第八話 初めての野営

 あれからも、何度か魔物の襲撃を受けたが、難なく撃退し。

 道中、適当な場所で昼食を取り。

 そして――遂に、日が暮れ始めた。


「……ああ、そういや1日目は野営とか言ってたな」


 ふと、ここで今朝シャリアに言われた事を口ずさんだ瞬間。


「皆さん。本日は、ここで野営にしようかと思います」


 平原の方に馬車が逸れたかと思えば、トラディスさんがそのような事を口にするのであった。

 やがて馬車が完全に停車した俺は、馬車から飛び降りると、周囲をぐるりと見回す。

 何気に野営は初めてだな。

 まあ、特段難しい事は無い。

 強いて言うなら、夜間の魔物及び盗賊の襲撃が厄介だが、このように人数が居れば、交代で一夜中見張りが出来る為、不意を突かれる事はそう無いだろう。


「リヒトさん。取りあえず、準備だけしておきましょう」


「そうだな」


 シャリアの言葉に俺は頷くと、早速野営の準備を始める事にした。


「リヒトー! シートは、馬車の裏に敷いてくれ。そっちの方が、安全だから」


「ああ、分かってる」


 まず、地面に革のシートを敷き、寝る場所を確保する。

 テントを立てる人も居るが、それだと魔物等の接近に気付きにくいし、いざという時の対応も遅れる。

 だから、一般的にはこんな風にシートを敷いて、野晒しの状態で寝るのが主流だ。


「おし。火も起こせたぞー!」


 向こうでは、火属性魔法師であるディオが、薪を集めて火をつけていた。

 月光と並んで、夜間における、貴重な明かりの1つだ。


「じゃ、俺はこれを。【聖なる加護を与えよ。全てを護れ、光の聖域をここに――《聖光領域ホーリーサークル》】」


 直後、俺を起点とした半径10メートルほどの円をぐるりと囲うように、淡く薄い光の結界が出現した。

 持続型の結界魔法。そこまで強力な代物では無いが、これに攻撃されれば寝てても気づけるし、明日の朝までしっかり持つ。

 野営にはピッタリだろう。


「おー……剣士とか言ってたのに、こんな魔法も使えるのか」


「普通に凄くね?」


「だねぇ」


 今までずっと剣術それで済んでいた事もあってか、何気に光属性魔法を見せるのは初めてだったな。

 まあ、凄い凄い言われてるけど、結局これも例の如く、本職には及ばない。

 ただこの通り、役に立つ程度には、扱う事が出来る。


「さてと。取りあえず終わったって事で……他にやる事はあるかな?」


「無いら。見落としてるかもだけど、まーそん時はそん時だ」


 俺の呟きに、ディオがそう答えると、革シートの上で寛ぎ始めた。


「あー腰いてぇわ」


「老人かよ」


 続けて、そんな軽口を叩きながら、エーナスとトゥリスも革シートに腰を下ろす。

 因みにトラディスさんは、荷台の荷物の整理中……と言った感じか。


「シャリア。休もうか」


「そうですね。リヒトさん」


 そうして俺たちも、自分の革シートの上に腰を下ろすのであった。

 そして、それから直ぐに夕食の準備を始める。


「えっと……黒パンと肉でいいか」


「というか、それしか無いですけどね」


 まあ、準備と言っても、シャリアが持つリュックサックから、買い込んでおいた保存食を取り出すだけなのだが。

 そうして、黒パンを1つ、干し肉を1切れ取った俺は、シャリアと共に食事を始める。


「……何気に保存食系は初めて食ったが、可も無く不可も無くといった味だな」


「まあ、保存食ですからね。これは普通に美味しい方だと思いますよ?」


「テレンザの飯が結構美味かったせいで、味覚が上品になったのかなぁ……」


「自分で言うのも何ですが、私の方が舌は肥えていると思いますよ。5か月ほど前までは、普通に屋敷での食事でしたし」


「あーなるほどね」


 のんびりと雑談を交わしながら、俺はそう言って納得したように相槌を打つ。

 すると、馬の世話まで終わらせたトラディスさんが、革袋を引っ提げてこちらにやって来た。


「皆さん。本日は、お疲れ様です。こちら、度数低めのワインです。元気づけにどうぞ」


 そう言って、トラディスさんは革袋から酒瓶を取り出したのだ。

 そして、同じく革袋に入っていた木製のジョッキを取り出すと、慣れた手つきで注いで行く。


「はい。どうぞ」


「おーマジでありがとうございます!」


「感謝っ!」


「ありがとうございまーす」


 まず、エーナスさんら3人が、トラディスさんからワインの入ったジョッキを受け取る。


「はい。リヒトさんとシャリアさんもどうぞ」


「ありがとうございます」


「ご厚意、ありがたく頂戴します」


 そして、続けて俺たちも酒の入ったジョッキを受け取る。

 すると、やけに機嫌の良いエーナスが、ワインの入ったジョッキを掲げると、声を発した。


「おし。乾杯すっぞ!」


 お、乾杯か。

 シャリアと2人で、静かにやった事ならあるが、こういう騒がしい感じの乾杯はしたことが無いな。

 そう思いながら、俺はその言葉に押されてジョッキを掲げる。

 すると、その様子を嬉しそうに見ていたエーナスが、続けて声を上げた。


「おし。10日間無事に乗り切るぞ! 乾杯!」


「「「「乾杯!!!」」」」


 続けて俺たちも声を上げると、流れるようにして中の酒を一口飲んだ。

 おお……普段飲んでいるのと違う感じが――


「おお! この味は、王都イリオンにあるワイン専門店、ネクタルで売られている赤ワインではないか? しかも、これは……二等級では無いか? となると、この葡萄の原産地は――へぶっ!」


「おい、暴走してるぞ。ボケ」


 直後、俺の思考を遮るようにして暴走を始めたエーナスと、そんなエーナスの頭をぶっ叩くディオ。

 それにより正気を取り戻したエーナスは、ちびちびと十分堪能するようにワインに舌鼓を打ち始める。

 それを見て、俺は何が起きてたんだと思いながらも、ワインを堪能するのであった。

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