第十八話 人質適正ゼロの男

「あっ リヒトさん!」


 首筋に剣を突き付けられている俺を見て、流石のシャリアも声を上げた。

 一方他3人の賊は、負傷し気絶する1人を放置しながら、俺の姿を見やると、にやりと下種な笑みを浮かべる。


「よしよし。おい! そこの女! 動いたらこいつを殺すからなぁ?」


 すると、俺を人質のように取る男が、そんな事を言うと、首の薄皮が1枚斬れるかどうかの、絶妙なラインまで剣を近づけた。


「いやいや、そこはこうだよ。おい、女! 今すぐ服を脱げ! でなけりゃ……こいつは死ぬぞ? お前のせいでなぁ!」


「お、それいいねぇ」


 おいおいおい。それは流石にヤバいだろ……

 首に剣を突き付けらながらも、俺の中で怒りがどんどん蓄積されていく。

 だが、安易には動けない。

 だって、下手に動けば――が殺されるかもしれないから。


「……リヒトさん。ですか?」


 すると、シャリアが脈絡もなくそんな事を聞いてきた。

 周りに居る賊が、大丈夫なわけないだろと失笑する中、俺だけはシャリアの言葉の意図を悟った。


「ああ――だ」


 シャリアの問いに、俺はただ一言そう言った。


「ぶっ 大丈夫ってなんだよ」


「おいおい、笑わせるなよ……」


「だが、あんま時間かけてられねぇし、3秒以内に答えを出せ!」


 すると、俺のところに居る奴が、時間をかけていられないと言って、唐突にカウントダウンを始める。


「3――2――」


 高らかに紡がれるカウントダウン。

 間もなく”1”と言われようとした――次の瞬間。


「【氷の矢よ】!」


 咄嗟にシャリアが《氷矢アイスアロー》を短縮詠唱で紡ぎ、発動した。

 直後、2本の氷の矢が、俺の首に剣を突き付ける男に飛来する。


「お、おい! 殺すってのが聞こえねぇのか!?」


 男もまさか、なんの躊躇いも無くシャリアが魔法を放ってくるとは思わなかったのか、動揺したように声を上げると、俺と共に横へ回避した。

 その際、俺の首に剣が若干食い込むが――《不死の奇跡イモータル》によって、血を出す間も無く治癒される。


「よし――」


 動いてくれたお陰で、他3人が俺の間合いに入った。

 その事を確認した俺は、真下に落ちている剣を拾おうと、素早くしゃがみ込む。


「っ!?――もう、死ねええ!!!」


 流石にマズいと思ったのか、男はしゃがみ込んだ俺の首目掛けて、その剣を思いっきり振り下ろした。


 ――ザン!


 無慈悲な斬撃。

 俺の頭と胴がその瞬間、2つに分かれているのが知覚できた。


「おっ」


「やったか!」


 剣が下まで振り下ろされた事もあってか、他3人の男も、その光景を見て声を上げる。ざまぁみろとでも言いたげな声音だ。

 だが、次の瞬間。


 シュ――ドン!


 胴から離れた頭が、首の根元に


「なあ――っ!」


 剣を振り下ろしたままの態勢になっているその男は、目の前で起こった現象に、驚きの声を上げた。

 それはそうだろう。首を絶たれた状態から再生できる人間は、世界広しといえども俺ぐらいだと思う。


「はあああっ!」


「がはっ!」


 直後、落ちていた剣を拾った俺は、振り向きざまに一閃し、男の胸に深い傷を刻んだ。


「ふぅ。本当に大丈夫でしたね」


「ああ。流石に試した事は無かったが……案外やれるものだな」


 俺の方に奴らの意識が向いている隙に、気配を消してこっそりと迂回するように俺の所に向かっていたシャリアが、ほっと安堵の息を吐くようにそう言った。

 やれやれ。俺が言うのもあれだが、向こうも向こうで視野が狭い。


「な、な……おい、どういう事だ!?」


「み、見てたぞ……幻じゃない」


「首、斬られてたよな……!」


 残る3人は、何がどうなっているんだと、めちゃくちゃ混乱していた。

 おいおい。戦闘時に冷静さを失うのは、マズいぞ。

 ……俺もちょくちょく失うけど。


「よし。やるか!」


 包囲されていない今ならやれる!

 俺は地を蹴ると、奴らに向かって斬りかかった。


「ぐっ――ぐああああっ!!!」


 先頭に居た男は、俺の攻撃を咄嗟に剣で受ける――が、《身体強化ブースト》を使っている俺に力で勝つ事は出来ず、そのまま背後へ飛ばされると、勢いよく木に頭と背中を打ち付けて、意識を落とした。


「はあああっ!!!」


「おらああっ!!」


 他2人は、なんと俺を無視してシャリアの方を狙って駆け出していた。

 だが――それは悪手だ。


「【――彼方へ飛べ】!」


 俺と別れた瞬間に詠唱を初めて居たシャリアが丁度詠唱を終え、2本の《氷槍アイスランス》を放った。

 流石に2本となっては、今のシャリアではそれなりに威力を落としてしまうが――彼我の距離は2メートル。その距離では威力減衰なんて然程問題にならない。


「ぐうううっ!」


「はあああっ!」


 彼らは飛来してきた《氷槍アイスランス》に対処するしかなく、それで多少の時間を取られてしまった。

 そして、それだけあれば――近づける。


「はあああっ!」


「「しま――がはっ!」」


 地を蹴り、奴らの背後へ迫った俺は、横なぎに剣を振るって、2人の背中を斬り裂いた。


「よし……終わったか。無事か? シャリア」


「はい。リヒトさんのお陰で無傷ですが……あの時は、背後の警戒を怠ってしまい、すみませんでした……」


「いや、いいよ。俺も直前まで気づかなかったんだし、シャリアだけが悪いんじゃない」


 戦いが終わった途端に、自らの失態を恥じるシャリアを、俺は本心から励ますと、転がる5人に目をやった。

 殺す気で戦ってはいたものの、結局1人も殺す事は無かった。だが、このままではいずれ失血死する。


「……シャリア。一手間かかるが、こいつらを拘束して街につれていこう。人殺しは精神的に結構きついし、連れてって犯罪奴隷に処してもらえば、金になるからさ」


「そうですね。私は殺した方が良いかと思いましたが……不要な殺しは嫌ですし、言われてみれば金になりますね」


 俺の言葉に、シャリアはそう言って頷いてくれた。


「ああ。ありがとう」


 俺は優しげな笑みを浮かべて礼を言うと、奴らをテレンザまで護送すべく、動き出すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る