第二十話 王都の散策

 宿の部屋を取った俺たちは、外をのんびりと出歩いていた。

 夕食までの時間を潰す事を兼ねての、王都散策だ。

 シャリアはともかく、俺は王都の事について、伝聞で聞いたことしか知らないからな。

 だから、主要な施設がどこら辺にあるかって事ぐらいしか、現状分からないのだ。


「……それにしても、こんな身近な所にシャリアの知り合いが居たんだな」


 俺は先ほど入った宿の主人――エグニアさんの事を思いながら、俺は隣を歩くシャリアにそう声を掛ける。


「はい。エグニアさんは、小さい頃によくお世話になりました。ですが、歳や持病により、屋仕事を満足に出来ないと判断された事で、執事を引退してしまいまして。……それから数年は会わなかったのですが、屋敷から勘当され、頼れる人が居なくなった時に、エグニアさんに色々と助けてもらったのです」


「そうか……それは良かったな。だが、それならどうしてテレンザに?」


 その状況で、エグニアさんの居る王都から出るという選択肢を取ったのは、一体どうしてだろうか?

 それなら、普通に王都に居てもいいと思うのだが……

 そう思わず疑問を抱く俺に、そんな俺の考えを察したのか、シャリアは直ぐに答えを教えてくれた。


「はい。元家族のほとんどは、勘当で済ませていたのですが、私に執着していた妹が、独自に私を殺そうとしてきまして。それで、避難していたという訳です」


「そうか……ん? てことは、ここに居たら危なく無いか?」


「いえ、エグニアさんが対処してくださいました。今は当主の判断に意を唱え、挙句独断で動いたとして、謹慎処分を受けたそうです」


「なるほど」


 勘当はともかく、それに関しては割と正当な処分だと思いながら、俺はシャリアの言葉に頷いた。

 それにしても、執着で殺すとか、中々に危険な妹だな……

 嫌われるとかならまだ分かるが、家族に殺意を向けられるとか……俺にはとても想像が出来ない。


「貴族社会は、普通に魔の巣窟ですからね。一般的な常識が通用しない事も、時としてあります。私の場合は、死んだり売られたりしなかっただけ、マシだと思っています」


「おおう……」


 こっわ。貴族社会こっわ。

 そして、そんな恐ろしい事を平然と言えるシャリアすげぇ……


「すみません、色々と変な事を言ってしまって。……リヒトさんが、何か思う必要はありません。もう全て、過ぎた事ですので」


 そう言うシャリアの顔は、どこかすっきりとしていた。

 ああ、そうだったな。

 シャリアにとっては、もう過去の話なんだったな。


「そうか……分かった。なら、大丈夫か」


「はい。心配される必要はありません。それよりも今を……リヒトさん。周りの景色、しっかりと見ておかないと、いずれ迷子になってしまうかもしれませんよ?」


「あーそれはマズいな。ちゃんと見ないと」


 この歳で迷子とか、普通に羞恥ものだ。

 そう思った俺は、気持ち多めに周囲の様子を見始めるのであった。


「……ふふっ」


 すると、仄かな笑い声が、聞こえて来たような、聞こえてこなかったような。

 そんな気がした。


 ◇ ◇ ◇


「お嬢様……いえ、シャリアさん。笑っておられましたね」


 大通りから外れた場所にひっそりと佇む宿で、細々と宿を営んでいる元ガーランド伯爵家執事長ことエグニアは、備品の掃除をしながらぼそりとそんな言葉を漏らした。

 シャリアの事を生まれた時からずっと知っているからこそ、その言葉には重みがある。


「気づいた時には、すっかり笑わなくなってしまいましたからね……」


 そう言って、エグニアの脳裏に浮かび上がるのは、引退時に見た笑顔のシャリア。

 そして数年後に見た、笑みが剥がれ落ちたシャリア。


 ――エグニアさん! 今までありがとうございました!

 ――エグニアさん! 元気でね!


 ――いえ、いいんです。

 ――大丈夫です。

 ――ただ、少し休ませてください。


「……元気が出たのは、隣に居たあの人のお陰でしょうか?」


 シャリアの隣に居た、白髪赤眼の若い冒険者らしき男。

 彼のお陰で元気が出たのだろうと、エグニアは直ぐに理解できた。


「真っ直ぐとした、良き若者でしたね。彼になら、シャリアさんを任せられそうです」


 執事長として、長年多くの人間を見て来たからこそ、エグニアにはリヒトが善人であると見抜けたのだ。

 ならば、執事長――いや、幼き頃からシャリアを知る者として、する事は決まっている。


「ここに居る限り、見守り続けるとしましょう。そして何かあれば、手を差し伸べましょう」


 それこそが、エグニアのすべき事。

 それを胸に、エグニアは引き続き仕事をするのであった。


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大学のテスト&課題諸々で投稿が滞ってました。

少しペース上げます

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