恋文 Moon(George Winston)

 スマホもインターネットもなかった時代

 手紙と言葉には、まだまだ力があった頃のお話。



 赤や黄色に色づいた山々を切り取った格子窓を正面にして、10代と思しきハイティーン青年が、便せんの置かれた机に座っている。

 彼の足元には、いくつかの丸まった便せんが転がっている。


 暖色の絨毯のような木々の葉は、さざ波のように風に踊っている。

 少し傾いてきた夕陽は、紅葉をますます輝かせている。


 遠くで聞こえるのは、鳥のさえずりのように思える。


 その移いゆく窓の風景を眺め、深いため息をつく青年。

 物思いに耽るように目を閉じた。



 瞼の内側に見える風景。


 詰襟の男子生徒とセーラー服姿の女子生徒が、河川敷の上を歩いている。

 穏やかな陽光。

 彼らの足元には新緑が萌え始め、遠く鳥たちの歌声も聞こえている。


 二人は並んで歩き、何事かを語り合っている。

 男子生徒は、まだあどけなさが残っていた頃の青年。

 女子生徒の顔は…黒い影になっている。


 時折、男子生徒が大きくおどけて見せると、女子生徒は口元へ手を当て、クスクスと笑っているようだ。


 二人の歩みは続いて行く。

 淡い恋の始まりが、確かにあったのだ。


 季節は移ろって行く。

 歩く場所はそのままに…


 足元の緑が深くなる頃。

 両手に大きな紙袋を下げて、ジーパン上下姿の男子生徒とピンクのワンピース姿の女子生徒が二人並んで歩いていく。

 時折、男子生徒の顔の汗を拭っている女子生徒。

 男子生徒はにこやかに何事かを話しかければ、女子生徒も相づちを打っている。


 真っ青な空に白い入道雲が顔を出す頃。

 Tシャツに短パンの男子生徒とノースリーブのシャツにこちらも短パン姿の女子生徒が二人並んで歩いていく。

 たまに男子生徒が女子生徒の後ろに回ってちょっかいをかけると、女子生徒は振り返って怒ったフリをする。

 そして、お互いが屈託のない笑顔になる。


 すっかり空が高くなった頃。

 詰襟を腕に乗せて歩く男子生徒と、その少し後ろを歩くセーラー服に白いカーディガンを羽織った女子生徒。

 男子生徒は正面まえを見つめ、女子生徒はただただ俯いている。

 二人の間に会話が無い。


 曇天の雪が降り始めた頃。

 制服の上にコートを羽織り、一本の長いマフラーをお互いの首に巻き、寄り添って歩く男子生徒と女子生徒。

 組まれた腕は、しっかりと結ばれ、時折女子生徒が男子生徒の肩にもたれかかる。

 しかし、二人の間に会話は見えてこない。



 再び、新緑が萌え始める頃。

 青年は一人、上下のツナギ姿で自転車に乗り、河川敷を走り過ぎていく。

 胸のポケットには、一通の封筒が大切そうに入っていた。


 真っ青な空に白い入道雲が顔を出しても、

 すっかり空が高くなっても、

 曇天の雪が降り始めても、

 青年の胸ポケットには、一通の封筒が大切そうに入っていた。


 そして、季節は移ろってしまった。


 目を開き、青年は便せんに文字を書き始める。

 そう、「サヨナラ」で始まる、女子生徒に宛てた、最初で最後の恋文ラブレターを。

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