第二十三話 ダンジョンの盗賊

 ダンジョンの中は、聞いてた通りまさしく”遺跡”だった。

 狭くも広くも無い、ただただ分岐点の多い古びた石レンガ造りの通路を、俺たちは進む。

 明かりは、ダンジョン内に等間隔で魔石灯が設置されているお陰で、問題はない。

 ただ、この先明かりの無い区間もいくらか存在しているので、いずれ持ってきた魔石灯も使う事となるだろう。

 もっとも。俺の目は、暗がりでもそれなりに見える、少々特殊なものだから、シャリア専用になりそうだけど。


「「「グゲゲゲ――」」」


 すると、壁から黒い人型の魔物が、まるで産み出されるかのように出現した。


「クリーチャーか」


 王都ダンジョンに置いて、もっとも多く出て来るEランクの魔物――クリーチャー。

 短く言えば、微強化版ゴブリンみたいなものだ。

 ただ、ゴブリンと比べて耐久力は低い――まあ、あんなヒョロヒョロの身体なら、当然か。


「さて……あれぐらいは、俺が対処する。シャリアは、なるべく魔力を温存しててくれ」


「承知しました。お気をつけて」


「ああ――言われるまでも無いっ!」


 安易な撤退が出来ないダンジョンでは、魔法師の魔力温存はかなり重要らしいからね。

 だからこそ、簡単な所は俺が魔力を一切使用せずに、身一つで対処すればよい。

 そうしてクリーチャーと肉薄した俺は、クリーチャーがその鋭い爪を振り下ろす前に、剣を振るって腕を斬り飛ばした。


「はあっ!」


 そして、そのまま逆袈裟に繋げてクリーチャーの胸を深々と斬り裂く。

 すると、クリーチャーは黒い魔力の粒子となって、霧散消滅してしまった。

 そうそう。どうやらここに出て来る魔物のは、身体が魔力で構成されているようで、一定以上の損傷を受ける――即ち死ぬと、このように消えてしまうだとか。

 魔物を倒しても、利益ゼロなのは中々に辛いな……と言いたい所だが、一定の確率で魔力の塊――高純度の魔石を落としてくれる為、案外つり合いは取れている。


「「ゲゲゲゲ――!!!!!!!!」」


「はっ! はっ!」


 後ろに居る残り2匹のクリーチャーも、俺は同様に斬りつけて、仕留めて見せた。


「うん。これぐらいなら、強化魔法無しでも全然やれるな……」


 最初は、ビビるあまり無駄な動きが多すぎて、強化魔法無しではやれなかったなぁ……なんて唐突に思いながら、俺はそんな言葉を零すと、シャリアに向き直った。


「ありがとうございます、リヒトさん」


「これが、俺の役割だからな。その分、強めの魔物が出て来た時は、頼んだぞ」


「そうですね……まあ、”聖杯の祭壇”まででしたら、あまり強い魔物は現れませんけどね」


「まあ、それはそう」


 だがそれでも、異常事態イレギュラーとかを考慮して動くのは、大事だ。

 ま、シャリアの想像通り、今日のシャリアはだいぶ暇するだろうな。

 そう俺は薄々思いながら、先へと進む。

 迷路のように分岐点は多いが、行き止まりはほとんど無く、方向さえ正しければ、どう進んでも大抵は”聖杯の祭壇”に辿り着くことが出来る。

 そう思いながら、俺たちは進み続けた。


「「「グゲゲゲゲエ!!!!」」」


「はっ! はあっ! はっ!」


 まだ序盤――ここで襲い掛かって来るのは、クリーチャー程度しかいない。

 対処は本当に容易だった。

 強いて言うなら、変わり映えのしない景色を何時間も歩き続けるのが地味にきつかった……かな。

 本当に景色が変わらなくて、本当にこの道に終わりはあるのか?なんて思ってしまったよ。


「どうぞ、リヒトさん。少し、休憩をしましょう」


「ああ、ありがとう」


 俺は立ち止まると、シャリアから水の入ったコップを受け取った。

 そして、それを一気に呷る。

 ……うん。美味い。すっきりした。


「最短ルートは、他のダンジョン探索者と遭遇しやすいから、少しだけルートを外した方がいいと思ってこうしたのだが……もう少し最短経路に寄せても良かったかな?」


「うーん……ですが、何か面倒ごとが起こってからでは遅いですからね。正直な所、私としてはこのルートで良かったなと思います」


