第7話 誘い

『宮路 2024/8/10(11:06)

 はじめまして。皮肉が効いていながらも、思わずクスッとなってしまいました。テンポの良い文章で、僕は好感を持ちました』


 短いコメントだが、それでも俺は舞い上がった。宮路さんは、初投稿の稚拙な文章に優しい言葉をかけてくれる。他の投稿者のコメント欄で熾烈なレスバトルが繰り広げられる中、彼はそういった攻撃的なコメントを殆どしない。ビジュアルの良い彼は、きっと心にもゆとりがあるのだろう。宮地さんへの好感度は上がる一方だ。


『窮鼠 2024/8/10(11:27)

 コメントありがとうございます! 創作を始めて間も無く、こういった場所に作品を投稿するのは初めてなので緊張していました。憧れの宮路さんから感想をいただけて嬉しいです』


 レスのタイミングが早すぎるだろうか。気持ち悪いだろうか。いや、どのタイミングでもコメントをつけて回っている人もいることだし、気にするほどでもないか。


 その後も宮地さんとコメント欄で二、三やり取りをした。宮路さんと仲良くなりたい。俺は思いきって宮路さんのXのアカウントもフォローすることに決めた。

 俺の日常のアカウントはあまりにもイケていないため、窮鼠の名前で創作専用のアカウントも用意してから宮路さんのアカウントをフォローする。ほどなくして、宮路さんからもフォローバックがあった。思わずニヤついてしまう。


 宮路さんの自撮りやラーメンの写真にいいねをして、宮路さんは俺のしょうもない独り言にいいねをくれる。俺も自撮りをやってみたが、不気味に引き攣った笑顔があまりにも気持ちが悪かったので削除した。


 文藝の杜とXを行ったり来たりする毎日が始まった。口を開けば文藝の杜の話ばかりをする俺に対し、近頃の紅は呆れているような心配するような、そんな素振りがあった。その度、俺は心配いらないということ、宮路さんという親切にしてくれる大学生投稿者がいること等を説明した。


「創作が悪いとは思わないけど、のめり込むのはほどほどにね。寝子が誰かもまだわからないのだから」


 紅は俺の話を無碍にはせず一通り聞いてはくれるものの、最後には言い回しを変えて毎度釘を刺された。俺だって充分理解しているつもりだ。それでも、創作に対するコメントやXでのいいねはやはり気持ち良い。俺は文藝の杜かXのどちらかを開いては、リロードを繰り返す。


 今日もいつも通りにXを開いてリロードして閉じてという行為を繰り返していた。すると、ちょうど宮路さんがXでスペースを開いていた。『作業用 誰でも』と書かれている。リスナーは現在3人。宮路さんがどんな声でどのように喋るのか、興味が湧いた。


 俺は恐る恐る、『聞いてみる』をタップした。スマートフォンの向こうからは、何か飲み物の缶を置くような音、カタカタとキーボードを叩く音、「ふあぁ」というくぐもったような欠伸と思しき声が聞こえる。どうやらスピーカーは宮路さん一人、他のリスナー二名は匿名だった。しまった、俺も匿名で参加すればよかったと思うが、もう遅い。


「あれ? ああー、窮鼠くんだぁー」


 のほほんとした口調で男が俺の名を呼んだ。これが宮路さんの声か。想像していたよりずっと低く落ち着いた声は少し掠れている。想像上での宮路さんはショタ声優よろしく、高音のカワボで喋るものだとばかり思っていた。この低音ボイスは意外だった。くそっ、むしろちょっとカッコいいじゃないか、コノヤロウ。


「窮鼠くん、よかったら上がってくる?」


 宮路さんが、俺にスペースでの会話にスピーカーとして参加するよう水を向ける。


「緊張しちゃうので、今回は宮路さんのイケボを拝聴してます!」


 咄嗟にコメントを返すが、スピーカーとして上がるなんて俺には無理だ。バリバリ変声期の中坊の声を晒しては、他のリスナーに舐められるか面白がられるだけだろう。何より、吃って気持ち悪さを存分にアピールしてしまう自信がある。宮路さんは俺のコメントをそのまま読み上げると、「そうか、そうかー」と軽く笑った。


 その後、宮路さんは新作のお菓子やモンスターエナジーを愛飲していること、気に入っている曲などについてを語り。創作そのものについてはあまり触れなかった。


「ええーっと。今日はもう眠たいので、解散でーす。おやすみなさーい」


 俺が聴き始めて三十分も経たないうちに、宮路さんのスペースは終了した。その後間も無く、俺に宮路さんからのDMが届く。


『窮鼠くん、さっきはありがとー。ところでさ、同人誌の即売会とかって興味ある?』


 同人誌の即売会=コミックマーケットだと思っていた俺は、「コミケですか?」と返信した。


『違う違う。文章だけの同人誌だよ。詩とか歌集とか、小説とか。文章のコミケ的な……。あ、でも一次創作だけなんだ』


 そういった催しがあること自体を俺は知らなかった。


『もし興味あったら一緒に遊びに行かないかなと思って。ボク、保護者役がんばっちゃうよん』


 宮路さんと二人で行くのだろうか? そもそもこの〝文章のコミケ〟なるものは安全なのだろうか。お金はどのくらいあれば……。


 未知のことばかりで困惑しつつも、俺は勢いで宮路さんの誘いを承諾してしまった。


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