出会い

第2話 お昼ご飯の攻防

 鬱蒼うっそうと茂る樹々の隙間から日の光が射し込み、雨とは無縁のように思えたが不意に雷鳴がとどろいた。

 思わず耳を塞いだフィンだったがその雷鳴は空からではなく目の前から聞こえた。


「もしかして……それ、お腹の音?」

 フィンが不思議そうに問うとレオが不機嫌そうな表情かおで肯定した。

「お前がオレ様の昼飯の邪魔をしたせいだろが。昨日からなぁんにも喰ってないんだよ。こんな姿になっちまったせいでまともに狩りもできねぇし、やっと元の姿に戻れて狼を仕留めたと思ったらお前が邪魔するし」

「ご、ごめんなさい」

 素直に謝ってしゅんとするフィンにレオはそれ以上文句が言えなくなり、気まずさを紛らわすために話題を変える。

「そういやお前魔法が使えるのか?」

 レオの問いに記憶のないフィンは首を傾げる。

「さっきオレ様を弾き飛ばしただろ?」

 言われてフィンは反芻はんすうする。


 そういえば狼から逃げる時もレオが狼に咬みつこうとした時も咄嗟に口から何か言葉が飛び出したような気がする。

 何て言ったのか覚えていないが何かを口にした。


 あれが魔法?

 私って魔法が使えるの?


 でも試しに何かやってみようと思っても何も思い浮かばない。

 自分の手を見つめてみても何か思い出そうとしても自分に何かできるとは思えなかったし魔法を使ったという実感はない。


 本当に私がやったの?


