第三十一話 何とも言えない空気感

 シャリア視点


 トランさんの頬を、私の《氷矢アイスアロー》が掠める。

 そして訪れる一瞬の静寂。


「……おお」


 じんわりと頬から滲み出る血。

 やがて、それを手で拭ったトランさんは――笑いだしました。


「あははははっ! 凄いな。油断しちゃったよ」


 愉快そうに、愉快そうに。

 トランさんは笑う。


「いやー凄い凄い。さてと、1週間でAランク冒険者クラスの俺に傷を付けられるようになったのなら、上出来だ。そんじゃ、向こうも丁度終わったみたいだし、行きなよ。リヒトに褒めて貰え」


「ほ、褒めて貰えって……え? Aランク……?」


 あれ? 3人共Bランクとして聞いた筈なのですか……聞き間違いでしょうか?

 すると、トランさんは「ああ、そういや言ってなかったな」と、からから笑いながら真実を告げる。


「2人はちゃんとしたBランクなんだけど、俺はAランクになる事を全力で拒否ってゴネて、Bランクにしがみ付いた馬鹿だよ。依頼とかも、ランクアップしないように、全部あいつら名義でやってる」


「何故、そのような事を?」


 Sランクが別次元である以上、一般的にはAランクが最上位として扱われる。

 そんなAランクになれれば、富も名声もより多くなり、メリットしかない筈。

 なのにどうして、Bランクのままなのでしょうか?

 すると、そんな私の疑問にトランさんは、ちょっと気まずそうに答えを告げた。


「Aランクになるとね。色々と、危険で面倒な依頼がぶっ飛んでくるんだよ。貴族が絡んでくるやつとか、特に怠い。で、俺って冒険者なのに冒険したくない系だからさ。それで、最低でもあいつらがAランクになるまでは、Bランクにしがみ付こうって決めたんだよ」


「なるほど……」


 トランさんの言葉に、私は納得したように頷く。

 なるほど。そのような理由で、あえてランクを上げない作戦もあるのですね……

 上を目指すのならともかく、安定して稼ぎたいのであれば、それを視野に入れている人も一定数居そう。ですが、私たちには関係のない話ですね。

 リヒトさんは、何が何でもSランクを目指そうと走り続ける方ですし、私は私でそんなリヒトさんに追いつくので精一杯でしょうから。


「おっと。話が脱線しちまったな。まあ、という訳で今度こそリヒトの所へ行ってきな。いやーにしても美少女をよしよしする権利を持ってるとか、爆発して欲しいなーリヒト」


「そ、そのような事はありません! ……い、行ってきます」


 わ、私とリヒトさんは、そのような関係ではありません!

 そもそも、男女の関係とは、慎重にゆっくりと進んでいくべきです。

 どう考えても、まだ早すぎます!

 ……そ、そもそも私とリヒトさんは、同じパーティの仲間です!


「……うぅ」


 自然と色々な考えが浮かんできた事に悶々としながらも、私はリヒトさんの下へ駆けて行くのでした。


 ◇ ◇ ◇


 グーラに続き、ケインズとの戦いにも勝利した俺は、勝利の余韻に浸っていた。

 すると、奥の方からシャリアが駆け寄って来る。


「リヒトさん。私の方も、終わりました」


 そして、柔らかな笑みを浮かべながら、そんな報告をしてくれた。

 どうやらシャリアの方も、”トランに一撃を与える”という試練を達成できたようだ。


「おめでとう。頑張ったな」


 そんなシャリアに、俺は心から賛辞の言葉を贈る。

 すると、シャリアはローブで口元を隠しながら、嬉しそうに目を細めた。


「はい。でも、リヒトさんの方が凄いですよ。Bランク冒険者に勝ったのですから」


「ありがとな。だけど、シャリアも十分凄いぞ。俺の方が~とか言うな」


「気遣い、ありがとうございます」


 互いに和やかな雰囲気で、言葉を何度か交わしていく。


「ごおおおっほん!」


 すると、横からやけに大きな咳払いが聞こえて来た。

 その声に反応し、俺とシャリアは同時に声の主を見やる。


「……どした?」


 そこには、口元に拳を掲げ、咳払いの体勢になっているトランと、そんなトランに呆れたような視線を送るグーラとケインズの姿があった。

 すると、俺の問いにトランが声を上げて答える。


「互いに喜びを分かち合いたい気持ちは、よ~く分かる。だがな、ここにそのせいで大ダメージを負っている悲しき人間が3人居るんだ。だから、それは今夜ベッドの上で話せば――ぐえっ!?」


「おい、勝手に俺たちもそこに入れるな」


「あと、それ以上はいけない」


 だが、途中でグーラとケインズによるボディーフローを左右から受け、話はそこで終わってしまった。


「のぉぉぉ……手心、は……?」


 トランは腹部を押さえ、地面を転がりながら、抗議するようにグーラとケインズに視線を向ける。だが、2人は知らぬ存ぜぬとばかりに無視し続ける。


「えっと……なにかあった?」


 急展開過ぎて状況が良く分からず、俺はのた打ち回るトランを指さしながら、そんな問いを投げかけた。だが、「いや、無視して構わない」と、ケインズから有無を言わさぬ声で言われてしまい、それ以上追及する事は出来なかった。

 ここでふと、シャリアの方に視線を向けてみると、シャリアはシャリアでフードをより深く被りながら、明後日の方向を向いていた。

 なんか、俺だけ置いてけぼり感が拭えない……


「……よし。取りあえず、さっさと街に帰るぞ!」


 ややあって、ケインズが声を上げてそう言った。

 その言葉に、俺たちは素直に頷くと、何とも言えない空気感の中、テレンザへと向かって歩き出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る