第十四話 鍛錬開始!

「……よし。ここら辺でいいかな?」


「そうですね。これぐらい離れれば、問題ないと思います」


 東門を出て、広大な平原を真っ直ぐ歩いた俺たちは、程よい場所で立ち止まると、互いにそう言って頷いた。

 すると、シャリアは地面にリュックサックを降ろし、中から魔法書を取り出した。


「一先ず、今日中に基礎的な攻撃魔法を使えるようになっておいた方がいいですね。そうしないと、足手纏いですから」


 そう言って、魔法書のあるページを読んだシャリアは、その魔法書を置くと長杖を構えた。

 そして、唱える。


「【魔力よ。氷の矢となりて彼方へ飛べ】」


 直後、杖先に現れた青色の魔法陣から、3本の氷の矢が放たれた。

 放たれた氷の矢――《氷矢アイスアロー》は、ヒュンっと音を立てながら、

 10メートル程飛んだ後、地面にポトリと落ちた。


「最初の時点で、既にあそこまで出来るとは……凄いな」


 シャリアの力量に、俺は若干を見開かせながら、掛け値なしの称賛を送る。

 ずっと正反対の火属性魔法の鍛錬をしていた彼女が、いきなり水や氷属性の魔法を使うのには、最低でも1週間は慣らす期間が必要かと思っていたが……この様子なら、今日1日で大丈夫そうだな。


「ありがとうございます。……実を言うと、自分でも驚いてまして……」


 称賛の言葉に、シャリアはどこか気恥ずかしそうに答える。

 さっき森で見た時もそうだが、シャリアは火属性魔法に慣れてしまったのだ。故に、得意であるにも関わらず水や氷属性魔法の使用感覚が掴めておらず、結果として火属性魔法を基準に魔法を行使しているのだ。

 故に、自分の想像以上の威力が出てしまう……って感じかな。


「どの程度の魔力を込めたら、どの程度の威力が出るのかを、感覚で分かるようにする必要があるな……」


 魔法の威力制御が出来ないだなんて、魔法師として致命的すぎる。

 そのままにしておくと、魔法で味方を巻き込みかねない。


「……いや、俺なら大丈夫か」


 極論、即死しなければ実質無傷な俺だ。

 巻き込まれても、《不死の奇跡イモータル》があるから、死ぬことはそう無い。


「……でも、俺以外の一般人や冒険者がその場に居る可能性も大いにありえるから、やっぱ駄目だわ」


「そ、そうですね……」


 うん。結論としては、マジで急ぐほどでは無いが、なるべく早く解消して欲しいって感じにしておくか。

 それが、現状一番いいと思う。

 で、それよりも急がないといけないのが、シャリアも言う通り、基礎的な攻撃魔法を使えるようになる事……だな。巻き込む以前に、戦えないとお話にならない。


「……ああ、そういやシャリアには俺の魔法を見せて無かったな。これを見せとかないと、立ち回りとかが結構変わって来るし」


 俺だけの奇跡――《不死の奇跡イモータル

 これがあれば、大体の攻撃は何とか出来るというのを教えておかないと、いざ戦いになった時に、困惑させる可能性が高いからね。


「俺って、自己回復魔法のお陰で大体の傷は治せるんだよ」


 そう言って、俺は腕まくりをすると、腰の剣を抜いた。

 そして、慣れた手つきで左腕を根元から斬り落とす。


「ええ!? な、な、なにを――」


 シャリアはそんな俺の行動に、声を上げて驚愕する――が。


「ほら」


「……え?」


 瞬き1回した刹那。

 斬られた腕は、しっかりと元あった場所にくっついていた。


「とまあ、こんな感じで、腕の欠損程度なら瞬き1回で治せる。心臓も平気だし、俺の理論が正しければ、首を斬り落としても大丈夫……見る?」


「い、いいですいいです! そんな事しなくていいです!」


 俺の問いに、シャリアはぶんぶんと首を振って全力拒否してきた。

 む……そこまで拒否されると、なんか傷つくなあ……


「えー……あらかじめ見せておいた方が、いざって時にいいかなと思って」


「それでも、さっきのですら心臓に悪いですよ……。せめて、前もって言ってからにしてください……」


「んー……そういうものかあ……?」


 確かに、俺は当たり前みたいに手足を再生出来るけど、普通はそうじゃ無いもんなぁ……

 手足の欠損で、冒険者を引退する人も度々出るというし、それを考えればシャリアの言う事はもっともだ。


「まあ、取りあえず俺が言いたいのは、戦闘時における俺の心配は必要ないって事かな」


「それは、分かりましたけど……なんか、凄い冒険者ですね」


「ああ、ありがと」


 何とも複雑そうな顔をしながらも、褒めてくれたシャリアに、俺はにこりと笑って礼を言う。

 すると、小声で「褒めてるとは違う意味なのですが……」と聞こえてきたような気がしたが……まあ、気のせいか。


「それでなのだが、良ければ俺の鍛錬の為にも、攻撃魔法は是非俺に向かって撃って欲しい。どうやら俺は、”自分で傷つける”事は大丈夫なのだが、”他者から傷つけられる”のには、まだ恐怖心があるってのが、今日の戦いで分かったからさ。いやなに、遠慮する必要は無い。いくらでも俺を痛ぶってくれ」


 両手を大仰に広げながらそう言った瞬間、ひゅっと息を呑む声が聞こえてきた。


「え、ドM……なの?」


「ん? ドMってなんだ?」


 シャリアが、思わずといったようでボソリと呟いた一言の意味が分からず、俺は反射的にそう問いかけた。すると、どういう訳か「いえいえ、なんでもありません!」と、さっきと同様に首をぶんぶんと振られてしまった。

 まあ、無理には聞かんけど……その言葉の意味、後で調べた方がいいのかな?


「そ、それで、リヒトさんの想いは、よく伝わってきました。それがリヒトさんにとって、とても大切な事だという事は、その覚悟のある目を見れば良く分かります。そんなリヒトさんの頼みは無下に出来ませんし……やらせていただきます」


「ああ、ありがとう……あ、勿論、自分が強くなる事を一番に考えろよ」


「え、ええ。分かっています」


 こうして、俺とシャリアの練習もとい鍛錬が、始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る