第三十六話 数は多いが、案外何とかなる

 中心に近くなってきたなと、感覚で薄々分かって来た瞬間に現れた、無数の悍ましい魔物。多種多様だが、その全てがBランク以上――そして、Aランクも散見される。


「流石に、《血殺武具ブラッド・ウェポン》を使うか。シャリア、俺から絶対に離れるなよ」


「分かりました。いざという時は、リヒトさんを盾にします!」


 俺の言葉に、シャリアは即座にそう言って頷く。

 ああ。俺なら、いくらでも盾にしてくれよ。

 だって、死なないから。


「やるか。【血よ、吹き荒れろ】」


 直後、俺は自らの左腕を斬り裂くと、そこから大量の血を噴出させた。

 身体から血が抜ける度に、《不死の奇跡イモータル》によって補充されていく血。


「うっ……流石に怠いな」


 それ故に常時重度の貧血状態に陥り、俺は思わずドサッと片膝を地面に付く。今までみたいな少量ならともかく、この戦いで使えるだけの量を出すとなると、流石にキツいな……


「だが、そんな事している場合じゃない! 【血よ、刃となれ】!」


 500L程の血を流したところで、俺は傷口を《不死の奇跡イモータル》で塞がせると、周囲で吹き荒れながら魔物の進行を防いでいた血を全て刃に変えた。

 そして、魔物どもへ襲い掛からせる。


「「「ガエェェェ!!!!」」」


「「「ギャイィィィィ!!!!!」」」


 悍ましい、耳障りな絶叫を上げながら斬り刻まれていく魔物ども。

 こうして見ると、やはり《血殺武具ブラッド・ウェポン》は強い。

 だが、その反面扱いがとても難しく、対人戦では多対一ならいいが、一対一とかだと、相手の実力によっては容易く避けられてしまう為、精々腕等を斬られた時の奇襲に使える程度だ。

 まあ、このように対魔物なら高い効果を発揮するがな。


「【血よ、槍となれ。貫け】!」


 その後、俺は斬り刻んだ事でいい感じに弱った魔物どもに、とどめとばかりに今度は血刃を血槍へと変えると、四方八方から刺し貫かせる。Aランクは無理でもBランクぐらいまでならこれでお陀仏だ。


「【魔力よ。氷の槍となりて彼方へ飛べ、飛べ――重ねて飛べ】!」


 そして、その隙にシャリアは詠唱を紡ぎ、俺の《血殺武具ブラッド・ウェポン》では実現できない速度を以てして、Aランクの魔物を的確に穿ち抜き、それなりのダメージを与えていく。

 精度と威力、そして広い視野を持たなければ出来ない芸当――流石としか言いようがない。


「はっ 負けていられるか! もっと血を――【血よ、刃となれ】!」


 シャリアに負けてはいられないと、奮い立った俺は血の量を更に増やすと、魔物を一気に殲滅していく。


「シャリア! このまま押し切るぞ!」


「はい!」


 そして、移動する余裕の生まれた俺たちは、引き続き魔物を殲滅しながら、先へと向かって走り続けるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 時は少し遡る。

 リヒトとシャリアの下から離脱した男は、直ぐ近くにいた配下である組織の構成員と合流していた。


「エンデ様! 大丈夫でしたか?」


「ああ、問題ないよ。不運な若者たちを見て来ただけだから」


 部隊長である男の言葉に、穏やかに頷く男――エンデ。

 その後、エンデは視線を後方にある紫色の宝玉に向ける。


「よし。終わったようだね。じゃあ、早速始めようか」


 そう言って、エンデはその宝玉に手を翳した。そして、詠唱を唱える。


「【私は教祖アロネスの代行者。その意思の下、起動せよ】」


 直後、周囲が漆黒で満たされる。

 建物も、空も、地面も――何もかもが消え、漆黒だ。

 その光景を、エンデは満足げに眺めると、口を開く。


「無事、《狂魔界結界ルナティック・フィールド》を展開できたようだね。さて――」


 漆黒の結界魔法――《狂魔界結界ルナティック・フィールド》の展開を無事確認する事が出来たエンデは、ちらりとある方向に目を向けた

 すると、そこには――


「な!? ここは、一体……」


「なっ!?」


「お、お父様。な、何が……」


 5人の男女が、戸惑ったように佇んでいた。その中には、10歳程の子供も居る。


「っ! 侯爵閣下! 私の後ろに!」


 刹那、護衛らしき2人の男が、3人を守る様にエンデたちの前に立ち塞がった。

 そんな彼らの動揺を尻目に、エンデは配下を下がらせると、口を開く。


「落ち着いてください。僕は別に、君たちを殺そうなどとは思っていません」


 殺気も無く、ただひたすらに穏やかな声音で声を掛けるエンデ。

 奇しくもその言葉で、大人はもとより子供も落ち着きを取り戻した。

 そんな彼らを満足気にエンデが見渡していると、護衛の背後から1人の男が1歩前へと出て来る。

 灰髪オールバックで金眼。威圧感があり、貴族服越しでも察せられる程度には鍛えられた肉体だ。

 そんな彼は、エンデをその鋭い眼光で見据えると、口を開いた。


「私をレリック・フォン・グロリア・テレンザだと知っての無礼か? 答えろ」


 その言葉には威圧感があり、周囲の空気がピリピリと震える。

 だが、エンデは柳のようにその空気を受け流すと、穏やかな声音で答えた。


「はい、その通りですよ。レリック侯爵閣下。……ああ、すいません。そう言えば、名乗るのを忘れていました」


 男――レリック侯爵に、エンデは申し訳なさそうに言うと、言葉を続けた。


「僕の名前はエンデ。”円卓の六使徒”――その1人です」


 エンデの名乗りに、レリック侯爵の顔は驚愕に彩られる。

 だが、直ぐに冷静になると口を開いた。


「そうか。それで、何をしに来た?」


「はい。要件は1つ。龍脈石の管理者権限を、私に譲渡して頂けないでしょうか? 世界救済の為、どうか色よい返事をお願いいたします。」


「断る」


 エンデの申し出に、レリック侯爵が示したのは明確な拒絶だった。

 それに対し、エンデは小さく息を吐くと、口を開く。


「そうですか。なら、仕方ありませんね」


 そう言って、エンデはそっと目を伏せた――直後。


「やれ」


「了解っ!」


「往生しろ!」


 レリック侯爵の言葉に従い、2人の護衛がエンデに斬りかかった。

 だが、次の瞬間。


「がはっ!」


「がっ!」


 びしゃあ、ぶしゃあと全身から血を噴き出させて。

 2人の護衛は地に沈んだ。

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