第三話 村を出立
家の裏手で、俺は銀髪を風で揺らし、正面を深紅の瞳で見据えながら、日課の素振りをしていた。
「はっ! はっ! はっ!」
一時期は研究実験の為に、家に引きこもり続けていたせいで、自分でも驚くぐらい身体が鈍っていた。だけど、再びこうやって身体を動かすようになった事と、身体に支障が出ない範囲での、回復魔法を応用した肉体改造でそれなりに強くした事もあってか、今では普通に冒険者として活動できるだけの身体能力と技量は手にしている。
「……ふぅ。朝の日課も終わりっと。それじゃ、そろそろ馬車が村を出る時間だし、身支度でも整えるか」
そう言って、俺は素振りを止めると、家の中へと戻る。
「おう、リヒト。そろそろ時間だぞ」
家の中に入ると、食卓辺りで妙にそわそわしていたお父さんが、俺を見るなりそう言った。因みにお母さんは、今回俺が乗る行商人の馬車で買い物をしている筈。
「ああ、分かってるよ。お父さん。今、準備をしに来たんだ」
「そうか。……いやーにしても、とうとうリヒトが巣立ちかぁ。長いような、短いような」
すると、お父さんは感慨深そうにそんな事を言う。
そんな言葉に、俺は若干の気恥ずかしさを覚えつつ、自室へと向かった。
ガチャリとドアを開け、見えてきたのは俺の自室――という名の
「ここにも、暫くは戻らないだろうなぁ……」
必要な物は、既にリュックサックの中にしまってはいるが、空っぽになったフラスコやビーカー、読み終えた魔法書の山なんかがそこら中にあり、見ていてなんだか寂しく思えてくる。
「だが、今日から……じゃないけど、冒険者になるんだ。絶対に、Sランク冒険者になるぞ!」
そう意気込んで、俺はぐっと拳を握り締める。
あれから14年が経った今でも、変わる事の無い思い。
でも、昔はただSランク冒険者になる事だけを夢見ていたが、今はちょっと違う。
それは――
「やっぱり、色々な場所を冒険したいな」
そう。ただSランク冒険者になるのを目指すのでは無く、その過程で――そしてなった後も、世界中を冒険する。
色々な事に遭遇するであろう自分を想像したら、20歳になったというのに、なんだかわくわくしてきてしまうのは、男の性ってやつなのだろうか。
「さてと。リュックサックを背負って、剣も持った。服装は、動きやすさ重視の軽装備。他に、忘れ物は……無さそうだな。まあ、あったらどこかで買うか、取りに帰ればいいし」
俺は1つ1つ持ってく物を確認しながら装備していくと、部屋を再び一望した。
そして、もう大丈夫だろうと頷くと、部屋を後にし、お父さんと一緒に外へと出る。
「……お、あれかな」
村の入り口に向かって歩いていると、前方に1台の馬車が見えてきた。恐らくあれが、行商人の馬車だろう。
近づいていくと、ちょうどそこに居たお母さんと目が合った。
「ああ。リヒト、来たのね。ちょうど買い物も終わる頃だし、トラディスさんに挨拶してきたら?」
お母さんは取っ手付きの籠を腕に下げながら、柔和な笑みを浮かべてそう言う。
「ああ、分かった」
そんなお母さんの言葉に頷くと、俺はこの馬車の主――行商人のトラディスさんに声を掛ける。
「トラディスさん、久しぶりです。今回は、よろしくお願いします」
「おお、リヒトさんですか。数年見ない内に、大きくなりましたね」
茶髪翠眼の、50代半ば程に見えるこの人の名前はトラディス。
彼はここ、ヒラステ王国の北部を主な活動拠点としている行商人で、最後に会ったのは5、6年程前になるだろうか。
「はい。これから冒険者登録をする為にテレンザへ行きますので、そこまで馬車に乗せて行ってくれませんか?」
「ええ。シアさんから話は既に聞いております。沢山買ってくれましたし、1人乗せて行くぐらい、どうという事はありません。どうぞ、乗って行ってください」
俺の申し出に、トラディスさんは笑顔で頷いてくれた。
そんなトラディスさんに俺は礼を言うと、よっこらせと馬車の荷台に跳び乗った。
商品は大分売れたようで、護衛含めても乗るスペースは十分にある。
「はー……なるほど。お前が同行者か。俺はグーラ。よろしくな」
「ああ、よろしくよろしく。俺はトラン」
「お前の親から聞いたぞ。俺らと同じ冒険者になるんだってな。頑張れよ。……あ、俺の名前はケインズだ」
すると、俺の後に続いてトラディスさんに雇われた3人の護衛が、次々と荷台に跳び乗って来た。そして、皆陽気な口調で口々に言う。
「俺の名前はリヒト。よろしく」
そんな彼らに乗せられるように、俺も丁寧な口調では無く、基本親しい人にしか使わない素の口調で自己紹介をした。
「あーよろしく、リヒト。あ、そろそろ出るみてーだな。家族になんか言う準備、しといた方がいいんじゃねーのか?」
ちらりと御者席に乗り込むトラディスさんを一瞥すると、そんな事を口にするグーラ。
その言葉に俺は頷くと、くるりと背を向けて、馬車の外に立つお父さんとお母さんに向き直った。
「お父さん、お母さん。Sランク冒険者になる為に、そして世界中を冒険する為に――行ってくる」
「ああ、行ってきな。リヒト。こっちを気にする必要はない。気が向いた時にでも、帰ってくればいい」
「うん。行ってらっしゃい。リヒト」
程なくして、馬車が動き始めた。
ガタガタと振動が伝わってくる中、僕は遠ざかって行くお父さんとお母さんに向かって、見えなくなるまで手を振り続けるのであった。
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