21:月下の狼

「『チキチキ モテ男No1対決! 3番勝負』第二回戦は、料理対決~!!」


何事もなかったように、ショウが勝負を続行しようとしてる。でもその顔にはどう見ても焦りが見える。やっぱり、自身はあったんだろうな。あの壁ドン......。


「それで、今度はどうするの? 料理っていうけど、食材はどうするの?」


「食材なら、こちらで御用致しております」


セバスチャンは自分の持っていたカバンを開けると、鞄の容量以上のものを取り出していった。どうなってんだ? あのカバン!?


「こちら、野菜、肉、果物一式揃っております。必要であれば調理器具もお貸しいたします。私のカバンは異世界人の無限アイテムボックスですから、なんでも取り揃えてございます」


「へえ、じゃあ。さっそく......!?」


カインが物色しようとした途端、彼はすぐにカバンから離れた。


「は? どうした、カイン!?」


「い、いや......。なんでも、ない......」


様子がおかしい......。どう見ても、何かに怯えている。それに、一瞬見えたあの牙......。なんなんだ?


「おや? 戦わずしてサレンダーか? だが、サレンダーは認めない! この勝負、俺様の不戦勝ということで、いいかな?」


「いや! 俺が替わる!」


俺は何を言ってるんだ! 料理なんて、一回もしたことないのに......。でも、苦しんでるカインを見過ごすことも、あいつらの仲間になるのも嫌だ! そうなれば、俺しか......俺がやるしかない!


「ほほぉ、選手交代ねえ。まあ、どうせ勝つのは俺だし。いいぜ、相手になってやる! じゃあ、料理対決 開始だ!!」


ショウは迷いのない手で各種野菜や肉を選んで調理器具をもらっていった。俺ができる、最低限の料理......!


「なにやってるんですの! ジュノ!」


「んなこと言われたって、俺料理したことねえし!」


「え? 一体どうやって生きて来たんですの!? ちょっと、来なさい!」


ティルが大きく手を振り、こちらを呼びつけた。彼女になにか策はあるのだろうか。ていうか、もう頼りにするしかない。


「よくて? まず、初心者は難しいことはしない。無難に、サンドウィッチを作りなさい」


「え? ああ、なんかパンに具を挟むやつ? 姉さんから名前は聞いたことあるけど」


「そう! そして付け合わせにポテトよ。フライドポテト! よろしくて?」


「ぅえ? う、うん! よくわからんけど、わかった! とにかく、作ってみるよ!」


「ああ、あと大事な事! 料理は味も大事ですが、一番大事なのは食べた相手を幸せにしたいという気持ち、ですわ。さあ、頑張って!」


そう言って、ティルは俺を追い払った。大切なのは相手の幸せ? 食べ物で人を幸せになんかできるのか? 疑問に思いつつも俺はセバスチャンさんからパンと葉野菜、トマト、馬の肉、そしてポテトをもらった。あと、調理器具とかいろいろ......。


「まずは、パンを半分に切って」


セバスチャンの包丁はパンを綺麗に横半分にしてみせた。姉さんの使い古しの刀で適当に食べ物作ってたけど、新しい包丁ってこんなに切れがいいんだ。感心しながらも、俺はさらに葉野菜をちぎり、トマトをスライスしていく。後は、馬の肉を焼いて......。って、カイン!? 何してるんだ? こんな近くで!


「か、カイン!? どうした?」


「......はっ!? ごめん、僕としたことが......。取り乱しちゃった......」


あの顔、やっぱりなにかおかしい。あれは肉を狙う猛獣の瞳だ。そんなに肉が好きなのか? それとも、何か隠してる?


「みんなに振舞うんだから、ちょっと待っててよ」


「そうだよね。ごめんね」


彼の目の泳ぎ方、尋常じゃない......。あ、向こうで料理してたショウにもちょっかい出そうとしてる。案の定、門前払いされてるけど......。ん? あの、ショウのあの顔......。なにか企んだな? 嫌な予感がする......。はやく料理を完成させないと......。

あとは馬の肉に下味をつけて完成かな。


「よし、あとはソースをかけるだけ!」


少し横に切れたパンに、葉野菜とトマトそして馬の肉。適当に作ったソース。挟んで完了。後は、フライド、ポテト? だっけ......。作り方わかんないや。 あ! じゃあ、あれでいっか!


