第5話 深紅の魔女の噂
フィンは目を覚ました時のことをできるだけ詳しく話そうとした。
まだ昨夜のことだ。
鮮明に覚えている。
「目が覚めたら火事があった後みたいで……」
だが、村丸ごと一つが焼き払われた場所はとても静かで焦げた臭いは不快感よりも恐怖を感じた。
思い出して話す声が震える。
「誰もいなくて……生きてる人も……死んでる人も……」
周囲に人影はなく、遺体も見当たらなかった。
ただ家や小屋が全て燃えただけのように見えた。
村人は全員どこかへ避難していたのかもしれない。
「誰かいないか探したけど、何があったのか考えてみたけど……誰もいなくて、何も思い出せなくて……」
けれど『もう誰もいない』とフィンは確信していた。
一人取り残されたと思ったがそれは置いて行かれたのではなく、皆がいなくなって一人ぼっちになったという感覚だった。
記憶のないフィンには話せることはほとんどない。
何が起こったのか、自分が何者なのかも分からない。
「それで何だか急に怖くなって……歩いてたら森の中に入っちゃって……それで……それから……レオに会ったの」
狼に襲われた下りをフィンは話さなかった。
レオが普通の猫じゃないと話すのが
フィンが話している間、周囲の大人達は黙って聞き、ルウは時折フィンの背中を優しく擦っていた。
そしてフィンが話し終わるとその中の一人が神妙な面持ちで「そういやぁ、今朝店に来た奴が大きな爆発音のようなものを聞いたって話してたな」とぽつり呟いた。
全員の視線がその人物に注がれる。
老齢の男は皆の視線を受けて「あ、いや。雑談程度で詳しくは聞いてないからそれ以上のことは何も……」と首を横に振った。
「もしかして西から来た薬売りの人じゃない?」
別の女性が問うと老齢の男が「ああ、そうそう」と大きく頷く。
「私も同じ話を聞いたわ。確かほんの二、三日程度前の話だって。方角的に白魔法士の村がある方だって言ってたわ。だから魔法の力が暴走したか、別の魔法士から攻撃を受けたか原因は分からないけど良くないことが起きたのは確かだって。何があったか分かるまではあっち方面には行かない方が良いって忠告してくれたのよ」
「その村から来たならお嬢ちゃんは白魔法士の生き残りってことかい?」
旅商人の一人が驚いた表情でフィンを見る。
『生き残り』という言葉と魔法は使えることについて心当たりのあるフィンは胸がざわつくのを感じた。
「或いはその村に滞在してたとか通りがかっただけの可能性もあるんじゃない? そこで何かを見て……」
「そうだな。いずれにしろその村と関係がありそうだ」
「魔法絡みなら魔女に訊けば何か分かるんじゃないか?」
周囲で飛び交う推測にルウが「魔女?」と問う。
「この世界に魔女は一人だけだ。名は知らないが『深紅の魔女』と呼ばれてる。その魔女なら何が起きたか知っているかもしれない」
「その魔女に会う方法は?」
ランが問うと提案した男は「居場所は分からない」と首を横に振った。
「場所が分かんないんじゃ……」とルウが落胆した声を出すと「知らないんなら希望持たせるようなこと言うんじゃないよっ」と提案した男の肩をバシッと隣の女性が叩いた。
「場所は分からなくても希望はあるよ」
意外にも笑顔を見せながらフィンは提案した男に一歩近づく。
「だってさっきまでは本当に何も分からなかったんだもん。その魔女を探しに行ってみる。教えてくれてありがとう」
深々と頭を下げるフィンに男は戸惑いながらも安堵した様子を見せた。
前向きなフィンに周囲も思わず笑顔になったところで奥から美味しそうな良い香りが漂って来た。
「皆さん、お食事のご用意ができましたよ」
待ち望んだ言葉にフィンのお腹が盛大に鳴るとその場は笑いに包まれた。
ルウが仕留めた猪肉は煮込み料理やスペアリブとなって食卓に並び、他にも美味しそうな料理の数々が並んだ。
レオにも部屋の隅に魚料理が載せられた皿が置かれたが不服そうにしているとフィンがスペアリブを皿に載せてくれた。
「後でまた持って来るね」と言ってまた席に戻って行くフィンをレオは複雑な表情で見つめた。
間違いない。フィンが
レオはそう確信すると同時にあの村の生き残りがいたのかよ、と舌打ちをした。
それからガツガツと肉に
その夜はとても穏やかで静かだった。
草木の騒めく音も鳥や獣の鳴声も聞こえず、ふかふかのベッドは心地良く、お腹もはち切れんばかりに満たされていた。
昨夜とは真逆の夜を迎え、フィンは不思議な気持ちでいっぱいだった。
優しい人々に囲まれ、温かな食事と安心して眠ることができる場所にいることが幸せに感じた。
そして同時に罪悪感が心の何処かにあるのを感じた。
「きっと私にも大切な人がいたよね? きっと私を愛してくれた人がいたよね? それなのに忘れちゃうなんて……誰一人思い出せないなんて……」
もしかして自分のせいで大変なことが起きたのかもしれない。
もしかして自分が何かとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
そんな考えが突如フィンの中に湧き上がり、その考えはどんどん大きく膨らんで胸が押し潰されそうになる。
狼に襲われるかもしれない恐怖よりも今の方がずっと怖く感じて涙が溢れて止まらなくなった。
そんなフィンの様子に気づかずルウは深い眠りの底に落ち、ランは見て見ぬ振りをし、そしてレオはそっと部屋を出て行った。
「
宿を離れるとレオは駆けながら悪態を吐いた。
湧き上がる怒りでどうにかなりそうなほどだった。
だが、ふとフィンのすすり泣く声を思い出し、次いで自分に向けられた笑顔を思い出すとその足が止まった。
「
レオは自身の足元を見つめ、しばらく考え込んでから首を横に激しく振って再び駆け出した。
「どっちにしたって
レオはそう呟いて東へと向かった。
翌朝、三人の中で一番に目を覚ましたフィンは起きるなり部屋中を探し回っていた。
パタパタと歩き回る足音でランが目を覚まし、「何してんだ?」と声を掛けた。
「レオがいないの。レオ知らない? 見てない?」
泣きそうな顔にランはうんざりした様子で片手で顔を覆う。
勘弁してくれよ。こっちはお前の泣き声で寝不足なんだよ、とランは心の中で毒吐いて「逃げたんじゃね?」と素っ気なく答えた。
「レオは逃げないもん。だって私を守ってくれるって言ったもん」
「守るって……野良猫だろ? 犬ならともかく猫が護衛になるかよ。魔女の所には俺達が連れてってやるから猫なんか諦めな。どうしてもって言うなら途中で拾えばいいだろ?」
「レオじゃないと、レオが一緒じゃないとダメだもん」
その目に涙が滲み始めるとランは「勘弁してくれよ」と小声で呟いた。
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