ビビ

第4話 弓職人の兄妹

 宿の二階の一番奥の部屋に案内された三人と一匹。

「動物はちょっと……」と宿の男が渋ったがランが説得してレオも同じ部屋に泊まることができた。


 受付で揉めていた男女は兄妹で兄がラン、妹がルウという。

 三人兄妹で一番上の兄が父の後を継いで弓職人となり、二番目のランは口が達者なため商人の真似事をし、三番目のルウは弓職人としてはイマイチだが弓を扱う腕はかなりのものだと自画自賛した。

 それでランと一緒に長兄が作った弓で狩りをしながら各地を転々と売り歩いているらしい。


「でね、弓を売ったお金は持って帰らなきゃだから旅費は基本あたしが狩りをして稼ぐしかなくてさ。仕留めた獲物をランにいが市場で売ってお金に換えてるんだけどこの辺じゃ猪ってあんまり売れないみたいで困ってたんだ。そこにビビのあんたが来たからラッキーって。名前分かんなかったからラン兄が咄嗟にあたしの名前で呼んじゃったみたいで驚かせちゃったね」


 部屋に入るなりルウにお風呂に連れて行かれたフィンだが、傷だらけの手足を見て「私が洗ってあげる」と言うなり服を脱がされ、今は髪を洗われている。


「で、あんたの名前は? 何て呼んだらいい?」

「私は……フィニアン。フィンって呼んでください」

「フィン、いい名前ね。でもその髪でフィニアンって」

 思わず笑うルウに「記憶がないの」とフィンが素直に打ち明けると「あ」とルウはすまなさそうな声を上げ、少し間が空いた。


「……そういえば私のこと『ビビ』って言ってたけどどういうこと?」

「それは……髪が白い子のことをそう呼んでるの。生まれつき髪が白い人ってこの世界にはいなくて、黒か茶、それか赤っぽい色が普通なんだ。他の色に染めることもできるんだけどね、でもそれは特別な日だったり特別な職業の人だけなんだ」

「じゃあ私はどうして髪が白いの?」

「死ぬほど怖い思いをすると髪の色が抜けて白くなるって聞いた。徐々にそうなるんじゃなくて一瞬でそうなるんだって。だからそういう子供を『ビビ』って言って無料タダで宿に泊めてあげたり、食事を振る舞ったりする決まりがあるんだ。特に親や家族がいない『ビビ』は大人になるまで周りの大人が世話をしてくれるんだって。フィンも一人みたいだけど家族は?」