 そして、俺たちはそんな会話を交わした。

 なるほど……まあ、実際の所シャリアの言う通りなんだよね。

 面倒ごとに遭いやすく、それでいて面倒ごとを嫌うのが俺たちだ。

 最短ルート及びそれに近い場所を通って、ダンジョンの入り口で遭遇したような面倒ごとに巻き込まれれば、こっちにすればよかったと後悔するのは確定だ。

 嘆きため息を吐く俺が、容易に想像できるよ。


「……ん? リヒトさん。複数の人の気配です」


「そうか……足音が聞こえないとは、用心深いな」


 シャリアの言葉に、俺はそう言って頷く。

 だが次の瞬間、俺は感じた。

 そいつらが抱く――強い害意を。

 見つけた者全てを害そうとする、悪の心を。


「シャリア。そいつら、害意が溢れまくってる。盗賊だ」


「!? ……分かりました」


 俺の言葉を聞いた、シャリアの行動は速かった。

 即座に杖を構え、俺の後ろに立ち、臨戦態勢となる。

 俺は一瞬、逃げる事も考えたが……放置すれば、その分被害者が増える可能性がある。

 それは、嫌だからね。

 すると、そうこうしている内に分岐点の陰から冒険者らしき人の集団が出てきた。

 数は――4か。

 だが、回り込むように反対側からこちらへ向かう集団も居る。

 本当に盗賊なら、早急にやろう。

 すると、彼らは口を開いた。


「なんだ。気配がすると思って来てみりゃ、2人かよ……。さっさとやっちまうか」


「だな。女は、捕らえようぜ?」


「さんせーい」


「2人で、しかも最短ルートが分からない初心者……よくここ入れたな? ま、やりやすくていっか」


 そして、そんな醜悪な事を口にする。

 ちっ……ルートを外し過ぎると、今度は盗賊こいつらに狙われるのかよ。

 面倒くせぇ……


「シャリア」


「はい。【荒く流れし水よ、押し流せ】!」


 刹那、俺の言葉に応じたシャリアが、激流をやつらの足元へ流す。


「なっ 小癪なっ!」


 それにより、足を取られてバランスを崩す4人。

 だが、強化魔法で身体を強化しているのか、内2人は即座に抜けて来る。


「やりやすい――【血よ、穿て】」


「がはっ!」


「あがっ!」


 しかし、激流でリズムを乱され、単調な動きで飛び出してきた奴らに、俺の血槍を対処する術は無い。

 跳び、空中に居る2人の腹を、俺は血槍で貫く。

 肝臓と心臓を諸共貫いた――即死だ。


「なあっ! なにを――あ、が、が――」


「や、やめ――」


 一方、抜け出すのに遅れた残る2人は、そのままシャリアによって氷漬けにされ、絶命した。


「おいおい。俺たちが来るま――え?」


 すると、最悪のタイミング(奴らにとって)で現れる挟撃部隊の3人。

 相手が初心者であることを想定しながら、そこそこの徹底ようは、相当手慣れた盗賊なのだろうなぁと思いつつ、俺は即座に先手を打つ。


「【血よ、穿て】」


 そして飛び出す3本の血槍。

 それらは、意思を持ったかのような動きをしながら、奴らの腹を貫いた。


「うおおおっ!」


 だが1人だけ、後ろに倒れて回避した奴がいた。

 運がいい奴だ。

 だが――


「不可能だ」


「がはっ!」


 即座に追尾させ、終わらせた。


「……やっぱ、嫌いだ。この感覚」


 自分が、シャリアが、死なない為に――そして、次の犠牲者を出さないための行動。

 間違ってはいない。

 だがそれでも、戦闘高揚バトル・ハイが終わった今、俺はあの嫌な感覚を覚えている。

 すると、俺の右手をシャリアが両手で包み込んだ。

 ひんやりとした――されど温かい、そんな感覚。


「シャリア……?」


「そう、背負わないでください。リヒトさんの行いは、決して間違っていないと思います」


「……そうか。ありがとう」


 シャリアにそう言われるだけでも、幾分か救われる。

 ありがたいな。

 さて、それで完全に気分が晴れる訳では無いが、それよりも……


「これ、どうするか」


 そう言って、俺は転がる死体を一瞥するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る