第五話 冒険者登録

 歩き続ける事10分後、俺は遂に冒険者ギルドに到着した。


「おー……ここか冒険者ギルドか。今までに見てきた街のやつと比べても大きいな」


 村には無かったものの、ここに来る道中の街で、冒険者ギルドの外観をチラ見していた俺には、この冒険者ギルドが相当大きく見えてならなかった。

 3階建ての、敷地面積の広い建物。

 入り口である、開け放たれた両開きの扉の上には、ここが冒険者ギルドである事を示す剣と盾の紋章があった。


「……よし。入るか」


 意を決した俺は、歩き出すと冒険者ギルドの中に足を踏み入れた。


「おー……聞いてた通りって感じだな」


 左に酒場、右にロビー。そして、正面奥にある受付。

 それらを一通り見渡した俺は、奇異の視線で見られないよう、自然な動作で奥にある受付へと向かって歩き出した。

 今は、直ぐそこにある時計によると午後2時――あまり人が居ない時間帯故に、受付は想像していたよりもずっと空いていた。

 俺はいくつかある受付の1つに行くと、そこで佇む制服姿の受付嬢に声を掛ける。


「あの、冒険者登録をしに来ました」


「ああ、はい。冒険者登録ですね。では、こちらの用紙に必要事項を記入してください。代筆が必要な場合は、お申し付けください」


 受付嬢は丁寧な口調でそう言うと、1枚の羊皮紙とペンを俺の前に差し出した。

 んーと。名前、年齢、性別、主な戦い方、魔法適正の5つか。

 ここで、主な戦い方と魔法適正の2つは、暗黙の了解的なので、嘘を書いてもいいらしいんだよね。自分の手札を隠したいと思う人は、一定数居るからさ。

 で、俺は……まあ、に書けば普通に見えるからいいか。


「……よし」


 リヒト、20歳、男、剣術、光属性……うん。

 これだけ見たら、なんか聖騎士に見えなくもないな。

 そんな事を思いながら、俺はペンと共に、必要事項を書いた羊皮紙を受付嬢に手渡した。


「……はい。確認しました。では、冒険者カードをお渡しします」


 受付嬢はそう言うと、受付の下から名刺サイズのカードを取り出した。証明に照らされ、銅色に光っている。

 すると、受付嬢はそのカードに彫刻刀のようなもので、俺の名前を刻み込んでいく。そして、その下に”Fランク”と刻むと、俺の前に差し出した。

 俺はそれを受け取ると、ポケットの中に入れる。


「今お渡しした物が冒険者カードになります。冒険者はSからFの7段階に分けられており、リヒトさんは現在1番下のFランクです。ランクが上がる基準は、冒険者ギルド内で独自に定められており、詳細は言えませんが、幅広く依頼をこなすことが重要とだけお伝えします」


 うんうん。そこら辺は、予習した通りだな。

 で、今のランクは一番下のF――これを、受付嬢の言う通り幅広い依頼を受けたり、後はドラゴンを倒すといった偉業を成し遂げる事によって、上げて行けばいい。


「では次に、冒険者の主な活動は、あちらの掲示板にある依頼書を剥がし、こちらへ持ってきて、依頼を受ける事――そして、魔物を討伐する事です。それぞれ達成すれば、依頼書や掲示板に記載されている通りの報酬を、受け取る事が出来ます。また、一部依頼には未達成時に違約金を支払う事がございますので、あらかじめご了承ください」


 ここら辺も、特に問題なさそうだ。

 強いて言うなら、違約金が怖いが……そこはもう、ちゃんと依頼を見極めるしか無いな。


「以上で、話は終わりです。何か質問はありませんか?」


「質問は……ありません。では、ありがとうございました」


 無事冒険者登録を終えた俺は、受付嬢に礼を言うと、受付を後にした。


「……いやー遂に冒険者か」


 そう言って、俺は冒険者カードを手に取った。

 なるだけなら、12歳の時点でなれたのだが……色々と前準備に時間がかかって、気が付けばもう20歳だ。

 6歳の時に決意してから、14年。遂に、冒険者としてのスタートラインに立ったと思うと、なんだか感慨深い思いになって来る。


「さてと。早速依頼を受けてみたいな……だけど、今だともういい依頼は取りつくされているし……」


 掲示板を流し見てみると、依頼はあらかた取られてしまっているのが見て取れた。

 あわよくばと思ったが、仕方ない。当初の予定通り、明日の朝出直すとしよう。


「それまでは、テレンザを一通り見ておこう」


 地図は見たものの、どこにどういったものがあるのかは、あまり把握出来ていない。

 故に今日は、のんびり街の観光でもしようかと思いながら、冒険者ギルドの外へと向かう――その時だった。


「おい、新人よォ!」


「先輩の俺たちに、ちょーっと金くれねぇか?」


 酒場の前を通った瞬間、昼間っから酒場で酒を飲んでいた、見るからに素行の悪い冒険者2人が、俺に絡んできた。


「……マジか」


 ヤバい。普通に忘れていた。

 冒険者の中には、伸び悩み、自棄になってしまう人も一定数居る。

 そんな人たちは決まって、自分たちよりも弱い――即ち新人をいびって、日頃の鬱憤を晴らしたりしているらしい。

 当然人が多い時間帯は大丈夫なのだが……生憎今は、多くの冒険者が依頼等でどこかへ行ってしまっている時間帯。そんな中現れた新人とか、ただの鴨だ。

 ここで、俺は咄嗟に”逃げる”の3文字が頭に思い浮かんだ――だが。


 Sランク冒険者を目指しているというのに、こんなところで逃げていいのか?


 そう、直ぐに思ってしまった。

 それに、逃げたら結局鴨だと思われたままで、今後も執拗に狙われる可能性が高い。

 だったら、ここは逃げちゃ駄目だ。


「よし……」


 人と争った事は無い。だが、暴言を吐かれるのはそれなりに慣れているお陰で、思ったよりも冷静に2人を見据える事が出来た。


「うん。悪いけど、お前たちに渡す金は無い。もう二度と、絡んでくるなよ」


 そう言って、俺は立ち去る事にした。

 もしこれで、そのまま引き下がってくれるのであれば、何かするつもりはない。

 だが、そんな訳が無く――


「あ? 何舐めた口きいてんだ!」


「粋がるな。雑魚が!」


 そんな事を言って、殴りかかって来る2人。

 元々酒場自体が騒がしい事もあってか、この状況に気付いてくれた人はいない。


「はっ!」


 俺は両手で、それぞれの腕を掴み取った。

 見た目では、明らかに俺の方が非力そうに見える――だが、肉体改造を施しているお陰で、これくらいなら強化魔法無しでもなんとかなる。


「「な!?」」


 体格差と人数差で、負ける筈が無いと思っていたのか、2人の顔は驚愕に満ちる。

 その隙に、俺はぎゅっと強く握りしめると、地面に軽く叩きつけた。

 ドッと音がして、流石に周囲の人もこっちに視線を向け始める中、俺はもういいかと背を向ける。


「次は、容赦しないからな」


 そして、最後にそう念を押してから、俺はその場から悠然と立ち去って行くのであった。

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