7:フェイク

 「魔獣島? 国の自然保護区だとか言ってたが、あそこ絶滅危惧種の魔族と野生動物がいるただの魔境だろ? 人間様の住める場所じゃあねえだろ」


山を登っている間、フィドルからずっと質問攻めにあっていた。俺の生まれ育った場所。自分のこと、ニア姉さんとの関係のこと。これまでの俺の人生全部だ。でも、俺はなんであの島にいたのかは知らない。姉さんも、俺のことは「浜で泣いていた俺を拾った」としか言わない。それ以上でもそれ以下でもないからな......。


「まあ、最初は姉さんにおんぶにだっこだけど。成長すれば、自給自足はできるようになったよ。12くらいのときかな?」


「あんたを拾って、16年くらいか。身長も気も大きくなっちゃってさ。可愛げがなくなったよ」


「そんなほのぼの話ができるとこじゃねえって......」


談笑しているうちに、山の半分くらいは登ってきただろうか。ここまで約2日くらいかかった。常人なら7日ほどかかると言われているほどのウオロイ山だが、常に極限状態で生活していた俺達姉弟はまだ体力も消耗していない。ただ、驚いたのは俺たちについてこれているフィドルだ。


「それにしてもよくついてこれるな、フィドル」


俺はフィドルの方へ振り向いて、少し休憩がてら山道に転がっていた小さな岩に腰かけた。すると、フィドルも息を整えて切り株の上に座り込み始めた。


「誰にもの言ってんだ。俺だって伊達に修羅場くぐってねえさ。それに、俺には叶えたい夢があるんだ」


「ラストワンになった勇者は自分の願いを叶えられるんだっけ。何を願うんだ?」


「世界中のカジノへ行ける権利、かな? まず、世界を旅するにはこの国では勇者の肩書は必須。絶対条件だ。加えて、カジノへ行ける権利。そしてそれらの場所。こういうの全部知りたい。世界中のカジノで遊ぶのが、俺の願い。夢なのさ」


「稼ぎたいとかじゃなくて、遊ぶか。まあ、あんたが楽しいならいいんじゃない? 俺はよくわからんけど」


「おまえも一回連れて行ってやるよ。一番楽しいカジノへよ」


「お二人さん。話してるとこわるいんだけどさ、先を急ぎたくないの?」


俺達二人が座っている間も、ずっと立ちっぱなしだったニアがこちらに手を振っていた。もう少し休憩したいが、勇者になるためだ。急がないと。


「そうだった。よし、少し暖まるため運動するか」


俺はその場で破魔震伝流の構えの一つ『震』をやってのけた。それは、その場で動かずに体全体を振動させることだ。つまり、流派を極めるための基礎訓練だ。これをやると体が暖まる。


「やっぱその動き、いつ見ても慣れねえわ」


「破魔震伝流のこと? なんか変だった?」


「別に変じゃねえよ。ただ、身震いしてるだけにしか見えなくてな......。それより、先へ急ぐぞ。誰かに先越されちまう」


フィドルが山を駆けあがると、ニア姉さんが2倍くらいのスピードでひょいひょいと崖を登っていく。俺は姉さんに食らいつきながら登っていく。山の頂上がどんどん近づいてくる。すると、頂上の方からザザザと雪を滑ってくるような音が聞こえ始めた。誰かが頂上から降りてきたのか??


「こんな山に動物? いや、魔族?」


「おいおい、勘弁してくれよ。生き残りの化け物なんか相手したくないぜ」


「なんか言った?」


「ああ、悪い。だが、ホントのことだろ? 多くの都市は魔族によって破壊された跡がある。その傷が癒えず、化け物呼ばわりする奴がいるのは当然だろ! って、聞いてんのか?」


姉さんの顔が静かになった。沈黙が走ると、姉さんは耳はピンと立たせて警戒し始めた。俺達も、その姿に息を呑みよく耳を澄ませてみた。すると、雪の波がこちらへ近づいてくるのが聞こえた。轟音と共にこちらへ迫っている! 待て、波の先端に誰かいる!? 魔族か? それとも、勇者候補か?? どちらにせよ、頂上の感想は聞く必要はあるな......って言ってる場合か!!



