第四十一話 エンデの過去

 エンデ視点。


 僕が生まれたのは、ヒラステ王国の……どこかの街のスラム街だった。

 どこの街かは、覚えていない。

 それで……僕はそこで、楽しく暮らしていた。

 スラム街故に貧しいし、親も気づいた頃には消えていたけど……皆、温かかった。


「おお、エンデ。元気だねぇ。ほれ、煎り豆だ。お友達と一緒に食べな」


「ありがとう、おばあちゃん!」


「いいよいいよ。子供は元気が一番だからねぇ」


 ゴミ拾いをして得た収入で買ったのであろう煎り豆をくれた、近所のおばあちゃん。

 実の祖母という意味ではないけど……僕からしてみれば、実のおばあちゃんだった。

 そうして煎り豆を貰った僕は、友達の所へ向かい、一緒に食べた。


「ほらこれ、煎り豆だよ」


「おお、いいね。俺は干し芋を手に入れたんだ。2人で分け合おうぜ」


「うん」


 ああ、温かい。

 確かに貧しいけど、満たされていた。

 いつか成功したら、皆に沢山ご飯を上げたい。

 そんな事も、考えた。

 だけど――壊された。

 ゴミ共に。


 それは、ある冷たい日の事だった。

 おばあちゃんの所へ、いつものように向かった僕は――見た。


「……え?」


 そこには、スラム街にしては身なりの良い人間たちによって暴行を受ける、おばあちゃんの姿があった。


「はっはっは。やっぱいいな。ゴミ共を殴ると、ストレス発散になる」


「スカッとするなぁ」


 そして、僕が恐怖で動けなくなっている内に、奴らは嗤いながらその場を去って行った。


「――おっ おばあちゃん!」


 僕はそう叫びながら、地面に力なく倒れるおばあちゃんの下へ駆けよった。

 そして、必死に叫ぶ。

 すると、おばあちゃんはゆっくりと目を開き、僕の方を見た。


「おばあちゃん! す、直ぐ治療をっ!」


「……無理だね。エンデ」


 そんな僕の言葉に、おばあちゃんは首を横に振ると、唇を力なく震わせる。

 そして――死んだ。

 あっけなく。本当に――あっけなく。

 その後、僕は涙で濡れる目元を手で拭いながら、衛兵詰め所に駆け寄り、事の次第を説明した。

 だけど――


「ああ? んなのに構ってられるか。帰れ帰れ」


 そう言って、衛兵はおざなりな態度で僕に帰るよう言った。

 だが――引き下がれるわけが無い!

 でも、引き下がらない僕に対し衛兵は………


「黙れよ。スラム街の婆が1人死んだところで、何になるってんだ」


 そんな言葉を吐いたと同時に、僕を詰め所から叩き出した。

 街の秩序を守る、正義側である筈の衛兵が。


「うっ……」


 暗がり、冷たい風と雨に打たれながら、僕は複雑な涙を流した。

 それからだった。僕の人生が、暗くなったのは。

 友人が冤罪で捕まって殺され。

 隣人が違法奴隷にされ。

 向かいのお姉さんは強姦された後、殺された。

 やったのは誰もかれも、領主や商人といった何かしらの権力を持った人間及びその人間と繋がりのある人。

 確かにスラム街には悪人も居る――だけど、なんで何もしていない人に、こんな事をするんだ!

 それで何で、裁きが与えられないんだ!

 お前らが、正義を語るな!

 お前らが、秩序を語るな!

 お前らが――法を語るな!


「……ああ、分かった」


 やがて、僕は気づいた。

 奴らは――それらを利用して、身の保身に走っているだけだと。

 他者を守るべきそれらで、自らの身だけを守り――自らの身を守る為なら、発言力の無い弱者ぼくらを、平気で潰す。

 僕が信じていたのは、縋っていたのは――そんな無意味で身勝手な物だった。


「……なら、ゴミ共が振りかざす正義秩序法そんなものなんて、無視しちゃえばいいんだ」


 それから、僕はスラム街に来るゴミ共を、片っ端から――暗殺した。

 ゴミ捨て場を漁り、手に入れた糸と短剣を用いて、沢山沢山殺した。

 そしたら――ほら、スラム街はこんなにも良くなった!

 ならこれからも、ずっとずっとやり続けよう。

 そう思った矢先――僕は罠にかかり、捕まった。

 そして奴らは、口々に言う。


「殺人は重罪だ。我が国の法により、即刻死刑となるだろうな」


「街の秩序を乱しやがって。これだからスラム街の奴は」


「正義の名のもとに、お前を断罪する」


 それで――僕の中にあった何かが壊れた。

 ああ、そうか。

 やっぱり……か。


「死ねぇええ!!!!」


 僕はその場で暴れ、その場に居るゴミ共を皆殺しにした。

 そして、傷だらけでスラム街へ戻っていたところ……会ったんだ。


「君、素晴らしい心を持っているね。どうか私たちと共に、世界を救わないか?」


 エリス教の教祖アロネス様に。

 そして、僕はその手を取った。

 それから、僕は世界救済の為に戦い続けた。

 戦って、戦って、戦って――今日、奴と出会った。


「無駄だあああ!!!」


 奴の腕を、血の鎧ごと剣で斬り落とした。

 だけど――瞬き1回したかどうかの、そんな僅かな時間で再生され、襲い掛かって来る。

 首を斬っても。

 四肢を切断しても。

 心臓を穿っても。

 そして――《秩序の終焉エンド・オーダー》の《終わり》で奴の身体を終わらせようとしても。

 奴は死ななかった。

 その圧倒的な再生能力で、全てを無かった事にされた。

 しかも――終わりがみえない。


「ぐうっ!」


 とうとう、全身を覆う軽鎧――《終焉甲鎧》に罅が入ってしまった。

 ああ、強い――いや、

 強い人は、何度も見た事があるけれど――恐怖や絶望を感じる相手は初めてだ。

 だって、”戦いの終わり”が見えない相手なんて、普通は居ないから――


「だが――負けない!」


 それでも、負ける訳にはいかないんだ。

 犠牲を積み続けた以上――僕は僕の”正義”を貫き続ける義務があるんだ!

 だから、だから――


「死ね!」


 僕はそう叫ぶと、終わりの見えない戦いに、挑み続けるのであった。

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