6:祝福を与えられし勇者

 教会を出て3日、少しかかったがウオロイ山麓の豊かで美しい森林が広がっていた。まさしく神の祝福による美しさだ。勇者カノンも、この山で祝福と言う名の精剣を受け取った。だから、俺に取ってここは聖地のようなものだ。 俺もここに来れたと思うと、胸が高鳴る......。


「なにずっと、山を見てんの」


姉さんは俺に声をかけたと同時に、彼女は俺の頬をつねった。


「いてててて!! いや、感傷に浸ってました......」


目の前にそびえ立つ神聖なオーラを放つ山に、俺は震えていた。今までどれだけ聖地巡礼したいと言っても聞いてくれない姉さんとこうやってこれたんだ。ここまで来たら山頂に登ってみたい。 俺は目的を忘れて山頂へ目指そうと足を踏み出した。


「ウオロイ山を目指してるルーキーってのはあんたか?」


生き生きと走り出したのも束の間、一人の男が俺を呼び留めた。俺が足を止めて振り向く。姉さんもぶつかりそうな距離でギリギリで止まって眉をひそめていた。


「なによ、出鼻くじかれまくりじゃない」


「俺達は常に監視し合ってるだろ? それに、あんたの証からずっと声が入りっぱなしだぜ?」


「え? そうなの? ありがとう......」


「お礼ついでのお節介で教えてやる。この山に聖剣はない。多くの勇者が落胆した顔をその眼でみてきた。だが、この情報を信じるかはお前次第ってやつだがな」


男はテンガロンハットを目深にかぶり、口元をにやりと不信に笑ってみせた。それは山を降りてきた勇者たちに対する嘲笑なのか、これから登ろうとする俺への呆れ笑いなのか俺には理解できなかった。ただ、姉さんは疑い深く、俺の前に出てきては守るような体勢でテンガロンハットの男に指を差した。


「ジュノ、罠にかかっちゃだめ。こいつ、そう言って山に近づかせないつもりよ。そうして誰もこなくなったところを狙ってゆっくり登るつもりよ」


「人聞き悪いこというなよ。これでも俺は勇者に選ばれたんだぜ? 善意ってもんは多少ある。はっきり言ってやる。お前達は時間の無駄だ。”祝福”も与えられてなさそうな普通の勇者は指を咥えてるしかねえんだよ......」


男はため息をついて、俺を見つめた。「祝福ってなんだ?」その疑問さえも見透かされ、呆れられてるようだ。


「え? 祝福? そんなの、聞いたことある? ジュノ」


「いや、一つだけ思い当たるとしたら『大勇者カノンに祝福を』という初めの文章かもしれない。もし、あれがただの挨拶じゃなくて神様が何かを与えたっていう意味だとしたら......。なにかしらのスキルを『祝福』って呼んでるのかも」


「察しがいいな、その通りだ。俺の祝福は『絶対命中』。狙った標的マトには必ず当たる。面白くないほどにな!」


あれは、たしか拳銃!? こいつ、異世界の武器を使えるのか? だが、男はズボンから取り出した拳銃をあらぬ方向へ向けて撃ち始めた。こいつ、射撃下手くそすぎんか?だが、俺が彼の方へ飛びかかろうとしたその時、背後から足をつんざくような激しい痛みが走った。


「な、なんだ!?」


倒れ込んで自分の足を見ると、丸い弾が足のふくらはぎあたりにめり込んでいた。

銃撃戦は姉さんと模擬戦したことあるけど、実弾じゃないのか? こいつ、何者だ?


「あんた、何者だ? この国の人間か?」


「もちろん共和国生まれ、共和国育ちだ。俺の名はフィドル、そして俺の相棒はこの異世界製の玩具銃モデルガン。さて、名前も祝福も教えてしまった。あんたに恨みはないが、退場リタイアしてもらうしかないなぁ!」


フィドルが銃口を姉さんの方へ向ける。俺は奴の方へ拳を向けて、走り出していく。銃弾は姉さんの顔をスレスレに走りぬけ、俺の方へ向かっていった。やっぱり、オレが狙いか!!