「う、うああ!? だ、誰か止めて~~」


雪崩とともに頂上から降りてきたのはなんと女の子だった。俺と同じくらいか、年下くらいの白い肌を寒さで顔を真っ赤に染めた子......。手には、彼女の身長以上もある魔法の杖のようなもの。そして、もう片方の手には剣を持っていた。あの剣の柄の形、間違いない勇者の聖剣だ。俺達は雪崩に屈さず、その子の腕を掴み雪崩が行き過ぎるのを待った。


「あなた、その手に持ってるの聖剣だよね......! 頂上で見つけたの?」


轟音で聞こえにくい互いの声のお陰で、さらに姉さんの声が大きくなる。雪崩のせいか、彼女の言葉でか、雪の降るこの山道の気温がまた少し凍てつき始めた。

フィドルは拳銃を取り出し、姉さんも俺も拳を構えて戦闘態勢を整えた。


「ひ、ひぃいい!! 私、放しませんからね!! 雪崩の中に投げ込んだっていいんですからね!!」


がくがくぶるぶると震える少女は、力いっぱい姉さんの腕に噛みついた。彼女は姉さんの腕から離れ、両手に自分の武器と聖剣を抱えながら雪崩を利用して山を下っていった。


「くそ! 頂上行けなかったじゃん!!」


「言ってる場合!? ジュノ、聖剣取らないと勇者なれないよ! 聖地巡礼は勇者になってからにしなさいよ!」


「わ、わかってるって! 急いで彼女を追わなきゃ!!」


「追う必要はない! この銃は使いたくなかったが、仕方ねえ。祝福『絶対命中エンドマーク』発動!」


フィドルが胸ポケットからこれまで持っていたものよりも一回り小さい拳銃を取り出して、そのまま引き金を引いた。弾は二発放たれ、その二発は彼女の両足を打ち抜いた。


「いやあ!」


叫び声のする方へ向かうと、両足に銃創を負った彼女と赤く染まりはじめる白い雪が広がっていた。彼女の元へ走り、俺は銃弾を取り除き自分の袖を引きちぎり応急処置をした。


「なにしてんだよ! 怪我してるじゃないか!! 俺の時みたいにモデルガン使えばいいだろ」


「モデルガンはお前らが壊したろ! あれ一丁しかないんだよ! さあ、おとなしく聖剣を渡しな」


フィドルが右手をくいくいと曲げるも、聖剣を持つ彼女はその手を剣から手放さない。痛みで涙を流しながらも、その決心は首をはっきり横に振ったことで明らかに硬かった。


「い、いやです!! 私は、私の世界に帰るんです! そのために勇者にならなくちゃいけないんです!」


「ここで死ぬのと、再挑戦するのとどちらが得かあんたでもわかるはずだろ」


「フィドル! ここは、お前の夢よりこの子の方が大切だろ!!」


「夢の価値は人それぞれだろうが。優先順位なんてない! 勝ち残った者が願いを叶える。それがこのショーのルールだろうが。なんなら、お前達全員相手にしてやってもいいぜ。俺の能力はハッキリ言って最強だ。脳天決めれば一発だ」


「仲間じゃなかったのか......? 俺達」


「何言ってんだ? 俺たちは勇者候補。その時点でたった一つの何かを奪い合う敵同士だろ? いままでのは見つかるまでの同盟。かりそめのパーティに過ぎない。......皆まで言わせるなよ」


そう言うと、フィドルは強引に彼女から聖剣を奪い取った。その瞬間に剣はボロボロと崩れ始めた。


「な、なに!?」


「どういうこと!?」


崩れた剣は細い棒へと変わり果てていく。その棒の先端を見ると「はずれ」という文字の刻印がされていた。


「ふざけんな!!」


「レオってあの派手衣装の男、多分人の事小馬鹿にするタイプね。質が悪いわね」


かつて剣だったものを見つめるフィドルに同情の言葉もかけず、ニアはその棒を奪い取り曲げ始めた。その人相は笑いつつも、どこか怒りを抱えているようだった。こういうときの姉さんは恐ろしい。そっとしておこう。そういえば、あの子は?


