第4話 リンク
メッセージは寝子からのものだと、俺は直感で思う。確信はあった。スマートフォンを握りしめる俺の手にはじっとりと汗が滲み、心臓が早鐘を打つ。大丈夫だ、何を迷っている。ただ、画面を開いて中を確認するだけのことだ。
「どうしたの? あれ、もしかして女の子から?」
父親がニヤけた顔で訊いてくる。あれ? そういえば寝子って女なのか? 名前に「子」が付くからって女の子とは限らないよな。芸名にせよ、『の子』って男もいるしな。
父親のことは無視して俺は自室へ向かうと学校指定のジャージを着替えもせずに、寝子からのメッセージを開く。
『お元気ですか? お元気ではないと嬉しいです』
それだけが書かれていた。今回は五七五七七ではない。相変わらず詳しいことは読み解けないものの、相手が明らかに俺に対する恨みや怒りのようなマイナスの感情を抱いているということだけは伝わってきた。申し訳ないが、全く心当たりがない。
「どなたか存じませんが、嫌がらせが続くようなら通報します」
俺は何のパンチも捻りもない、つまらない一文をフリック入力して、それを少し迷った後、送信せずに消した。もしも相手の目的が単純な嫌がらせであったのならば、通報なんぞという意味があるのかないのかもわからない手段に出るほど怯えているなんて、相手の望みを丁寧に叶えてさしあげているも同然だ。
俺は、いっそ寝子と会話らしいことが出来ないかと試みる。コミュニケーションの基本は、まずは相手を知るところからだ。嫌がらせ野郎とのコミュニケーションが必要であるのかどうかと問われれば、そんなもの不要かもしれない。しかし、俺が知らず知らずとに、どこかで寝子の気に障ることをしていたのならばそれを聞き出したい。謝って済む話しなら、円満に解決しようぜ。よろしく頼むよ。
「こんにちは! 寝子さんって、〝ねこ〟さんで読み方合ってますか? もしかして、猫ちゃんがお好きなのでしょうか? 僕も大の猫好きです!」
自分で読み返してもそこそこの気持ち悪さだが、友好的な姿勢を見せるにはこのくらい言っても良いのではないだろうか。むしろ舐めてると思われてキレ散らかしてくるだろうか。まあいいや、行ったれ。送信!
十分、二十分、三十分。飛んで、二時間。待てども待てども返信は来ない。やっぱりキモかったのかな。呆れてしまったのかも。別に仲良くなりたかったわけではない。これで縁が切れるのなら、それが一番だ。それでも、友好的なつもりで送ったメッセージがスルーされるというのは、シンプルに傷付くな。何だこの込み上げてくるモヤモヤは。少し前まで恐怖で動悸がしていたくらいだというのに、今は好きでもない相手に告白もせずに振られたような気分で、無性に腹が立ってきた。
翌日になっても寝子からの返信はなかった。目には目を、歯には歯を、キモいメッセージにはキモいメッセージを。これで俺たちの闘いは終わったのだ。あっけない気もするが、見知らぬ人間からの気味の悪いメッセージを受け取ることなど、俺じゃなくたって多くの人間がきっと経験している。何も特別なことではないのだ。
それから数週間、何事もなかったように俺の日常が帰ってきた。保健体育ではハードル走でハードルを倒しまくって恥をかき、苦手な数学の時間は保健室へ逃げ込む。理由は相変わらずわからないが、女子からは大袈裟に机を離されたり無視をされる。紅以外の奴からは、基本相手にされない。その分、ヤンチャな先輩に目をつけられてパシられることもカツアゲされることもないのは有り難い。
キラキラした青春を送れなくとも、学校が嫌なわけではない。何せ学校へ行けばハマ弁という給食がある。届いた時には冷めており、味付けも人を選ぶようなハマ弁は、他の生徒たちからは不評だったが、俺にとっては最高に美味い。給食最高。
何せうちでは具のない近所のスーパーのオリジナルブランドの謎のカップ麺、安い食パンくらいしか食べるもがないのだ。具のないパスタはいつも醤油とバターで食べる。それはそれで不味くはないが、毎日そればかりで飽きた。
バターを買う金があればその分で何でも良いからタンパク質をくれよと思わなくもないが、父は何もかもバターの味がしないと落ち着かないらしい。生クリームだの大量のポテチだの、明らかに油脂の摂りすぎだ。そのせいか、父親は体型こそ太ってはいないものの体臭が脂っぽい。本人は気づいていないようだし、キレる地雷がわからないのでマイナスなことは俺も基本言わない。そんな食生活なわけだから、給食は成長期真っ只中の俺にとって命綱も同然なのである。アイラブ給食。
だから俺は給食は必ずおかわりをする。思い返せば、食の細い女子たちが食べきれなかった給食を欲しがった辺りから避けられ始めたような気もする。いや、違うかもしれない。だってフードロス削減なんて、最高にSDGsな取り組みだろう。
「今日のチリコンカーン美味かったな。明日も明後日もチリコンカーンがいいや」
帰り道、俺は紅に今日の給食で出たチリコンカーンへの愛を語っていた。
「あー。あれ美味しいよね。僕も好き。僕、パンに乗せる派」
「パンも米も捨てがたいな。なんなら単品でもいい。他の食べ方って何があるんだろう」
チリコンカーンの無限の楽しみ方を調べようと、俺はジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。ロック画面には神絵師・丹羽山さんが配布していたタレ眉吊り目のキョンシー美少女。その美少女の目の辺りを隠すかのように、Xの通知がポップアップされている。普段、誰からも反応のない俺の壁打ちアカウントにこのタイミングで通知が来るなんて、寝子以外に考えられなかった。
「紅、やばい。寝子から何か来たかも」
「え!?」
紅と俺は二人でスマートフォンの画面を覗き込み、慎重にメッセージを開いた。メッセージは予想通り寝子から届いたもので、ローマ字の羅列が一行、青い文字で貼られている。何かのサイトへのリンクであることは明らかだった。俺はその青い文字へと指を伸ばす。
「やまちゃん、待って!」
躊躇いなく押そうとする俺の指を紅が遮る。
「詐欺サイトかもしれない、軽率に押さない方がいい」
「ああ、そうか……。危なかった」
俺は額の汗を拭う。羅列された文字列
「http://www.」の後ろには、「bungeinomori」という文字が見える。貼られているリンクを直接踏まないよう、まずは紅の携帯から「ブンゲイノモリ」で検索をかけてみることにした。
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