第十五話 共に夕食を

 まだ陽光が上から差し込んでくる昼に始まった鍛錬は、気が付けば西の空が夕焼けで染まる夕方になっていた。

 だが、鍛錬の勢いが衰える事は無く、むしろ時間が経つごとに増していった。


「【魔力よ。氷の矢となりて彼方へ飛べ】」


 シャリアが長杖を構え、《氷矢アイスアロー》の詠唱を紡いだ。

 直後、5本の氷の矢が、俺目掛けて飛来してくる。


 ドス、ドス、ドス――


 その内の3本が、俺の腕、腹、頭に命中し、突き刺さった。

 強化魔法を使っていない、素の身体ではこんなものだ。

 だが、突き刺さった部分から血が出るよりも先に傷口は塞がり、氷の矢はポトリポトリと地面に落ちていった。


「おーいいね。さっきよりも威力上がってるよ。命中率も、同じくだ」


「分かりました。では、今度こそ――【魔力よ。氷の槍となりて彼方へ飛べ】」


 直後、杖先の魔法陣から放たれたのは、1本の氷の槍。

 それはそこそこの速度で飛来すると、俺の腹をした。


 ボコボコ――


 だが、開いた風穴は一瞬で塞がり、無かったものとなる。

 一方、俺は先ほどまで風穴が開いていた自身の腹を擦ると――称賛の声を上げた。


「凄いな、シャリア。1本だけとは言え、もうこの威力の《氷槍アイスランス》を放てるのか!」


「あ、ありがとうございます……。魔力操作など、火属性魔法と通ずる部分の練度は結構高いので……」


 思わず声を上げる俺に、シャリアはどこか照れくさそうな表情を浮かべながら、ぼそぼそと言葉を落とす。

 いやはや、まさかここまで成長するとは。

 確かに、あの適正で火属性魔法が使えてた時点で、ある程度予想していた事ではあったが……実際にこの目で見てみると、信じられないという言葉が出てきてしまう。


「まだ拙いとは言え、中級魔法を使えるんだ。戦闘で足手纏いになる事は、絶対にないよ。それじゃ、そろそろ帰ろうか」


「そうですね。もうすぐ、夜になってしまいますし……」


 俺たちは沈みゆく太陽に目を向けると、互いにそう言って、微笑んだ。

 そして、着替え荷物を纏めると、テレンザへと向かって歩き出した。


「……夕食は、酒場でいいかな?」


「そうですね。いいと思います」


 やがて、街の中に戻った俺たちは、人通りの多い大通りを歩きながら、今日の夕食について話し合う。

 ……なんか、ナチュラルに夕食も一緒に食べるような雰囲気になっているが……まあ、いっか。

 そうして辿り着いたのは、大通りから少し外れた場所にある、小さめの酒場だった。選んだ理由は、シャリア曰く「比較的民度が良い」からだそうだ。

 絡まれる事を嫌う、シャリアらしい理由だと思いながら、俺は店内へと入ると、適当な席に座る。


「んー何食べるか……」


 席に座った俺は、カウンターにある店のメニュー看板を眺めながら、そんな言葉を漏らした。


「そうですね。因みに私は、テレンザ丼と水を頼むつもりです」


 シャリアは何度もこの店に通っているようで、自分のお気に入りを既に見つけているようだ。


「んー……ならおれも、テレンザ丼と水にしようかな?」


 この街の名を冠する料理が、どのような物なのかは、品名だけでは皆目見当も付かないが……シャリアが選ぶのであれば、少なくともハズレという訳では無いだろう。

 俺は店員に声を掛けると、シャリアと共に注文をし、金を払う。

 そして、少し待っていると、店員がお盆を持ってこちらへやって来た。


「はい。テレンザ丼2つと、水2つね。ごゆっくり」


 店員のおばちゃんは、愛想よくテーブルの上に料理を置くと、ニコニコしながら去って行った。


「ほー……で、これがテレンザ丼とやらか」


 目の前に置かれたのは、コップ1杯の水と、どんぶり1つ。

 どんぶりにはご飯の上から、タレがかかったいくつかの天ぷらと、肉が盛られていた。

 うん。見た感じは、普通に美味しそうだな。ただ、何が乗っているのか全然分からない。

 すると、そんな俺の内心を悟ったのか、シャリアが説明を始めてくれた。


「そこに乗っているのは、”魔の森”の比較的浅い部分にある湖でよく釣られるマーダーフィッシュと、山菜の天ぷら。肉は、同じく”魔の森”で狩られたオークの肉だと聞きました」


「なるほど。いいじゃん」


 オークと言えば、思い出すのは今日シャリアを助ける為に討伐したオーク。

 あの時は帰る事を優先していたせいで回収出来なかったのだが、上手く回収出来れば食料品として、それなりの値段で売れるんだよね。まあ、”上手く回収出来れば”……だけど。


「じゃ、早速頂くか」


 俺は木製のやや大きめなスプーンを手に取ると、それを使って上手い事天ぷらを切り、ご飯諸共掬い上げて、口の中へと入れた。

 そして、じっくりもぐもぐと咀嚼する。


「……ん。美味しいな」


 濃いめのタレが、いい感じに天ぷらとご飯に絡んでいて、どんどん食べれる。

 オークの肉も、ご飯とよく合って美味しいなぁ……


「……ふぅ。それで、明日からはどういう方針で行く?」


 半分程食べたところで、俺はシャリアに話題を振った。

 すると、シャリアはその手を止め、口を開く。


「そうですね……鍛錬の時も言いましたが、まずは常設依頼の魔物討伐に専念するのが良いかと思います。ランクアップする為には、その他の依頼もこなさなくてはなりませんが……パーティとしてちゃんと戦えないと、話になりませんし」


「だね。Eランクへは今日の俺みたいに、今のランク以上の魔物を倒せば簡単に上がるけど……Dからは、そうもいかないだろうなぁ」


 正直な気持ちとしては、早くSランク冒険者になりたい。

 だが、焦った者から死んでいくのが、冒険者というもの。それは、俺とて例外では無い筈だ。

 だったら、早くならないと駄目という訳でも無いし、ここは気持ちをぐっと抑えて、じっくり確実にやらないとね。

 そう、気持ちを新たにした俺は、その後もシャリアと色々雑談をしつつ食事を進め、完食すると店を後にした。


「さて……明日の朝、冒険者ギルド前に集合でいいかな?」


「そうですね。7時30分辺りで、向かう事にします」


 月下、俺とシャリアは別れ際にそんな約束をした。

 パーティを組むなら、同じ宿の方が楽なのだが……互いに数日分、宿を借りてしまっているからね。仕方ない。


「それじゃ、また明日」


「はい。また、明日」


 互いに軽く手を振ると、それぞれ別々の方向に向かって歩き出した。

 俺は、そのまま真っ直ぐ宿へ戻ると、遅刻だけはしたくないという思いから、昨日と同様早めにベッドに入ると、意識を手放すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る