8:聖剣のありか

「こ、怖かった......」


胸を押さえて、ルミは息を整えていた。まあ、普通の人って山はあの速さで降りたりしないもんな。彼女は今にも足を止めそうになりそうだけど、俺達はここで立ち止まっているわけにはいかない。だから、足を進めていく。その様子に、彼女は眉を下げて必死についていく。だが、フィドルだけはルミに歩幅を合わせて隣に並ぶ。


「そんな弱っちいメンタルでよくあの山頂まで登ったな」


なんでお前は平気なんだよ、フィドル。俺だってちょっと心臓飛び上がりそうなくらいに鼓動早まってるのに、平気な顔しやがって......。

俺でも違和感を覚えているところを、ルミは当たり前にツッコむ。


「みなさんなんでそんな平気なんですか!? ふもとまでたった2時間ですよ!? 5000mもの下まで降りてきたんですよ」


「こいつらはともかく、俺だって疲れてはいるんだぜ? こいつらバケモン姉弟と一緒にしてほしくないね」


「い、いや......。疲れてるようには......」


確かに、フィドルの額に汗もかいていなければ息も上がっているように見えない。最初に会ったときよりもちょっと痩せたくらいかなって思う。伊達に修羅場をくぐってないってはぐらかされたけど、どんな修羅場を体験すればここまで強靭になれるのだろうか。正直、見習いたいところだ。感心していると、先頭で歩いていた姉さんが後ろの俺達の方を向いて歩き始めた。


「疲れるよ~。5000mくらい下まで最速で降りてきたんだからね。でも、そんなこと言ってられないじゃん。私達の目的は1万mある山を登ることじゃない」


「頂上、行きたかったなぁ......」


「あ、あのう......そろそろ次に行くセレモニア城の話を......」


「そうだった。それで、どこにあるんだっけ?」


「ここから南西に4㎞ってところだな。セレネー平原の方だ。さっさと行くぞ」


俺達4人は、休憩を挟みながらもセレモニア城の方へと進んだ。あそこへは、休まずいけば日が沈む前には着くはずだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 セレネー平原に差し掛かると、森林鬱蒼とした光景から一変して一面緑と青空が広がっていた。こんなに広い世界があったのか。でも、ここが昔王国があったなんて信じられない......。


「ここが旧王国時代の中央都市? もう面影もないようだけど」


「お前ら魔族が全部ぶっ潰したからな。100年経てば、平原にもなるさ。体のいい言葉だが、ただの平地だよ。緑豊かになったのも、レオ代表のお陰だけどな」


「そんなにすごいの? レオって人」


「緑の魔術師と呼ばれていた。国の再興を手掛けた3英傑の一人だ」


「き、聞いたことがあります......。たしか、今共和国の権力を握る3つの政党の党首がその3英傑だとか......」


あのレオが、この国のトップ? なんか、うさん臭くなってきたな。

それにしても、あいつに初めて会ったのに、初めてあった気がしないのはなんなんだろう......。俺はどこかで、あいつを知ってる? 俺の過去を知ってるのか?


「へえ。初めて知ったわ」


ニア姉さんも、国に行き来してても知らないことはあるのか。いや、俺も知らないんだから姉さんが興味のないことだったのだろう。姉さんの興味のあることはだいたい俺にも教えられてきたからな。


「あ、見えました......」


談話していると、急にルミが指を差した。その方へ視線を向けるとレンガが積み立てられた壁がバラバラと並んでいる建造物があった。そうか、城は数多くの魔王を束ねた大魔帝、ディザストロが一瞬にして滅ぼしたんだっけ。それで、こんなぼろぼろの跡だけに......。


「派手に潰されてるねえ......。さすが、帝父様おとうさまって言われていただけあるわ......」


「ここのどこかに、聖剣が?」


見渡しながら歩いていると、壊れた壁に寄りかかる顔面蒼白な一人の男を見つけた。俺はすぐに彼の方に駆け寄り、持ち歩いていた回復エーテル瓶を手渡した。


「勇者候補の人!? ねえ君、何があったの?」


男はエーテル瓶の中身を飲み干すと、ゆっくり息を吐きこちらを見上げた。


「敵に、塩を送るとは飛んだお人よしな奴だ......。そんな甘い奴は、ここでは生き残れない......。や、奴は、強すぎる......」


「んなこと言ってねえで教えろ! 聖剣はあったのか!? どうなんだ!?」


フィドルは豹変したかのようにものすごい剣幕で、男の胸倉を掴んでいた。


「お、おいそんなそこまで......」


「こちとら真剣なんだよ! それで、どうなんだ......」


「い、いやわからない。俺はその前に逃げ出してきたからな。だが、あいつは何かを守っていたようだった......。確実に大切な何かだ......」


「そうか。そいつは、どこにいる? 俺がぶっ倒してやる!」


「ち、地下だ......。この先まっすぐ行ったところに、階段があるんだ。そこにいた。仲間も、いやもう死んだかもしれんがそこに取り残されてる。できれば、地上にだして、弔ってやりたい......」