「……分かんない。目が覚めたら誰もいなくて何も覚えてなかったの」

「そっか。あの猫はどうしたの? なんかすごく懐いているみたいに見えたけど」

「レオは私を助けてくれたの。この町にもレオが連れて来てくれたんだ」

「猫がぁ? 賢い猫だねぇ」

 驚くルウにフィンは「うんっ」と嬉しそうに笑顔で答えた。


 一方レオはランと一緒に市場へ出掛けていた。

 汚れたフィンの服は宿の女将さんが洗濯してくれることになったが着替えの手持ちがなかったのでその調達が目的だ。

 宿の支配人がビビの連れである証人証書を書いてくれたお蔭でフィンの服は全て無料で手に入れることができた。


「やっぱビビはいいな。証書のお蔭で本人がいなくても疑われないし、何でも無料ロハで手に入るんだからよ。こりゃ、この先旅費に困るこたぁねぇな」

 つい頬が緩んでしまうランとは対照的にレオは不機嫌な表情で小走りにランの横を付いて行く。


 レオが不機嫌になった理由は幾つかある。

 フィンの傍にいたかったレオだったがランにひょいと簡単に抱えられて連れ出された。

 それがいささか屈辱的に感じて機嫌が悪くなった。

 フィンを得体の知れないルウと二人きりにしてしまったことにも機嫌が悪くなり、さらには胡散臭いランと二人きりで市場を歩き回ることに苦痛を感じた。

 だが一番機嫌が悪くなったのはフィンの服選びだ。


「おばちゃん、一二歳くらいの子の服を幾つか見繕ってよ」

「どんなのがいいんだい?」

「ビビの子が宿にいてさ、届けてやりたいんだけど女の子の服なんて分かんなくて」

「あら、そりゃ可哀想に。これなんてどうだい? この色は最近の流行りだよ」

「いいね。じゃ、それと着替えにもう一着適当に」

「あら嫌だ。女の子の服は適当になんか選んじゃダメだよ。じゃあこれとこれにしようかね。うちの右隣の店が髪飾りなんかも売ってるよ。靴はあっちの通りに何軒か店があるから行ってごらん」

「分かった。ありがと」


 そんな会話で適当に買った。

 色も寸法も適当だ。

 髪飾りは熱心に選んでいたがフィンの為じゃない。

 転売するつもりで買い、自分の服のポケットにしまい込んだ。

 靴なんか『一番丈夫なヤツ』と言って買った。

 色も形もサイズも適当だった。

 いや、買ったのじゃなく証書のお蔭で全て無料だったのだから『貰った』が正しい。

 さっさとフィンの物を調達した後は店に入って二言三言話して何も買わずに出て来るというのを数軒繰り返した。


 引っ掻いてやろうか、咬みついてやろうかとレオが考え始めた時。


「最近、この辺りで悲惨な事件や事故があったって聞いたんだけど?」

 ランが道行く大きな荷を背負った男に話しかけた。

「いや、知らないねぇ」と男は首を横に振ってそのまま通り過ぎて行くのを見送るとまた近くにいた別の男に同じ問いを投げかける。

 それを数人に繰り返したが答えは皆同じだった。


「誰か一人くらい知ってる奴がいてもいいのになぁ」

 ランは落胆した様子で呟き、次いでレオを見た。

「お前も変わってるよな。妙に人馴れしてるっていうか賢いっていうか……猫っぽくないよな」

 突然話しかけられたレオは一瞬ドキリとして立ち止まってしまった。

 が、何も聞こえなかったかのように宿への道を辿り始めるとランもそろそろ戻らないといけないことを思い出し、小走りに続いた。


 宿に戻ると入口に旅商人の団体がおり、彼らの中心にはフィンがいた。

 お風呂に入って汚れを落とした姿にレオは一瞬誰だか分らなかった。


 長い白髪は真っ赤なリボンと一緒に一つに編み込まれていた。

 赤い糸で裾にライン上に花の刺繍がある真っ白なワンピース。

 首元を白いリボンで結んだフード付きの短めの赤いポンチョ。

 レースの白い靴下にストラップ付きの真っ赤なローヒールパンプス。

 白い肌には軽く化粧も施されており、金色のぱっちりとした瞳は嬉しそうに輝いている。


「こりゃ、見違えたな」

 ランが思わず声を上げるとルウが「お帰り」と手を振った。

「帰りが遅いからとりあえずあたしの服着せたんだけど」

「お前、こんな服持ってたか?」

「話は最後まで聞いてよ。外に出たらちょうどこの団体客に会ってさ、フィンを見て珍しい『ビビ』だってなって、この服とか一式貰ったんだ。髪と化粧はあっちのオバチャンがやってくれて、ご飯も今作って貰ってるとこ。もうすぐできるって」

 ルウが楽しそうに話すとランは「まるで別人みたいだな」と感心した様子でフィンを見つめた。

「でしょ?」となぜかルウが自慢気に笑みを浮かべるとフィンは恥ずかしそうに照れた様子で上目遣いにランを見た。

 その愛らしい表情に思わず周囲から「可愛いねぇ」と感嘆の声が漏れる。


「あ、そうだ!」

 突如ルウが何かをひらめいた表情で両手をパンッと叩いた。

「さっきお風呂で話したこと、皆に聞いて貰ったら? ここにいるのは旅商人と彼らを相手に商売してる人ばっかりだから何か分かるかもよ?」

 ルウに促され、フィンは周囲をゆっくりと見回し、それから意を決して話し始めた。

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