第四話 テレンザに着く

 村を出てから、俺が乗る馬車はいくつか小さめの街を経由した。

 道中、魔物や盗賊などの襲撃は、運が良い事に一度も無く、実に順調だった。

 そうして、どんどん進み続ける事、約5日。

 遂に、目的地である街――テレンザが見えてきた。


「ほわ~……でっっっか!」


 遠くからでもよく見える、街をぐるりと円形に囲う城壁の大きさを見て、俺は思わず声を上げてしまった。グーラたちがくすりと笑ってきたが、そんなの気にもならない。


「くっくっく……まー村でずっと暮らしてたってんなら、そりゃー驚くか」


「ああ。ヒラステ王国でも屈指の規模を誇る街だと聞いてはいたが、これ程とは思わなくてな……あ、あれが結界か!?」


 やがて近づくにつれて、次に見えてきたのは、テレンザを丸々覆う巨大な透明の結界。よく目を凝らすと見えるそれは、数百年にも渡ってテレンザを守り続けてきた、王都大結界に次ぐ規模を誇る強大なものだ。

 それは、龍脈石っていうドラゴンの魔石を素材に作られる魔道具を起点に展開されており、それを狙った犯罪がちょくちょくあると聞いているが……今のところ、それは全部潰えているらしい。


「あの結界がある理由は、近くにある広大な”魔の森”にいる、多種多様な魔物から街を守る為。そして、多種多様な魔物が居るからこそ、テレンザには冒険者の数が多い!」


「おーすげぇ。よそ者で、よくそこまで知ってるね~」


 興奮気味に言葉を続ける俺に、感心するトラン。

 ふと、ここで俺は完全に自分の世界に入っていた事に気づき、誤魔化し100パーセントの咳払いをする。

 すると、そうこうしている内に、とうとう街の出入り口である門に着いた。

 そして、手荷物検査等の簡単な検査を済ませた後、中に入る。


「おー……人多っ!」


 テレンザに入って、まず驚いたのは人の数だ。

 いや、多い。とにかく多い。

 門から、目の前に真っ直ぐ伸びる大通りは、多くの人で賑わっており、ここに来る道中にあった小さめの街で慣らしていなければ、直ぐに人酔いしていた事だろう。


「その気持ち、よく分かる。俺もここに初めて来た時には、お前と全く同じ言葉を言ったものだ」


 そんな俺に同情するようにうんうんと頷きながら、ケインズはそんな言葉を口にした。

 すると、やがて街の一角で馬車が停止し、トラディスさんが御者台から降りた。

 そして、こちら側に歩み寄って来ると、俺――じゃなくて、後ろに居たグーラたちに羊皮紙を手渡す。


「今回は、護衛していただきありがとうございました」


「ああ、どうも。リヒト、頑張れよっ!」


「ああ。リヒト、じゃあなっ!」


「よし。依頼完了だな。じゃあ、リヒト。また会う日までっ!」


 羊皮紙を受け取った彼らはそう言って、馬車の荷台から跳び下りた。

 そして、どこかへ去って行く。

 依頼完了とか言ってたし、あの紙はどうやら依頼が終わった事を証明する為のものだったのかな。

 俺もいずれ、そんな依頼を受ける日が来るのかなぁ……

 そんな風に未来を想像して、楽しげな気持ちになっていると、今度はトラディスさんが俺に話し掛けてくる。


「という訳で、テレンザに到着しました。宿は、この道を真っ直ぐ行って、3つ目の角を左に曲がった先にある”木漏れ日亭”がよろしいかと。質も良いですし、値段も良心的ですからね。ただ、その分やや人気ですので、まだ昼の内に部屋を取っておいた方が良いでしょう」


「ありがとうございます」


 親切に教えてくれるトラディスさんに、俺は軽く頭を下げて礼を言うと、馬車の荷台から跳び下りた。


「では、私はこれで……ああ、何かご入用の物がございましたら、是非”ハーズ商会”系列の店へお越しください」


 最後にそんな事を言ってから、トラディスさんは再び御者台に乗り、どこかへ行ってしまった。

 しれっと最後にあんな事を言うあたり、流石商人だなぁと思いつつ、俺は小さく息を吐くと、改めて辺りを見渡した。


「いやー……楽しみだな」


 冒険者になる以上、当然辛い事は今後何度も起こるだろうが……それでも楽しめる時は、こうして楽しもうじゃ無いか。

 そう思いつつ、俺はトラディスさんに紹介された”木漏れ日亭”という宿に向かって歩き出した。


「……ここかな?」


 数分歩いた先に見えてきた1つの宿。

 吊り下げられた看板を見てみると、そこには間違いなく”木漏れ日亭”と書かれていた。


「うん。ここで間違いないな」


 そう言って、俺はドアを開くと中に入った。

 宿の1階は食堂になっているようで、いくつものテーブルとイス――そして、奥には厨房が見えた。だが、今は飯時では無い為、そこには普通に雑談をする人が数人、見受けられるだけだった。

 すると、俺の存在に気が付いた、宿の従業員らしき壮年の男性が歩み寄って来る。


「いらっしゃい。何日ですか?」


「1部屋を……5日でお願いします」


「はい。では、1万2000セルになります」


 提示された金額に、俺は頷くと懐から銀貨1枚小銀貨2枚を取り出し、そっと手渡した。すると、おじさんは金額を確認した後、「303号室だよ」と言うと、直ぐに去って行った。

 よし。宿を取れたし、一先ずこれで、少なくとも5日間は住む場所には困らないだろう。

 だが、手持ちの金には限りがある。早く金を得る為にも――


「今日登録して、明日の朝から直ぐにでも活動できるようにした方がいいな」


 そう決断した俺は宿の外に出ると、冒険者ギルドへと向かって歩き出した。

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