「やってなんになるんだよ。それに、勇者候補になったオレたちに友情なんてもん......」


フィドルの暗い表情をよそに、俺は明るく大きな声で男に応えた。


「わかった! その願い、俺が引き受けた! は絶対お前のもとに返してやる。だから、心配せず今は安静にしてて!」


俺は振り向かずに走り出した。するとニアも、フィドルとルミも続いて走り出していった。でも、あのフィドルの慌てようただ遊びでギャンブルしたいだけじゃなさそうだな......。


「お、階段発見」


彼の言葉通り、地下へと続きそうな階段がそこにあった。きっと、王城が崩壊したとしても堅固に残っていたのを誰かが手入れしてたのだろう。


「おい、本当にあいつの言ってたこと引き受けるのか?」


「当たり前だろ。勇者同士でも、仲間と認められる人と出会えたんだ。あの人が羨ましいよ。あ、いやみんなだって最高だと思ってるよ。でも、まだまだたくさんの勇者と出会えるんだ。それって最高だと思わないか?」


「思わないね。ただ勝つ確率が減るだけだ......。俺は一刻もはやく勝って......」


「ギャンブル旅に出たいんだろ? わかってる。俺だって、最高の勇者の道を諦めたわけじゃない。みんなだって、夢を諦めてないからここまで来てるんでしょ?」


俺は初めにフィドルが言った言葉を信じることにした。というより、真意はともかく何かを願い戦う気持ちが本当だと分かってるから。その言葉に、フィドル自身は目を泳がせているようだったが、それ以上にオドオドしていたルミがここに来て凛とした顔で俺たちを見つめ始めた。


「でもわかってるんですか? 本当に、ここに聖剣があれば私達......」


「その時はその時! その時は、ルミちゃんでも容赦しないからね! お姉さんとして、しっかり始末してあげるから」


「ひっ......!!」


「姉さん、今はそういう笑えない冗談いいから。先を急ぐよ」


姉さんは顔を膨らませて機嫌を損ねていたけど、今はそれどころじゃない。仲間割れしていたら、きっと彼らと同じように地下にいる”奴”に倒されて終わる。それだけはだめだ。死んだら、夢を追いかけることさえできない。それは、死にかけた俺にとって死んでも避けたいことだ。生き続ける限り希望はある。カノンだってそう言っていたんだ!!

 速足で階段を降りて行くと、ひんやりと冷たい風が肌を撫ではじめる。降りきると、狭い一本道と両側にひときし温かさのない檻が並んでいた。これは、地下監獄? そんなのが、なんで地下に......。


「噂はマジだったか」


「どういう意味? フィドル」


「旧王国時代の王が、反発する民は地下牢獄行きにしていたという都市伝説があってな。だが、これで真実が解明されたな。さて、中からは鬼が出るか蛇が出るか」


 俺が困惑して足を止めるも、フィドルは肩をぶつけながら先へ進んでいった。一本道を進むと、大きな広間に出た。光が外から降り注いでいた。見上げると、月明かりが俺たちを静かに見つめ始めていた。視線を正面に移すと、その奥にひと際大きな檻があった。その檻はひしゃげていて、暗く陰を落とす内部に潜む赤く光る大きな目を持つなにかの獰猛性が伺えた。こちらを警戒して怯えているようにも、怒り狂っているようにも見える。


「ギャアアアアアアア!!!」


赤く光る二つの目から叫び声が聞こえた瞬間、俺達はその音圧で降りてきた階段の端まで吹き飛んでいった。まだ姿も見えてないのに......! すると、すぐに奥の檻から魔物が姿を現した。細い足でありながら、その大きな体と両腕の巨大な鎌を支えていた。そして、額には緑色の宝玉とぎょろりと光る赤い目が同時にきらりと輝いた。あれは、姉さんと同じ魔人って事じゃないか?


「もしかして、魔人? 姉さん以外初めてみた」


「魔族の死にぞこないか!? あれはたしか......風切魔のバンシィだ!」


バンシィは俺達を見るなり叫び声をあげながら両腕の鎌を無作為に振り下ろしていく。俺や姉さんはもちろん、フィドルとルミもそれらを避けるが奴の声によって平衡感覚を失い、簡単に避けられるような攻撃でも俺達は吹き飛ばされてしまった。


「ぐはぁ!? なんて、力だ!!」


「なにこれ!? こんな子知らないんだけど!?」


「み、皆さん大丈夫ですか!!」


ルミの癒しの力が、俺達の全身に沁みわたる。かすむ視界の中で、光るものを捕らえた。バンシィが住処にしていた、あの檻の中! あれは、間違いなく剣!


「あのバンシィ、オレ達を檻に入れないようにしてる気がするぜ」


「俺もそう思った。あの先に見えた光は、剣の刃の煌めき。たぶん、聖剣! あれを奪うためさっきの傷だらけの人の仲間も戦ったんだろう」


「聖剣を守る魔獣ねぇ......。案外私達、意外に勇者ご一行みたいな冒険しちゃってる感じ? だとしたら、悪くないっ!!」


その言葉に心を奪われた俺は再び、立ち上がった。

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