第四十五話 領主館へ、GO

 シャリアと共に装備品の買い足し等をのんびりとやって時間を潰していたら、あっという間に1時を過ぎてしまった。

 2時に来いと書かれていたが、シャリア曰く「早めに行った方が良い」とのこと。

 まあ、礼儀とかそこら辺に結構詳しいシャリアが言うなら、そうなのだろう。


「うわー……なんか凄い緊張してきた……!」


 領主館との距離が目と鼻の先と言えるところまで近づいた所で、俺は思わずそんな声を漏らしてしまった。

 すると、シャリアはそんな俺を見て、クスリと小さく微笑みの表情を浮かべると、言葉を紡ぐ。


「なんだか、微笑ましく思えますね。初々しい感じで」


「……それは、なんだか複雑な気分だ」


 シャリアの的を射た言葉に、俺は言葉通り複雑な表情を浮かべるのであった。


「まあ、対談とか、そういうのは是非私に任せてください」


「ああ、ありがとう」


 そう言って、屋敷の門を守る衛兵に話し掛けるシャリアの背中は、なんだかとても頼もしく思えた。

 その後、屋敷の中へと通された俺たちは、客室へと案内される。


「おー……」


 高そうな品々ばかりの客室を前に、俺はシャリアに指摘されるまで、口を半開きにさせてしまった。

 普通に恥ずかしい。


「では、暫しお待ちください」


 そう言って、去って行く初老の執事。

 一方、ソファに座る俺は、眼前のテーブルに置かれたティーカップを恐る恐る手に取ると、中に注がれている紅茶をそっと口に含んだ。


「……おお。なんか、いい」


 美味い……のかはよく分からないが、なんかいい。何かがいい。

 俺は直感で、そう思った。

 すると、遅れて隣に座るシャリアは俺とは違い、品のある仕草でティーカップを取り、紅茶を飲んだ。

 その気品のある姿に、俺の目は思わず釘付けになってしまう。


「あの……そんなに見つめられますと、少し恥ずかしと言いますか……」


 すると、俺の視線に気づいたシャリアが、若干頬を赤くしながら目を軽く背けると、ポツリポツリとそんな言葉を口にする。


「あ、ああ。すまん。手慣れてるな~って感心してただけだよ」


 そう言って、俺も気まずげにそっと顔を横に背けた。


「……」


「……」


 そして訪れる沈黙の時間。

 ヤバい……なんか凄く、居た堪れない。

 内心そんな事を思いながら、どうすればいいんだと思っていると、部屋のドアがガチャリと開かれ、1人の男性が入ってきた。

 40代後半ほどに見える、灰髪オールバックの威圧感がある男性……って!


「りょ、領主様! お邪魔しております!」


 突然のお偉いさんに、内心パニックになった俺は、慌てて立ち上がると、そう言って頭を下げる。


「レリック侯爵閣下。此度はお呼び頂き、光栄でございます」


 そんな俺を尻目に、シャリアは優雅に立ち上がって、礼をする。

 ヤバい。シャリアがめっちゃ上手い。

 なんかマジで、居た堪れねぇ……!


「っ……」


 そのせいで、頭を下げたままプルプルと震える俺。

 こういうのは無理なんだよ……小市民だからぁ……

 すると、前方に立つレリック侯爵は小さく息を吐いた後、その硬い口を開く。


「そう、緊張する必要は無い。顔を上げ、座るといい」


 雰囲気で、怒っていないというのは分かるのだが、それでも声音のせいで、一瞬怒っていると錯覚してしまい、またもやピクリと震える俺。

 だが、なんとか鋼のメンタル(笑)で持ち直すと、そっと顔を上げ、シャリアと同時に椅子に座った。

 その後、レリック侯爵も対面するようにソファに腰を下ろすと、俺たちを正面から見据える。


「まず、これだけは言わせて欲しい」


 そんな前置きをすると、レリック侯爵は――なんと、深く頭を下げた。

 そして、強い想いが込められた言葉を紡ぐ。


「昨日は、本当にありがとう。リヒトとシャリアのお陰で龍脈石は奪われずに済み、私たちも命を奪われずに済んだ。其方たちは私たち――そしてテレンザにとっての恩人だ」


 その言葉を聞きた瞬間、俺はなんだか無性に嬉しくなった。

 そして、何か言葉にしようとしたが……上手く言い表せず、結局ただただ黙り続ける事となる。

 ただ、シャリアもこの時ばかりは黙っているし、結果的にどうやら何も言わないのは正解だったようだ。


「……では、其方らには相応の褒賞を約束しようと思う。何か望みは無いか?」


「望み……」


 どうしよう。いざ望みと言われても、答えられんのだが……

 俺の望みは、当然Sランク冒険者になる事と、後は自由に冒険をする事だが……これは領主様に望む事では無いし……

 困った末、俺はシャリアに全部丸投げする事にした。

 シャリアなら、なんか上手い事やってくれるだろという、雑で聡明な判断。

 そんな俺の眼差しをしっかりと受け取ったシャリアは、「しょうがない人ですね」とでも言いたげな目で俺を一瞥した後、口を開く。


「では、褒賞金720万セルと、”第一級魔法道具購入許可証”――後は、万が一の時に後ろ盾になって戴く事です」


「ちょ――」


 流石にそれは吹っ掛けすぎじゃないか!?

 シャリアの要求に、俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。

 だが、レリック侯爵は特に気にした様子も無く、口を開く。


「流石だな、シャリア。それで、合意をするとしよう」


 そして、そう言ってシャリアの言葉に頷くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る