「きみ、大丈夫!?」


女の子はさきほどフィドルが強引に剣を抜いたせいか、手や体に傷ができていた。だが、彼女自身は光に包まれ始めた。その光が、傷に集まっていてそれを癒していた。


「治癒魔法、あるので大丈夫......です。お構いなく......」


こっちも意気消沈って感じだな......。

さっき「元の世界に帰りたい」って言ってたから異世界から来たのだろうか。でも、魔法が使えるなんて珍しいな。たしか異世界人って、魔力も持たないって姉さんが教えてくれた気がするけど......。


「それで、このギャンブラーどうする? 女の子傷つけた罪は重いと思うけど?」


「俺達が制裁を加える必要はないよ、姉さん。俺達は勇者候補であって、本当の勇者じゃない。正義を語る舞台に立ててない。それに、夢を追うためにどんな犠牲を払う姿勢は理解できるから。でもさ、もう二度と俺の前でしないでよ。次はないから」


俺はフィドルの手を強く握りしめた。彼は苦痛に顔をゆがめた。俺の手を弱く握り返して睨みつける。


「構いやしねえ。むしろ、返り討ちにしてやるさ。それが、ラストワンショーの勇者候補の宿命だ。なれ合うために来てねえ」


俺達二人が手を離すと、それを見越したかのように女の子は涙声で叫び始めた。


「ああ! もう、また死ねなかった!! なんなのよ、この祝福ってやつ!!」


「君も祝福を?」


「うん。『絶対治癒』っていうらしいの。自分のケガや死を克服できる治癒魔法が、自動でかかる祝福。私は、元の世界で自殺しようとしていた。なにもかも嫌で逃げ出したくて飛び降りた。でも、この世界にいた。そして、勝手に生かされるスキルを手にしちゃった。なんなのこれ、呪い? この世界って、なんなの?」


この子、目に光がない。やつれてて、相当思い詰めたような顔だ。それでも、俺はこの子が『死にたい』と本当に思ってるとは思えない。この子には、俺たちに似た強い意志を感じる。それに、元の世界が嫌なのにどうして帰ろうとするのだろう。矛盾が多い。


「何って言われても......。簡単に言うと、勇者が魔王を倒して平和になった世界って感じかな? ま、私はその倒された魔王の1人から生まれた娘だけどね」


「え、え?」


「魔族の生き残りだろうが、クズのギャンブラーだろうが、体力バカだろうが勇者を目指し、信じた夢のため戦う。それが『ザ・ラストワン・ショー』だ。お前もその賭けに乗った口だろ」


フィドルも自虐しながら、彼女に手を差し伸べる。だが、彼女は少し躊躇する。そうだろう。初対面が最悪だったからな。俺はフィドルの隣に座り、彼女の目線に合わせた。


「君は何を望む? 僕は最高の勇者になるのを望む。困った人に手を差し伸べられる勇者となるためだ。だから、君にだって手を差し伸べる。君は、生き残ってなにを成したい?」


「わ、私は......。 死ぬとしても、ここでは死にたくない。どうせなら、元の世界で一番好きだった景色を見て死にたい。だから、元の世界に帰るのが私の願い......」


「そっか、元の世界に帰れるといいね......。俺の名はジュノ。君は?」


「ルミ......。よろしく、ジュノさん」


そういうと、俺とフィドルの手を取り彼女は立ち上がる。


「あ、あと......」


瞳を震わせながら目線をフィドルの方を向けると、彼は優しい声色で彼女を刺激しないように名乗りはじめた。


「フィドルだ。さっきは、悪かったな」


「ニアでーす。よろしく」


続けて姉さんも軽く自己紹介を終えると、さらに続けて話し始めた。


「それにしても、当たり外れちゃったなぁ......。他に行く当ても思いつかないしなぁ......」


「あ、あの......。私、行く当てなら少し思い当たるものが」


すると、ルミがおどおどとした声でゆっくりと手を挙げた。それに食いつく姉さん。その距離感はすでに姉さんの術中だ。姉さんはぐいぐい行くタイプだからな。彼女、今後も大変だろうな。姉さん自身、初めての女の子との会話だろうし。


「ほう、なになに?」


「え、えと......。セレモニア城跡っていうところ、ありますか?」


「うん! あるある! でも、なんでそこ?」


「勇者の多くがそこに行ったって情報が、勇者の証の伝達機能から流れてて......。でも、ほとんどの勇者が退場してるって」


「何者かに殺されてるってことか? それが聖剣の守護者ってんなら合点がいくけど......。 なんにせよ、王国時代の城はカノンゆかりの地だな。行く価値はありそうだ。おまえはどうする? ジュノ」


「なら行こう! セレモニア城!!」

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