第三十八話 ちょっと理解できない

 何とか魔物の軍勢を振り払って来てみれば、結界の中心部分では多くの人が居た。

 そしてその中には先ほど相対した男もおり、そいつはあろうことか小さな子供に長針を突き付けていたのだ。

 当然俺はそれを阻止すべく、足のホルダーから苦無を取り出すと、勢いよく投擲した。

 そのかいあって、何とか退かせる事には成功したのだが……


「「「「世界救済のために!!!!」」」」


 邪魔が多い。

 早く中心へ行き、この結界を破壊しないと、また魔物が来る!

 すると、シャリアが声を上げる。


「リヒトさん! あそこにいる人、ここの領主です! 絶対に助けないとマズいですよ!」


「領主!? マジかよっ」


 まさかテレンザの領主だとは……確かに身なりはよく見えるが、流石にそれは想定外だ。普通にただ巻き込まれた一般人かと思ってた。

 それじゃあ猶更助けないと、色々とマズいんじゃないか!?


「くっ【血よ、貫け】!」


 そう思った俺は、即座に襲い掛かって来る集団を血槍による広範囲攻撃で圧殺しようとした。そしてその間、シャリアは俺の陰に隠れながら魔法を放ち、後方に居る男をチクチク狙撃する。


「がはっ!」


「ぎゃっ!」


 纏まっててくれたお陰で当てやすく、一瞬で半数以上の腹を貫くことが出来た。

 人を、とうとう明確に殺してしまった。

 その想いが、心をチクリと突き刺してくる。

 だが――


「やらない訳には、いかないんだ!」


 俺は、腹の底から声を上げてそう言った。

 ここで躊躇い、後悔するだなんて真似はしたくない。

 俺は、Sランク冒険者になるんだ!

 そう、心の中で叫びながら、俺は残り2人となった所で剣を構えると、片方に斬りかかった。


「はあっ!」


「がっ!」


 技量はほぼ互角――だが、地力の差がありすぎた。

 俺は相手よりも素早く剣を振るい、男の右胸を深々と斬り裂く。


「ぐっ 糞がっ!」


 その隙にもう1人が逆側の死角から俺を襲おうとしていたようだが、その地点に血刃の嵐を起こしていたお陰で、それは叶わなかった。


「【血よ、貫け】!」


 その後、俺は血槍を多方面から降らせて奴を防戦一方にすると、一気に接近して首を落とした。


「よし、そっちは!」


「はい、こちらは大丈夫です。ですが、向こうも本気という訳では無いようですね」


 襲い掛かって来た集団を殲滅した俺は、即座にシャリアに声を掛けた。

 すると、そんな言葉が返って来る。


「うん、中々の精度だね。素晴らしいと思うよ」


 確かに見てみれば、男は穏やかな口調でそんな事を宣いながら、シャリアの攻撃をその場で的確に防いで見せていた。

 只者じゃ無いな……。

 すると、男は俺の方を見た瞬間に大きく後ろへ下がると、口を開く。


「凄いね。巻き込まれた以上、魔物に喰われて殺されてしまったと思っていたのだが、どうやって……と聞くのは愚問だね」


「ああ。それで、お前は何者だ。何が目的で、このような事をした!」


 俺は男を厳しく詰める。

 だが、男は一切動じることなく、俺の問いに答えた。


「そうだね。君たちにも、名乗っていなかったね。僕の名前はエンデ。この街の龍脈石を回収する事が目的さ。だから、これ以上何もしないのであれば殺さないよ。君たちは不運な巻き込み事故にあっただけの、人畜無害な一般人のようだからね。ほら、既に詫び賃としてその子たちを殺させてあげただろう?」


 男の言葉に、俺は心底ぞっとしてしまった。

 詫び賃として、殺させてあげた?

 あいつ――エンデにとっては仲間だろ?

 ……駄目だ。全く理解できない。いや、そもそも理解する必要も無いか。


「悪いが、こちらは一度殺されかけた身だ。それに、ここの龍脈石を取られる訳にはいかないな」


 テレンザの龍脈石は、他いくつかの街にもある龍脈石と違って、替えが利かないのだ。

 何故ならそれは、数百年以上前に討伐されたSSランク――更にその中でも強く希少なドラゴンの魔石を加工して作られているんだ。王都大結界を展開している龍脈石と同様、失えば次同等のものが手に入るのは、それこそ数百年後とかになってしまう。

 それに、様子からして普通に騙し討ちしてくる可能性も大いにある。

 ならもう、戦うしか道は無いのだ。


「魔物の血を水属性魔法で操っているのかな? 随分と強力だね。そっちの子の魔法も中々。だからこそ、安易な手加減が出来ない。苦しい死に方になってしまうけど、大丈夫? この世に未練しか無いだろう?」


 心からの気遣いなのか、どうなのか、俺にはよく分からない。

 だが――悪意も殺意も、全く感じない。

 あまりにも未知過ぎる相手に内心混乱していると、シャリアが口を開いた。


「リヒトさん、理解しようとしてはいけません。彼は――壊れています」


 シャリアは例の、全てを見透かすような瞳でエンデの事を見つめながら、そう断じた。

 壊れている……か。

 シャリアが言うなら、そうなのだろう。

 なら、シャリアの言う通り理解するのはやめよう。


「ああ、すまん。こんな事で心を乱して」


「いえ、仕方ありませんよ。相手が相手です」


 俺の謝罪に、シャリアは俺を気遣うようにそう言って首を横に振った。

 すると、返答が無い事を見かねたのか、エンデが口を開く。


「それで、返答は?」


 その言葉に。


「断る。【血よ、貫け】!」


「断ります。【氷の槍よ、穿て穿て】!」


 俺とシャリアは攻撃を以てして、答えるのであった。

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