第四十三話 結界からの脱出――成功!

 エンデへ剣を振り下ろし――とどめを刺した俺は、少しだけぼんやりとそこに佇んだ。


「……あ、シャリア!」


 やがて、俺はばねのような動作でシャリアの方に顔を向けた。

 すると、そこにはエンデによって捕らえられていた3人を解放するシャリアの姿があった。

 どうやら俺とエンデの戦いが佳境に入った辺りで、エンデと3人を引き離して、人質として使われないように動いてくれていたようだな。

 普通にナイスだ。


「シャリア! 終わったぞ」


 そう言って、俺はシャリアの下へ駆けよった。

 すると、シャリアは無事な俺を見て、安堵の息を漏らす。


「リヒトさんが無事で、良かったです……。そうそう死なないとは分かってはいましたが、相手が相手ですので、凄く心配しました……」


 そう言って、なんとシャリアは俺の胸元に顔を埋めたのだ。

 これには流石の俺も、赤面してしまう。


「そ、そんなに心配してたとは……」


 確かにエンデは強かった。

 最低でも、Aランク冒険者クラス――それも上位の方。

 実際に戦ってみて、俺はそう感じた。

 もし《不死の奇跡イモータル》が無かったら、50回ぐらいは殺されていたんじゃないかな?

 ……ああ、だったらここまで心配されるのも納得だ。

 シャリアは、斬られまくる俺を客観的に見ていたわけだし。

 それにしても、ここまで心配してくれたという事は、それだけ俺の事を大切な仲間と思ってくれたのだろうか?

 もしそうなら……なんだか、嬉しい。


「……ありがとう。シャリア」


 そんなシャリアに、俺は思わず感謝の言葉を告げると、そのさらりとした髪を優しく撫でた。

 すると、シャリアがピクッと身体を震わせた。そして、その後直ぐにピュッと後ろへ飛びずさると、赤面する顔を即座にフードで隠し、視線を逸らす。


「あ、ごめん。触られるの、嫌だったか?」


「い、いえ。リヒトさんは悪くありません。ですから、謝らないでください」


「お、おう……分かった」


 顔を背けながら、早口でそんな事を言うシャリアに、俺は戸惑いつつも反射的に頷くのであった。


「……良き雰囲気の所、悪いのだが……いいだろうか?」


 すると、完全に蚊帳の外となっていた、捕縛されていた3人内の1人が、少し気まずげに口を開いた。

 ……あ、てかこの灰髪オールバックのおじさん……領主様だよな?

 やべっ 素の口調じゃ駄目だ。礼儀正しくしないと。


「は、はい。どうされましたでしょうか? レリック侯爵様」


 俺は内心ガチガチに緊張しつつも、それっぽく言葉を投げかけた。

 すると、領主様――レリック侯爵は無骨な顔で小さく笑うと、口を開く。


「そう無理に己を取り繕う必要は無い。公的な場所はともかく、私的な場であれば過度な無礼を働かない限りは許そう」


 あ、無理してるの余裕でバレてる。

 シャリアにも直ぐバレたし、もしかしなくても俺って自分を取り繕うの、下手?

 すると、そんな俺に変わってシャリアが口を開く。


「格別のご配慮、感謝いたします。レリック侯爵」


「うむ。シャリアど……いや、シャリア。一先ずこの結界から出なければならないのだが、アテはあるか?」


「はい。それでしたら、こちらのリヒトが適任です」


 レリック侯爵の言葉に、シャリアは礼節を持って頷くと、俺の方にちらりと視線を向けた。そして、小声で「この結界の核を見つけて、解除してください」と言ってくる。


「あ、ああ。では、やります」


 俺はぎこちない口調でそう言うと、くるりと背を向けた。

 そして、右目に力を込めて”解析右眼アナライズ”を発動させると、再びこの結界を解析する。


「……なるほど。そこか」


 やがて、この結界の核がある場所を正確に突き止めた俺は、ここから10メートル程先へと向かって走った。

 そして、虚空に手を翳すと魔力を放出する。


 バチバチバチ――


 すると、突如として眼前に、暗紫色で人の頭ほどの大きさの宝玉が出現した。

 隠蔽系の魔法で隠されていた宝玉――これがこの結界の核と見て、間違いないだろう。


「シャリア、これが核だ。これから破壊するけど、万が一に備えて3人を守ってくれ」


 こういう魔力を予め込めておくタイプの魔法は、持続時間がまだ残っている状態で強制的に解除されると、残った魔力で爆発する事が多いと聞いたことがある。

 だからこその警告を、きちんと受け取ったシャリアは、即座に《氷壁アイスウォール》を展開して、安全を確保してくれた。

 それをしっかりと確認した俺は、念の為自分も《血殺武具ブラッド・ウェポン》で壁を構築して周囲を覆うと、剣を構えた。


「はあっ!」


 そして、勢いよく剣を振り下ろした。


 パリン!


 そんな音を立てて、真っ二つになる宝玉。

 直後、その断面から漆黒の魔力が溢れ出し――


 ドオオオオオオン!!!!!


 大爆発するのであった。

 凄まじい爆風が身体を襲い、更にそれが自らの身体を抉って来る――が、当然の様に再生して、無かったことにする。


「……ん?」


 やがて、魔力の奔流と爆発が収まって来たところで血壁を消し、血鎧以外の血全てを魔力に転換した所で俺が見たのは。

 さっきまでシャリアと共にいた、路地裏だった。


「戻って来た……って事でいいのかな?」


 周囲をぐるりと見回しながら、そんな事を言っていると。


「リヒトさん。どうやら無事、出られたようですね」


 位置関係の問題か、少し離れた場所にいたシャリアが俺の所まで駆けて来ると、ニコリと優し気な笑みを浮かべながらそう言った。


「ああ、そうだな。……それで、領主様は?」


「えっと……居ませんでしたね。ですが、領主館の入り口付近が急に騒がしくなったようですので、恐らく私たちの様に、元居た場所から近い位置に戻って来たのではないかと」


 シャリアの言葉に、俺は領主館の方へ耳を傾けながら、なるほどと頷く。

 うん。確かに薄っすらとだけど、レリック侯爵の声が聞こえるな。

 なら、大丈夫だろう。


「じゃあ、さっさとに宿に戻ろうか。色々あって眠いし、早く着替えたいし」


「ああ……服、完全に無くなっちゃいましたからね」


「そうなんだよ。……髪の毛とかを復活させる要領で、服も再生できるように出来ないかな? 流石に血鎧は見た目があれだし」


「ああ……確かに何と言うか……おどろおどろしいですよね」


「だね」


 そんな風にのんびりと語り合いながら。

 俺とシャリアは宿へと向かうのであった。

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