第二十八話 トランの教えを仰ぐシャリア
シャリア視点
リヒトさんと別れた私は、その場でトランさんと向き合いました。
一方、トランさんは茶色の髪をさらりと右手で掻き分けると、そのまま私の方に手を差し出す。
「君のような麗しき美少女の教官になれて、俺は幸せ者だぜ」
そして、ドヤ顔でそのような事を宣いました。
ふざけていますね。ですが、そこには私の緊張を解そうとする気遣いが、見て取れます。
ひねくれていますが、根は良い人なのでしょう。
「そのように思ってくださり、光栄です」
そんな彼に対し、私は社交辞令のような笑みを浮かべながらそう答えた。
私は、自分で言うのもなんですが、ノリの悪い人間です。
それ故、彼のふざけた言葉に乗るような返しが出来ない。
ですが、多分リヒトさん相手なら、出来るかも……しれませんね。
彼と居ると、不思議と安心出来ますし。
「やーれやれ。ノリわりぃな~。ま、美少女無罪が適応されるって事で、許すぜ」
すると案の定、彼からノリが悪いと言われてしまいました。
これに関しては、普通にすみませんとしか言えませんが……謝る方が、彼に対するダメージが大きそうなので、止めておきましょう。
「さーてと。そんじゃ、本題に入るぜ。取りあえず、魔法適正と色を教えてくれ。そうしないと、どうしようもねーからな」
「はい。私は水属性と氷属性に適性があり、魔力測定の色は空色です」
少し真面目になった彼の問いに、私は素直にそう答えました。
すると、彼は「なるほどなるほど。いいじゃんいいじゃん」と言って、ニカッと笑う。
「それじゃ、早速俺と模擬戦だ。俺は結界魔法が得意だから、怪我の心配はしなくていいよ。……いや、むしろ美少女から傷を付けられるのは、ご褒美ってやつ?」
「……違うと、私は思います」
相変わらずなトランさんの問いに、私は何と返したら良いか分からず、困惑しながらそう答えました。
「あははっ だよなー。ま、気も解れてきたみたいだし、早速やろうか! 一先ず俺が君にタッチしたら、終わりって事にしよう」
彼は笑いながらそう言うと、大きく後ろへと下がりました。そして、長杖を構える。
「さ、君からでいいよ。全力で来な」
「はい――【魔力よ。氷の槍となりて彼方へ飛べ】」
リュックサックを降ろした私も長杖を構えると、即座に3本の《
「んー軌道が直線的すぎるな。【障壁をここに】」
ですが、彼は半透明の壁――無属性魔法の《
「じゃ、次はこっちから行くぜ。美少女に突撃って、なんかいいなっ!」
私の攻撃を全て対処したトランさんは、そんな事を言いながら、私目掛けて走り出す。
強化魔法は……使っていない。全然私でも、間に合う速度。
私は駆ける彼を前に、焦らず冷静に詠唱を始める。
「【魔力よ。荒く流れし水となれ。全てを押し流せ】【魔力よ。水を凍らせよ】」
私がやったのは、オリジントレント戦で行ったものと同じもの――ただし、周りを巻き込む事を考慮していない分、こちらの方が上。
激流を流す《
そんな魔法を、彼は――
「んーそれは俗に言う、”初心者の中では最強の戦法”ってやつかな。もしくは、知能の低い魔物専用。【展開、展開、展開】」
空中に小さな《
そして、そのまま上で勢いよく踏み込むと、私の直ぐ近くに着地する。
「くっ 【氷の矢よ】!」
私は無意味だと分かっていても、反射的に詠唱を紡ぎ、4本の《
「【展開】」
ですが、相手は結界魔法の使い手であるトランさん。
即座に《
やはり、短縮詠唱のこれでは威力が低すぎる……
「よっと。はい、終わり」
直後、右側から私の視界を切るように、低い姿勢で回り込んだ彼が、私の右肩に肩をポンと置き、決着がついてしまいました。
「……うん。この手、一生洗わないわ」
「洗ってください。念入りに」
その後、またふざけた事を言うトランさんに、私は思わずツッコミを入れる。
トランさんのそれは美徳でもあり、欠点でもあると、見ていてしみじみと思います。
「あははっ そうだな。そうさせてもらうよ。それじゃ、賢者タイムならぬ助言タイムと行こうか」
そう言って、彼は私の下から数歩離れると、言葉を続けた。
「まず、魔物だろうが人間だろうが、相手は動くんだ。相手の動きを考えて、魔法を使う事を意識するように。今の君は、相手の動きを全然考えていない。それでは駄目だ。次に、後衛魔法師は視野を広く持たなくてはならない。後衛魔法師は、必要な時に前衛へ支持を出す役でもあるからさ。ただ、君ってそこもかなり欠けているんだよね。今しがた、俺の攻撃に気を取られ、後ろに置いてあったリュックサックが取られているように」
「!?」
そう言って、さっと左手に持ったリュックサックを掲げた彼に、私は戦慄してしまった。
嘘……いつ、取ったの?
全然分からなかった。
「まあ、こういう訳だ。次からは威力低めの広範囲攻撃を仕掛ける。それら全てを感知し、適切な行動を取れるようになれ。そして、最終的には俺に一撃を与えてみろ。……俺は美少女には凄く甘いが、やる時はやっちゃうんだぜ?」
そう言っておどけて見せる彼に、私はもう呆れたような目線を送る事は出来なかった。
「……はい。これから1週間、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
こうして、本当の意味での鍛錬が今、始まりました。
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