臨する?いやいや、これから平和な世の中が来るんだぞ。この力は…、もう要らないな」


 アークは純粋な青年で、勇者として世界を救った。

 マリアは女神アリスの教えに従い、彼を導いた。

 ギルガメットは勇者と共に世界を救ったウラヌ王国の王子。

 フレデリカも勇者と共に世界を救ったウラヌ王国の姫。

 ダーマンはモルリアでは名の知れた僧侶。

 イザベルは西の大陸のエルフの森の南部に家がある。

 レプトは主にウラヌ王国を拠点にして、金持ちから金品を盗んでいた五年前の悪党。

 子供たちの為にやっていたことで、一応は周知されているが、吟遊詩人の英雄譚にも盗賊として登場する。


「…どうしたものかな。俺を盗賊だと知らない場所…。この世界にそんなとこあるのか?…やっぱ、イーストプロアリス大陸に渡る…か。でも、吟遊詩人によって伝えられた勇者の伝説は、どちらかと言うと戦いの舞台になったあっちが本場だし──」


 肩を落とした男は何気なく手を突っ込んだポケットの奥で、あるものに触れた。

 仲間たちには呆れられたが、この手癖の悪さのお陰で欲しいものを偶然持っている、なんてこともあった。

 だけど、平和で公平な商売が行われる予定の新世界では、タダの悪癖に違いない。


「あ。これは流石に返さないと…」

 

 こればかりは返さないといけない。

 だから多少気まずいが振り返る、──その時だった。


「な…?」


 平和が戻り、確かに世界が明るくなった気がしていた。

 だけど、流石に色が飛んでしまう程に真っ白なんてことはない。

 触ったのは魔王が最期に持っていた魔水晶。

 その呪いで飛ばされたのか、死んでしまったか。


 ──だって、そこの人の形をしているが、人ならぬものがいる。


「誰…?もしかして女神アリス?死んでしまったって…ことか」


 今、生身なのか、魂だけの存在なのか分からない。

 分からないけど、神々しい女の誰かなんだし、今日はアリスの使徒である勇者の凱旋日だ。

 だったら女神アリスに違いない。

 すると、女神の長いまつ毛がゆっくりと持ち上がった。


 そして。


「ん?今のって私に話しかけてたの?」


 怪訝な顔の女神。

 女神かも分からないから、レプトも怪訝な顔で大きく頷いた。


「だって、ここはどう考えても普通じゃない。それに勇者アークの凱旋式。ってことは、女神アリス様だろ?」

「はぁ?アンタ、私とお姉ちゃんを間違えてんの?あの子はアリス。私はエリス‼名前を間違えるなんて心外…、大心外よ‼」

「え…。いやいや、ちょっと待ってくれよ。そもそも、俺は…」

「ブーちゃん、可哀そう。魔王核だけ隔離されるなんて…」


 ……は?


「いやいやいや。ブーちゃんってもしかしてアングルブーザー?ってことは…」

「まぁ、いいわ。その想い、受け取ったから。」

「そ、それじゃ…」

「アンタには言ってないの。ってか、あんた誰よ?」

「俺?俺は女神アリスの使徒アーク…の友達だ。」


 そして、ここから新たな物語が始まる。

 いや、再生する。


「お姉ちゃんの友達?…なんでここにいるのよ」

「いや…、それは俺が聞きたいんだが。確か、魔王が持ってた強力な魔石?魔水晶?あれを触ったら…ここに…。やっぱ、不味かったのか。死んだ…のか」


 どうして持って帰ろうと思ったのか。

 あの後、本当に平和になるか分からなかったから、何かの為にとっておいた。

 とは言え、もしかしたら高値で売れるかもと思ったのかもしれない。

 だけど、流石に持っていたら不味いと思った。


 思ってたけど…、やっぱ悪癖だったわ。このまま死ぬのかな。俺が魔王になるとか、マジで勘弁してくれよ


 色んな考えが浮かんだ。

 ただ、一番嫌なのは、そのせいで魔王が復活してしまうこと。

 吟遊詩人たちも、盗賊から人類の裏切り者へと歌詞をかえなければならなくなる。

 そも、あの五年と犠牲が無意味になる。


「ブーちゃんの思いは籠められている。されど、魔王核は残されたまま。つまり中途半端な力の結晶ね。それでも想いは重い。だから、私の元へやってきた…」


 魔王核のみを分離して、再生できないようにドラゴンの封印を施した。

 だから、完全に滅したわけじゃない。ってことは、魔王が蘇ることはない?


「その辺はちゃんとやった筈。ドラゴンとエルフの合作だぜ。」

「ってか、さっきから煩いわよ。大方巻き込まれて飛ばされただけなんでしょうけど、気軽に女神に喋りかけないで。名無し君」

「名無しって。レプトだよ。アークの友人の…。って、ダメだ。全然話を聞いてくれない」


 魔王の最期の力が籠められていた。

 そして本当に何処かに飛ばされたらしい。

 魔王と言えば、邪神エリス。そもそも彼女はそう名乗った。


「それにどっちの力も使えるように、だなんてズッコじゃない?だったら私もズッコしてやるんだから。このオーブ、丁度良いわね。これならノーラの力を使えそうだわ」

「あのー。俺の話…」

「さぁ、私の可愛いブーちゃん。重い想いを軽くしてあげる。そして上へとあがりなさい」

「は…⁉一体、何をて…」


 レプトの顔が青褪める。今、よく分からないことを言った。

 このアングルブーザーのオーブは砕かなければならなかったのだ。

 もしくは適切な処置をしなければならなかった。

 何が起きるのか分からないけれど、それだけは分かってしまった。


 オーブが砕け、カケラとなり、焔に包まれ、砂になり、そして上に向かって昇り始める。

 流石に何が起きているかは分かる。

 見たこともないほど巨大な砂時計。その砂が上に昇っている。


「いや、待てって。砂時計が逆になるってヤバいだろ。俺たちの五年の努力を無駄にするつもりか?」


 そして、その現象を見守る女神は言った。


「レプト…とやら。感謝するぞ。恐らくオーブの発動のきっかけはお前だ」

「は⁈だってお前、女神エリスだろ?」

「はぁ…。女神と言っても全能じゃない。地上の遺物は本来地上に支配されている。今は女神アリスの力が強い。そしてお前からはアリスの臭いがする」


 レプトの顔が更に青褪める。今のはよく分かることだった。


「俺の力がキッカケ…。んでも、俺は何も望んじゃ…」

「…お前、ほんの少しだけ時が戻ればと思っただろう」


 ほんの少し…。もしかしなくても…、盗賊じゃなかったらって… 


「恐らく、それがキッカケだ」

「へ?俺、何を言ってない…んだけど」

「ここは神の領域だ。何処かの馬の骨のお前の心くらい読める。さて、世界の逆再生はどうやら終わったらしい。そして私はお前をその中に入れ忘れた」

「入れ忘れ…?それじゃ、俺がいない世界」

「いや。忘れていたのは本当だが、これがお前への礼にもなろう。…お前は今のまま戻るんだ。そもそも記憶がなくなれば、同じ道を歩んでしまうだろう?」


 レプトは目を剥く。

 だが、眩しすぎて目がくらむ。


 女神の言ったこと、それってつまり…


 そして、ここで俺は意識を失った。

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