第6話 初投稿
狗……? 寝子と狗。ネコとイヌ。この世の尊い生き物であるネコちゃんとワンちゃんがどうしたっていうんだ。こいつら何なんだ、本当に。
「よくわからないけど、とりあえず狗、探してみよう」
紅は自分のスマートフォンでキーワードを「狗」に絞り、サイト内の検索を始める。しかし、狗なんていう投稿者も作品も見当たらなかった。
「このサイト内の記事や人を指すのではなくて、食用のイヌとか卑しい意味でつかわれるイヌ、もしくは仔犬のこととか、何か意味があるのかもしれないね」
紅が眼鏡のブリッジに中指を当て、眉根をひそめる。
「ますます意味わかんねぇ」
俺の脳では新しい解釈も何も思い浮かばず、落胆した嘆きしか出てこない。当事者なのに。〝狗〟というキーワード以外に何もえないまま、課題だけが積もっていく。
出来ることが思い浮かばない。家に帰ってからも俺は文藝の森サイト内を見て回った。プロフィール画面にXやInstagramのリンクを貼っている投稿者を何名か見つけ、リンク先に飛ぶ。
一人目は宮路という若い男だった。ビジュアルに自信があるようで、三日に一度は自撮りの写真をアップしている。重めの前髪は目のスレスレまで伸ばしており、長い髪はおろしていたり三つ編みをしている。中性的な顔立ち、派手な謎の柄をしたシャツ。勝手なイメージだけれど、クズっぽいバンドマンってこんな感じだろうか。しかし前衛的なビジュアルとは裏腹に、ポストを読んでみる限りは温厚そうで、一人称も「ボク」だ。
単純に彼に興味が湧いたので、彼の作品とXを観察してみようと思った。
他にもう一名、性別は不明だが曙という投稿者が気になったのでウォッチする。Xをみる限り、かなり詩作を長く行なっている人物のようでフォロワーも千人を超えている。ポストされている内容は食べ物についてのものや鬱病についてのことが多かった。顔はわからないが、食べ物の写真を撮る際に映り込む食器がそこはかとなくおしゃれだ。これは丁寧に暮らしている人だ。俺の家の散らかりを見せてあげたい。
寝子のことはさて置き、この二名の投稿者が純粋に気になり、Xや文藝の杜を追うようになって一ヶ月ほど過ぎた頃。文藝の杜に新しい投稿者が少しずつ増えていた。皆「死にたい僕、私」「世間が悪い」「失恋した」「いじめについて」「生きること」などを何とも陳腐なポエムにする。インスタのストーリーにメンヘラ女子が上げるおセンチポエムみたいだ。いや、当事者たちにはそれなりの苦しみがあり、推敲に推敲を重ねてアップした作品なのかもしれない。しかし、この程度だったら俺でも書けるのではないかとも思う。
俺は試しに適当な散文を投稿してみた。アカウント名は『窮鼠』にした。俺なりにカッコいいと厨二の間を取ったつもりだ。窮鼠が寝子を噛んでやる! かっこいいいじゃん。やっぱり厨二っぽいだろうか。まあ、ともかく厨二だろうと何だろうと、新規投稿者が増えている今ならば、浮くことなく波に乗れるだろう。
コメントやいいねが待ち遠しい。俺はスマートフォンを握りしめ、更新ボタンを何度も何度も押す。初投稿からまだ三十分も経っていないのだ。何もなくて当たり前だ。
こんな調子で夕飯時も更新、風呂から出てすぐ更新を繰り返す。いいねが二件、コメントが一件付いていた。顔がニヤけてしまう。
いいねをくれたのは古参の
創作したものを投稿するということには、意外と中毒性があるのかもしれない。
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