第六話 テレンザ散策と人助け

 絡んできた先輩冒険者を見事に返り討ちにした俺は、感慨深い思いになりながら、大通りを歩いていた。

 理由は勿論――


「いやぁ……俺、ちゃんと戦えたんだなぁ……しかも、勝てた」


 まさに、それに尽きる。

 何故なら俺は、今までまともに戦った事が無かったんだ。

 鍛錬として、他者と戦う事はあれど、ああいう――言うなれば”本当の戦い”はした事が無い。

 だからこそ、今回の件で冒険者として活動する事に自信がついて、そんな風に思ったのだ。

 ……酒場での怠絡みを”戦い”の中に入れていいのかと言われると、ちょっと疑問に思わなくも無いが……今は置いておくとしよう。うん。


「ま、それはさておき、どこ行こうかな……?」


 街の観光と言っても、テレンザが広すぎてどこを回ればいいのか分からない。


「んー……うん。取りあえず、思いついたとこ行ってみるか」


 どうせ、今日1日じゃ絶対回り切れない。

 なら、行き当たりばったりでもいいだろうと1人で勝手に納得すると、大通りを歩き始めた。


「……お、ちょっと買ってくか」


 道中で、美味しそうな匂いがするな~と思って見てみたら、そこでは食べ歩き出来る菓子パンが売られていた。

 折角だからという事でその店へ行くと、俺は金を払い、菓子パンを1つ頼む。

 すると、包装紙に包まれた、甘い香りのするパンを手渡してくれた。


「おー美味そうだ」


 鼻孔をくすぐるいい匂いから、何となくそんな事を口走ってみると、俺は1口齧った。直後、口の中一杯に砂糖のような甘さが広がる。


「砂糖で味付けしたパンって感じか。ありだな」


 少々甘すぎる感がしなくも無いが、普通に美味い。

 俺はそれを齧りながら、テレンザの観光を再開した。


「……へ~冒険者ギルドに近いからか、冒険者向けの装備品店が結構あるなぁ……」


 俺は大通り沿いに点々と立ち並ぶ多種多様な装備品店を一瞥しながら、そんな言葉を落とした。

 うーん。装備品系は一式持ってきてはいるが、性能や劣化の観点から、買い替える時はいずれ来るだろう。

 その時に、どの店に行けばいいのやら……


「店によって、結構変わるからなぁ……」


 天を仰ぎながらそう考えた矢先、ふと頭に思い浮かぶのは、行商人のトラディスさんの顔だった。


「あ、完全に頭から抜けてたけど、あの人の所、紹介されてたな……」


 冒険者登録と、ちゃんと戦えたという件のせいですっかり忘れてたなと思いつつ、俺はトラディスさんの居る商会――”ハーズ商会”について考える。


「んー……あの人が度々仕入れてくれた実験器具は、結構質良かったな」


 俺は過去に、トラディスさんへ実験器具が欲しいと要望を出したことがある。

 そしたら、次来た時に色々な種類の実験器具を持ってきてくれたんだ。

 故に現状、質に関する信用は、どこの店よりも高い。


「よし。今はまだ大丈夫だけど、必要になったら頼らせてもらうか」


 そう言って、俺は更に歩き続ける。

 その後も、俺は色々な場所を見て回った。


「おーあれが領主館か。随分と豪邸だなぁ……」


 大通りを暫く歩いていたら見えてきた、街の丁度中央に屹立する大きな館――テレンザ領主が住まう、領主館。

 白を基調とした建物と、格子状の扉の先に見える噴水や庭は、まるで芸術品のように美しかった。


「お、闘技場コロシアムか。でけぇ~」


 西方面にあった、お祭り等で度々開催される武闘会の会場――闘技場コロシアム

 今は特に武闘会はやってないが……代わりに、領軍の騎士団が鍛錬に使っていると思われる。

 その後も、その場その場で思いついたテレンザの要所を巡り、気が付けば夜の帳は下りており、空には月と星々が浮かんでいた。


「思ったより遅くなったな。早く帰って夕食を食べるか」


 そしてそんな夜道を、俺は歩いていた。

 等間隔に設置された魔石灯は、大通りをそれなりに明るく照らしており、それもあってか、今だ多くの人が行き交っている。

 腹が減ったなぁと、時折鳴る腹を擦りながら、俺は宿にある食堂を目指して、歩く――そんな時。


「おい……よ」


「お……ょ……いよ」


「……!? や……て……」


 偶然通りかかった、大通りと繋がる路地裏の前で、何やらよからぬ声を聞いた。

 周囲の声のせいで聞き取りづらかったが……


「……トラブルっぽいな」


 やな感じに聞こえる男性2人の声に、まるで拒絶するような雰囲気の女性1人。

 カツアゲとかを想像した俺は、次の瞬間には路地裏へと入り、声の下へと向かって走っていた。


「……っ! 何をしている?」


 路地裏に入って直ぐの角を右に曲がった所に、彼らは居た。

 黒っぽいローブを羽織った青髪金眼の女性と、そんな彼女を囲う冒険者らしき相貌の男性2人。

 すると、俺の存在に気が付いた冒険者2人が、ぐるりと俺の方に顔を向けた。

 ……ん? 待て。

 この顔――


「「げ、あの時の……」」


 直後、2人はまるで悪戯が親にバレた子供のような感じで声を上げ、後退ると、そのままスタコラさっさと逃げて行った。


「やっぱり、昼絡んできた奴だったか」


 強い相手からは逃げ、弱い相手だけを狙う2人を心底軽蔑しつつも、俺は囲われていた女性に近づき、声を掛ける。


「大丈夫か? 怪我は無いか?」


「はい、大丈夫です。……あの、ありがとうございます」


 気遣いの言葉に、彼女はかなり礼儀正しく礼を言った。

 立ち居振る舞い的に、ただの平民って訳ではなさそうだ。


「ああ、なら良かった。では、もう路地裏には入らない方がいいですよ」


 幸い路地裏からの出口は、直ぐそこにある。

 俺はくるりと背を向けると、歩き出した。


「あ、あの! 私に何か望みは無いのですか? 対価を欲さないのですか?」


 唐突に背後から投げかけられた言葉に。

 俺は一度立ち止まると、ちらりと後ろを見て、口を開く。


「別に、対価が欲しくてやった訳では無いので。それに、あの人――俺の憧れの人も、きっとこうするから……かな」


 そもそも対価を貰うという発想すら無かった。

 それにあったとしても、ロバートさんのようなSランク冒険者を目指している俺なら、ある程度の事まではこうするよ。

 勿論、なんでもかんでも対価無しでやるのは、逆に駄目だと分かっているから、そこら辺は上手く調整するつもりだけど。


「それでは、気を付けて」


 最後にそう言って。

 俺は、本当にその場から立ち去った。

 その後、”木漏れ日亭”へ戻った俺は、1階の食堂で夕食を取ると、明日の事を考えて早めに部屋へ行った。

 そして、ベッドに寝転がると、窓の外に浮かぶ月を眺めながら、そっと意識を手放すのであった。

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