 考え込むフィンにレオは期待が外れたか、と落胆しかけたがまだ望みが完全に絶たれた訳ではないと気を取り直す。


「よし! まずは腹ごしらえだ。お前も腹減ってるだろ?」

 問われてフィンはお腹に手を当てた。

 そう言われれば空いている気がする。

 ゆっくり頷くとレオはニッと笑って目を光らせた。

 その目は既に狙いを定めて態勢を低くしている。

 レオの視線の先を探すが何を狙っているのかフィンには分からない。

 だがレオが真っ直ぐに駆け出すと何かが動いた。


 鹿だ。


 フィンが獲物に気づいた時にはレオが飛び掛かっていた。

 だが、またフィンの口から反射的に何か言葉が滑り出る。

 すると再びレオの体が何かに弾かれるように後方に飛んだ。

 何が起こったのか理解する前に地面をころころ転がって大きな樹の根元で止まるとレオはぴょん、と立ち上がって大きく吠えた。


「何しやがるっ」

 距離は離れていたがフィンは頭を庇うように抱えてしゃがみ込んだ。

「だ、だってぇ……まだ小さいもん。きっと子供だよ?」

「仕方ねぇだろ。こんな姿にされちまってるんだから大人の鹿なんか狙えねぇんだよ。お前だって腹減ってるだろ。早く飯にありつきたいだろ?」

 フィンもお腹が鳴って慌てて腹を両手で抑えた。


 フィンは豹じゃない。

 でも鹿と聞いてお腹が鳴ったし、食べ物だという認識がどこかにあった。

 食べたことがあるような気もした。

 だからレオの狩りを邪魔してはいけないとも思った。

 フィンには鹿を捕まえる自信はない。

 だからレオの助けが必要なことも分かっている。


 だがその後もレオが兎に飛び掛かろうとした時も鳥を狙おうとした時も反射的に邪魔をしてしまう。

 魔法の使い方なんて意識的には思い出せなかったが目の前で動物が狩られるのを見たくないと思うとなぜか口から呪文スペルが勝手に飛び出す。

 無意識で使ってしまうものだから頭で邪魔してはいけないと思っても口が勝手に邪魔をする。


 日が傾き始めた頃、肩で大きく息をするレオは何度も弾き飛ばされ、体中にかすり傷や痣を作っていた。

 腹が減って余計に怒り狂うレオにフィンは怯えながらも自分のせいでボロボロなその姿に涙が溢れて止まらない。

 謝る声も震えている。


 レオは収まらない怒りでフィンを食べてやろうかとさえ思い始めていた。


「おいっ、もう夜になるってのにどうすんだよ? 腹減ったまま寝るなんてオレは嫌だからなっ」

「ご、ごめんなさい……」

「謝ったって飯は降って来ねぇんだよ。なんで邪魔するんだよ? お前だって腹減ってるだろ?」

「だ、だってぇ……目の前で殺すなんて……い、嫌なんだもん」

「じゃあ目をつむってろよ」

「でもぉ……」


 泣き止まないフィンにイラついてレオは空を仰いだ。

 日が傾き始めたらあっという間に夜になる。

 そうなると食事も大事だが今夜の寝る場所の確保が最優先になってくる。

 猫の姿のままでは狼に狙われればフィン諸共簡単に殺されてしまう。

 暗い森の中ではフィンはレオにとって足手纏あしでまといにしかならない。


 やっぱり守るなんて言わなきゃ良かったとレオは完全に後悔していた。

 やっぱりオレの呪いを解く鍵はコイツじゃないんじゃないか? と疑問ではなく確信に近いものさえ感じ始めている。

 魔女ババアが言っていた『特別な子』がフィンこいつだと思ったがこんな簡単に目の前に現れるもんじゃないだろ、とレオは俯いて座り込んでいるフィンから一歩離れた。

 フィンを置いて逃げようと考えたのだ。


 だが、レオの動きに気づいたフィンは「待って」とレオに両手を伸ばした。

 捕まえようと伸ばされた手は空を掴み、レオは勢いよく駆け出した。

 そのはずだった。

 だが実際はレオはフィンの両手の中にいた。

 体が一瞬硬直して動けなかったのだ。

 背後からぎゅっと抱きしめられたレオを温かく淡い光が包み込む。


 強く光ってそれが収まると傷だらけだったレオの体は綺麗に治っていた。

 フィンの手の中から飛び出し、自身の体を見回してからレオは目を丸くしたままフィンを見上げた。

 フィンも自分がしたことに驚いた表情で自身の両手を見つめ、次いでレオを見つめた。


「猫ちゃん、痛くない? 怪我治った?」

 しゃがみ込んで確認するようにレオをじっと見つめるその表情かおは嬉しそうにゆるんでいる。

「ああ……治ったみたいだ」

 まだチビの癖に治癒ヒーリングも使えるのかよ、とレオは感心した様子でフィンを改めて見やる。

 一体何者だ? やっぱりフィンこいつ魔女ババアの言ってた特別な子なのか? とレオはフィンから離れるのを止めた。


 さっきまで泣きじゃくっていたフィンの表情かおはすっかりほころんで満面の笑みを浮かべている。

 その表情にレオの怒りもやわらぎ、腹を満たせぬうらみを忘れるべく軽く溜息をいた。


「今日のところは狩りは諦めてやる。代わりにお前が決めろ。もうすぐ夜になる。ここで野宿するか夜通し歩いて町まで行くか、どうする?」

 問われてフィンはしゃがみ込んだまま周囲を見回した。

 薄暗くなった森を風が吹き抜け、木々が揺れる音が不気味に響く。

 先程の狼の顔を思い出し、ぶるっと身震いした。

「歩くっ。歩いて町まで行くっ」

 すっくと立ち上がって歩く気満々のフィンを見上げ、レオは「その前にっ」と二本足で立ち上がる。

「オレ様は猫ちゃんじゃねぇって何度も言わせるなっ。オレの名前はレオだ。レオ様と呼べ」

「わかった。じゃ、私のことも『お前』とか『こいつ』じゃなくてフィンって呼んでね、レオ」

 言われて不服そうに目を細めたレオだったが「んー」と唸って「様も付けろ」とだけ僅かに抵抗し、くるりときびすを返して四足歩行に戻る。

 その後を「うんっ」と元気よく返事してフィンは歩き始めた。

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