第二十一話 日替わり定食

 あれから、俺たちは日が暮れるまで王都中を巡りに巡った。

 時間と広さ的関係で、巡れなかったところの方が多いのだが……まあ、必要な場所は回れたから、良しとしよう。

 そうして、いつもよりは遅れつつも宿に帰還した俺たちは、そこの1階で夕食を取る事となった。

 どうやらエグニアさん1人で、宿泊者のみを対象とした食堂も提供しているみたいだ。

 何から何まで全部エグニアさん1人でやるなんて、普通に凄いなぁ。

 これ、引退した人がやる仕事量じゃ無いだろ……と、思ってしまうのは俺だけだろうか。

 そう思いつつも、俺はシャリアと共に席に座る。


「この宿、結構静かだな。結構落ち着く」


「そうですね。それが、この宿の魅力だと私は思います」


 俺もシャリアも、比較的落ち着いた場所を好む。

 それ故、この宿は俺たちにとって非常に心地の良い空間となっていた。

 すると、エグニアさんが食事を持って、やって来る。


「日替わり定食、2人前です。お冷やもどうぞ」


 そう言って、エグニアさんはテーブルの上に食事を置いてくれた。

 今回頼んだのは、シャリアおすすめの日替わり定食。

 その名の通り、日によって内容は異なると言う。

 それで、本日のメニューはと言うと――


「本日の日替わり定食は、パン、コーンスープ、ミノタウロスのサイコロステーキ、シーザーサラダでございます。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 さらりとそう言って、去って行くエグニアさん。

 その佇まいは、執事長としての面影を想起してしまうものだった。


「……流石は元執事長って感じだね?」


「はい……長年の癖は、引退しても消えないようで」


 俺の言葉に、シャリアはどこか懐かしむようにそう言うのであった。


「さて、それじゃあ早速食べるか」


 そう言って、俺がまず真っ先に目を付けたのはパン。

 それを掴んで手で千切ると、それをコーンスープに浸け、食べる。


「おー美味いな」


 安心するような味……といった感じだろうか。

 丁寧に調理されたんだろうな〜ってのが、少し食べただけで分かる。


「……そうですね、美味しいです」


 一方、シャリアはコーンスープをそれ専用のスプーンで丁寧に掬い、飲んでいた。


「ん? パンには浸けんのか?」


 そんなシャリアに、俺は率直な疑問を投げかけた。

 すると、なんとも言いづらそうな顔になったシャリアが、おずおずといった様子で口を開く。


「あの……パンをスープに浸けるのは、マナー違反なんですよ?」


「え、マジで?」


 それは普通に初耳なのだが?

 いやでも、村でそれを咎める人は居なかったし、普通に皆やってたし……いやでも、シャリアが嘘つくとも思えんし……

 シャリアにマナー違反と言われ、俺は内心そんな感じで混乱する。

 すると、シャリアが慌てながら補足説明を始めた。


「いえ! 気にしない人も多いので、基本的に問題は無いと思います。ですが、貴族の間では常識のようなものでしたので、つい……」


「あー……なるほどね」


 色々と厳しそうな貴族社会であれば、そういうのがあっても何らおかしくないと思いながら、俺はこくこくとシャリアの言葉に頷いた。

 だが、ああ言われてしまった手前、続けるのはなんだか憚られる。


「……うん。美味い」


 それ故、結局それ以降は普通にパンはパンで、スープはスープとして食べるのであった。


「……なんか、すみません」


 そしてその様子を、シャリアはなんとも申し訳無さそうな顔で見ていた。

 ……よし。ステーキだステーキ。

 俺はシャリアにこれ以上そんな顔をさせないようにするべく、ここらでサイコロステーキを食べることにした。

 フォークを持ち、一口サイズにカットされたサイコロステーキを刺すと、オニオンソースをもう少し絡めてから、口に入れる。


「……おお、美味い。やっぱ身体に染みるなぁ……肉は」


 しっかりと焼かれたステーキには食べ応えがあり、まーじで身体に染みる。

 身体を死ぬ気で動かす職業だからこそ、身体が肉を求め、結果としてより美味しく感じるんだろうなぁと思う今日この頃。


「そうですね。とても美味しいです」


 そしてシャリアも、微笑みながらこのサイコロステーキを食するのであった。

 その後、ある程度食事を進めたところで、俺たちは明日からの予定について話し始めた。


「明日は休憩兼準備で、今日と同じように王都の散策をしよう。その際に、足りないものの調達が必要ならば、やる。そして、明後日からダンジョンに挑んでみる……って感じでどうかな?」


「異論はありません。その予定で、行きましょうか」


「ああ、そうだな。で、集合はいつもの時間でいいか?」


「はい」


 こうして手早く明日以降の大体の予定を決めた俺たちは、食事を再開した。

 そして食べ終えると、俺たちはそれぞれの部屋――俺は201でシャリアが202――に入る。

 室内は、ベッド1つ小さな丸テーブル1つの簡素なもので、清潔感が感じられる。

 これは、今後長らく泊まっていきたい良宿だな。


「……じゃ、寝るか」


 そう言って、俺は身支度を整えると、さっさとベッドで横になるのであった。

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