第二十四話 ターフォスの暗躍

 あれから、盗賊撃退の10倍と言っても過言では無いほどの死体処理を済ませた俺たちは、再び先へと向かって歩き始めた。

 今度は、先ほどの教訓を生かすべく、気持ち最短経路寄りを歩いている。


「おらっ! はあっ!」


「【――炎の弾丸となれ】!」


 こちらの方が、確かに人が多い。

 だが、ちゃんと周りを見ていれば、魔物の取り合い等でトラブルになることはそうそう無い。


「まあ、ダンジョンに入るのは、命の取り合いにある程度慣れた人ばかり――故に、血気盛んな多いから、トラブルも起きやすい……といった感じなのかな?」


「大方、そのような感じでしょうね。そもそも、命の取り合い事態が、普通の感性では出来ませんので」


「違いない……っと。来るな」


 ここで会話を切り上げ、俺は前方へと意識を向ける。


 ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ――


「「「「グゲゲゲエエエエ!!!!」」」」


 やがて、壁から産み出て来るのは4匹の魔物。

 魔力で出来た、金属性のように見える鎧を身に纏い、右手には剣を持ったクリーチャー――クリーチャー・ソルジャーと呼ばれる魔物どもは、俺たちを視認するや否や、剣を振り上げて襲い掛かって来る。


「ここはシャリアがやりな」


 ダンジョン内で、ある程度実戦を積んで置いた方が、シャリアの為だと判断した俺は、そう言ってシャリアに獲物を譲る。


「分かりました、リヒトさん」


 そして、シャリアは俺の意図を即座に理解すると、呪文を唱える。


「【氷の矢よ、穿て穿て】!」


 刹那、放たれるのは10本の氷の矢。


 ガッ! ガッ! ガッ!