「破魔震伝流 ‐震‐」


ボウルに入れたポテトをゴロゴロと振っていく。中身が崩れるまで時間はかからない。中に塩とか色々入れて......。振り続けていると、何かが投げられてきた。

これは、生肉? すると、別の何かがこちらに飛んできた。


「う、うわぁ!? なんだ!?」


「お、狼!?」


俺の調理場をめちゃくちゃにしながら、狼が現れた。その銀色の狼はなぜか黒いズボンを履いている。しかも、破れたシャツまで......。こんな趣味の悪い服装、一人しか......。もしかして......。


「お前、カインか!?」


「こいつ、獣人なのかよ! どうりで肉に反応してやがったわけだ。それに、極めつけはこれだ」


「草?」


「ただの草じゃない。月下草という、薬草の一つだ。これは、獣人を遠ざける魔除けっていう迷信があるわけだが、どうやら本当らしいな」


こんなの、対決どころじゃない! 暴走してるこいつを、って俺の渾身のサンドウィッチ食ってやがる!! こいつ! 俺も楽しみにしてたサンドウィッチ!!


「べっ」


「おい、吐くな! うまいだろ! 特濃ソース!」


そのまま俺は獣人に変化したカインをぶっ飛ばした。だが、彼は一向に元に戻らない。どうやったら元に戻るんだ!


「この勝負、俺の不戦勝だな! ハハハッ!」


「お前!! わざと、カインを!」


「知らねえよ! むしろ、飼いならしてなかったお前らが悪いんだろ!?」


俺は目の前にいる、カインであった狼にどうすることもできなかった。その時、ドンッという鈍い音が聞こえた。その方向を見ると、ティルとゼノバスターだった。


「やっぱり、こういうお方は鉄拳制裁でしつけなければなりませんわね......。ジュノ様! こちらを!!」


ティルは俺にニンニクを投げつけてきた。ん? なんでニンニク?

突然のニンニクに目を丸くしていると、ティルが口を大きく開いた。


「獣人を鎮静化させるには、くっさいニンニクですわ! ゼノ情報ですけども!」


「ああ! わかった! 信じる!」


俺はグルルと唸る狼の警戒心を逆なでしないようにゆっくり近づき、カインの頭を触ろうとした。瞬間、彼は俺の腕に噛みついた。


「ジュノ様!?」


「大丈夫! 大丈夫だから......」


俺はずっと、カインの目からそらさずにずっと見つめた。その眼に恐れをなしたのかしばらくして、カインはその牙を腕から放した。俺は即座に、彼の口にニンニクを投入した。すると、彼は苦しみながらぐったりし始めた。時間が経つにつれて逆立っていた毛並みはどんどんと薄れていき、牙も小さく口も人間の口に戻っていった。

ようやく、カインは元の綺麗に整った男の姿を取り戻した。


「よかった......」


「よおし、事件解決! 改めてだが、この勝負俺の不戦勝でいいよな? ていうか、お前の料理獣人にも受け入れられなかったんだ。そらそうだろ。対して俺のを見てくれよ。差し入れたあのざまだ」


勝ち誇ったように見下す彼の指さす方を見ると、いつの間にか彼の料理が振舞われていた。その料理は、ティル以外の人たちを魅了していた。ティルが彼女らを引きはがそうとしてもそれを拒むくらいに絶品らしい。


「負けを認めるか? カス」


「正々堂々勝負しろ、といいたいところだが......。どうせ、最初から正々堂々にする気なんてなかったんだろ?」


「当たり前じゃん」


「くそっ! ......」


だが、この勝負に負けても1対1。次の勝負に勝てばいいんだ。でも、俺が相手にできるようなやつなのか? こいつ......。こいつは俺と違って力を行使しない。姑息で、狡猾、そして多少は頭の切れるやつだ。


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