第十三話 魔法書を買おう

 食事を終えたところで、シャリアが口を開いた。


「私はこれから水属性の魔法書を買い、東門の外にある平原で練習をしてこようかと思います」


「なるほど。確かに、慣らしておかないとマズいよな」


 シャリアは今までずっと、全く適性のない火属性魔法の練習をし続けた。そんな状態で、急に水や氷属性の魔法を使えるだなんて、いくら適正が十二分にあると言っても不可能だからね。


「それで、リヒトさんも一緒にやりませんか? 最低限の連携は取れるようにしておいた方が、いいと思います」


「ああ、道理だな」


 シャリアの誘いに、俺はそう言って頷いた。

 魔法陣の解析は得意だから、それなりにアドバイスは出来るだろうし、何より俺にとってもは鍛錬になる。

 どうやら俺は、”自分で傷つける”事は大丈夫なのだが、”他者から傷つけられる”のには、まだ恐怖心があるみたいだからね。


「それでは、魔法書を買いに行きましょう」


「そうだな」


 魔法を使うにも、基礎的な詠唱が分からなければ話にならない。その為にも、早急に水属性と氷属性の基礎的な魔法が書かれた魔導書を、手に入れるべきだ。

 俺は大きく頷くと、シャリアと共に魔法書を買うべく歩き出した。


「今から向かうのは、”ハーズ魔法道具店”という、”ハーズ商会”系列の店ですね。いくつかの街に支店を出してて、かなり信頼出来ます」


「へー……”ハーズ商会”か」


 道中、シャリアはこんな事を言ってきた。

 まさか、ここでも”ハーズ商会”を聞くとは思わなかった。

 なあ、トラディスさん。もしかしなくても、貴方の職場って結構凄い……?

 無知な俺の中で、更に一段階”ハーズ商会”への評価が上がった所で、俺たちは”ハーズ魔法道具店”に到着した。


「へー……結構色々あるんだね」


「はい。私の杖も、他の街にある”ハーズ魔法道具店”で買ったんですよ?」


 想像以上に品揃えの豊富な店内を見回しながら、感嘆の息を漏ら俺に、シャリアはそう言って自身の杖を見せつける。


「そうか。それで、肝心の魔法書は……あの辺かな?」


「ですね。この中から、良さそうなものを選びましょう」


 店の奥の方にあった、いくつか並ぶ魔法書の本棚。

 そこへシャリアは手を伸ばすと、1冊1冊中身を確認していく。

 俺も気になって、適当に光属性魔法についての魔法書を手に取って、中身を軽く見てみる。


「んー適正もあるし、知ってたらいざという時に役立ちそう……かな?」


 そこには、回復魔法以外に浄化や攻撃魔法について記載されていた。そうそう。最近忘れがちだが、別に光属性魔法って回復魔法しか無い訳じゃないんだよな。

 んーそれにしても、俺は回復魔法に限定した、専門的な魔法書ばかりを読んでいたから、逆にこういうのは新鮮だ。

 ただ、俺って背中に特殊な魔法陣を刻んでいるせいで、光属性魔法なのにも関わらず、回復魔法以外はそこまで上手くやれないんだよなぁ……

 唯一例外なのは、無属性魔法の《身体強化ブースト》だけだ。あれだけは、ちゃんと高出力で使えるように、調整してある。


「リヒトさん。私は買う物が決まりました。リヒトさんは、何か買われて行くのですか?」


「んー……今のところはいいかな。必要だと感じた時に、また買いに来るよ」


 1冊の魔法書を抱えるシャリアに、俺は顎に手を当てて暫く悩んだ後、そう言って首を振った。

 うん。まだ実戦経験が不足しすぎているからね。こういうのを買うのは、ある程度実戦経験を積み、何が必要なのかを明確にしてからの方がいいんだ。


「分かりました。では、買ってきますね。リヒトさんは、先に外へ行っててください」


「ああ、そうする」


 俺は手に取っていた魔法書を本棚に戻すと、店の外に出た。

 その後、少し膨らんだリュックサックを背に、シャリアが店から出てくる。


「はい。無事購入出来ました。それでは、早速東門へ行きましょう」


「だな」


 後は、結局のところ実践あるのみ。

 俺みたいな研究実験は、そういった物が全て終わってからか、あるいは欲しい魔法が決まってからやるものだ。

 こうして俺は魔法書を得たシャリアと共に、東門へと向かって歩き出す。


「……おー見えてきた。見えてきた。デカいなぁ、この平原」


「あれ? もしかして初めて見るのですか?」


 東門を出た直後。

 前方に広がる広大な平原を前に、感嘆の息を漏らす俺に、シャリアは意外そうに問いかけてくる。


「いや、一応テレンザへ行く道中で見えたのだが、あの時は色々と浮かれてて、平原そっちに意識が向いてなかった……」


「ああ……」


 そんなシャリアの問いに、俺は後ろ髪を掻きながら、ちょっと気恥ずかしそうに言うのであった。


「……とまあ、それはさておき、どこでやるか」


「どこでって……まあ、魔物や人に邪魔され無さそうな所にしましょう」


 俺の露骨な話題転換に、シャリアは呆れたように息を吐きつつも、真面目に答えてくれた。

 なんか……すまん。


「ああ、そうだな。それじゃ、真っ直ぐ前に向かってみるか」


「そうですね」


 そうしてテレンザの外に出た俺たちは、良さそうな鍛練場を求めて、広大な平原を歩き出すのであった。

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