 それは、鎧に当たると、鈍い音を立てて傷を付けていく。

 同時に、足止めとしての役割もこなせており、シャリアはその隙に本命の詠唱を行った。


「【氷の矢となりて、彼方へ飛べ。穿て穿て】!」


 そして、放たれるのは3本の氷の槍。

 鋭いその一撃は、鎧ごとクリーチャーを貫く。


「グゲェ……」


「グ、ギャ……」


「ガ、ァ……」


 それにより、粒子となって霧散消滅するクリーチャー・ソルジャー。

 すると、その内の1匹が紫色の水晶の欠片のようなものを落とした。

 ダンジョンにしかない、高純度の魔石だ。


「よし。いい感じだったよ、シャリア」


「ありがとうございます、リヒトさん」


 俺は魔石を拾うと、そう言ってシャリアに手渡した。

 シャリアは、俺の言葉にニコリと笑ってそう言うと、魔石をリュックサックの中に入れる。


「じゃあ、先に進むか」


 そして、再び先へ進む。

 これを、何度も何度も繰り返し、ダンジョンに入ってから4時間経過した頃。


「ここか……」


 俺たちはようやく、開けた場所に出た。

 直径100メートルほどの、円形でドーム状の空間。

 壁には擦れた壁画のようなものが見え、他にも折れた石柱など、遺跡らしいものが散らほらと見える。

 そして、その中心――数段高い所に置かれているのは、黄金の杯。

 ここが”聖杯の祭壇”と呼ばれるようになった所以がそれだ。


「ふぅ……それじゃ、行くか」


「「おう」」


 すると、やがて休憩をしていたパーティの1つが、中心にある聖杯に向かって歩き出した。

 階段を数段上り、聖杯の前に立った彼らは、それに手を翳す。

 刹那、彼らは忽然とその場から姿を消してしまった。


「なるほど。噂には聞いていたが、ああやって先に行くんだな」


「転移魔法を使える方は少数ですので、そういう意味でも人気らしいですよ、あれは」


 その様子に、俺とシャリアはそう言ってこくりと頷き合う。

 見ての通り、あの聖杯はここから先へと向かうためのゲートの役割を果たしている。

 そして、あそこから魔物の強さが1段2段と上がる為、注意が必要だ。


「まあ、今日はここまでだし、少し休憩したら帰ろうか」


「そうですね。一先ず、昼食を食べましょう」


「ああ、そういやまだ食ってなかったな」


 こうして、本日の目的地である”聖杯の祭壇”に辿り着いた俺たちは、そこで暫し休憩を取ることにするのであった。


 ◇ ◇ ◇


 エリス教国某所にて。


「ボス! 奴隷運搬の準備が整いました!」


「そうか。なら、早めに隠し通路経由で移動させろ。此度の取引相手は、いつも世話になっている商会だからな」


 薄暗い場所で、小悪党じみた男が、マフィアのドンのような男にへこへこしながらそう報告した。

 それに対し、ボスと呼ばれた男は、冷静にそう言うと、自身も仲間を引き連れ、現場へと向かう。


「さーてと……ん?」


 やがて、奴隷が入れられた牢獄が並ぶ部屋の前に辿り着くと、その扉に手を掛けようとし――手を止める。

 そして、怪訝そうな表情をしながら、眉を顰めた。


「どうしましたか?」


「いや、何か嫌な気配がする。一応臨戦態勢を取れ」


「はっ!」


 ボスは警告を飛ばすと、部下にゆっくりと開けるよう命じた。


 ギィ――


 音を立てて、開かれる扉。

 そこに広がっていたのは――


「なんだ、これは……」


 自身の部下が、折り重なるようにして倒れている光景だった。

 奴隷にやられたのか――と一瞬思うと、牢獄の中に衰弱した奴隷がしっかりと居るのを見て、それは違う判断する。

 その時だった。


「おお、来てくれたんだ。手間が省けて、助かるよ」


「なっ!」


 見上げれば、天井にぶら下がりながらこちらを見つめる銀髪蒼眼の男が居た。

 男は、少し長めの銀髪を揺らしながら、死体を避けるようにして地面に降り立つと、パチンと手を鳴らす。

 直後――


 ドッ!


 突然、地面に倒れる男が剣を構えて、ボスたちへ襲い掛かって来た。


「なあっ!」


 だが、ボスは驚きつつも、即座に剣を抜いてそれを防ぐ。

 しかし、それは――罠だった。


「その程度の実力で、俺から目を逸らしたら……流石に死ぬよ。外道が」


「がはっ……!」


 その隙を突くように、急接近していた男が、その剣でボスの心臓を貫いたのだ。


「続けていくよっ! 外道どもっ!」


「ぎゃあっ!」


「がはっ!」


 そして、そのまま横なぎに剣を振るい、部下を纏めて一刀両断する。


「よし……殲滅完了っと」


 こうして、あっという間にマフィア1つを壊滅させた男――”救世教団”の”円卓の六使徒”が1人、ターフォスは、剣に付着した血を払うと、そう言葉を零した。

 そして、手を掲げると、詠唱を始める。


「【死は、終わりでは無い。永遠に生きよう。さあ――だから動いて】」


 優しく語り掛ける様な――そんな詠唱を、彼は死者の前で紡ぐ。

 やがて、身体から漏れ出るように出てきた闇の魔力が、死者を包み込んでいく。

 そして――むくりと、起き上がった。

 だが、そこに生気は無く、瞳も無機質なものだ。


「うん。皆、今日から俺の仲間だ。仲良くしようね」


 先ほどまで外道と言っていた奴らに、ターフォスは心からの笑みを浮かべてそう言った。

 その様子に、思わず息を呑む囚われの奴隷たち。

 すると、ターフォスはそんな奴隷たちに視線を向けた。

 そして、優しく語り掛ける。


「皆辛かったね。だけど、もう大丈夫だ。俺が、助けに来たんだから」


 その言葉に、安堵の息を漏らす奴隷一同。

 だが次の言葉で、一気に戦慄する事となる。


「それじゃあ、アンデッドになろうか。もう、こんな苦しい思いはしないし、俺が快適な家も用意してあげる」


「ひぃ――」


 正気とは思えない言葉に、顔を青ざめさせる奴隷たち――だが、遅い。


「はい、お終い」


 気付けばそこには、死屍累々とした光景が、広がっているのであった。

 そして、即座にターフォスが生み出した固有の死霊魔法――《死の祝福デス・ブレス》を発動させながら、ターフォスは機嫌良さそうに言葉を紡いだ。


「これで仲間が更に増えた。嬉しいな」


 そう言って、ターフォスはアンデッド――グールと共に、その場を離れるのであった。

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