「あんたを倒せば、銃弾はどこへ向かうんだ?」


「そんなの、なったことねえ。やらせるわけねえからなぁ!」


フィドルの放つ二発目の銃弾が眉間に迫る。俺は苦手ながらも、残像を生み出すほどの速さで回避する震避を繰り出した。 だが、銃弾はUターンして俺の眉間をひたすら追いかける。  こうなったら賭けだが、あの銃弾に当たるまえにこいつをぶっ倒す!


「破魔震伝流 ‐震避‐!!」


分身に近いくらいに、残像を生み出しながら俺はフィドルに近づいていく。彼はどの俺に狙いを定めていいか分からず狼狽えていた。どうやら祝福とやらも万能じゃないようだな。たぶん、あれは目で捕らえたものを狙えるタイプの能力。なら、分身したまま攻撃したのは正解だったみたいだな。


「ぐわぁ!? ば、ばかなっ!!」


「バカなことも可能なのが破魔震伝流の強さよ! 勇者カノン秘伝の拳法舐めんな!」


彼が意識を失った時点で、銃弾は威力を失い地面に転がった。それを見たフィドルは目線を姉さんに向けた。その瞳は、どこか標的を狙うスコープのようになっていた。


「なら、標的を変えるだけだ!」


姉さんの死角になるように、俺に銃口を向けるが俺がしゃがみ姉さんにその銃口を見せた。姉さんはその一瞬で自分の背中に付けていた双剣を抜き、俺を飛び越え彼の拳銃を真っ二つにした。


「お生憎様。私、あいつよりもっと強いから。だって私、師匠だもん」


「揃いも揃って化け物かよ......。 くそ、こんな大きな賭けやるんじゃなかったぜ......。 ははは」


なにか憑き物が落ちたかのようにフィドルが地面にドンと座り込み乾いた笑いを見せた。長い溜息を地面に吐いた後、フィドルは改めてこちらを向いた。


「だが、収穫もあったぜ。 あんた達、勝ち馬になれそうだぜ? そういや、あんたたちの名前を聞いてなかったな。名前を教えてくれ」


「俺はジュノ。こっちは、俺の姉さんでニア。今度はあんたが教える番だ。祝福ってなんだ? どうすれば身に付く?」


「お前みたいに鍛錬して身に付くもんじゃねえよ。生まれつきのものだ。だが、お前のその武の才能も一つの『祝福』ってやつなのかもな。名前がないだけで......。俺は『絶対必中の祝福』という名前を持っている。それだけのことだ」


「なあんだ。残念ね、ジュノ」


「いや、いいんだ。俺は自分ので、勇者の座を勝ち取るって決めたんだ。今更ないものねだりしないさ。......」


「本当は?」


「かっこいいから欲しいに決まってるだろ!! 言わせないでよ、姉さん」


「あはっ! 案外子供だねぇ、あんちゃんも。素直な奴は嫌いじゃねえ。せいぜいカモにならないよう気ぃつけんだな。じゃあ、俺はここで失礼するよ」


手を振るフィドルに、俺は肩を掴んで引き留めた。

この人にはまだ聞けることがある気がする。


「後もう一つ、聞いていいか? この山頂に剣がないってのは本当?」


「知るか。俺は行ってない。行く意味もないと思ってるがな」


フィドルは諦めてるようだが、俺は諦めない。

まあ、単に聖地を見たいという気持ちもある。でも、俺は目の前に可能性があるなら、それに踏み込む。そういう勇気も試されてるんだと思う。


「行ってみないとわからないだろ!」


「誰もが思いつくこの地に、俺ら以外誰も通ってこなかった。なら、ここにない確率は高い! 俺は勝ち目のないギャンブルはしない!」


フィドルは呆れてものも言えないとため息をつき、背中を向けた。

止める義理はない。それでも、俺は彼と戦ったときの彼の笑顔が忘れられない。

でも、その笑顔は今はない。なにが彼をそうさせるのか、興味が湧いてきた。

他の勇者も、どんな願いを持ってるのかとかも知りたい!


「でも勝ち馬なんだろ? 俺達は。俺たちに乗れば、自分の願いに近づけるとおもってるんだろ? じゃあ、俺に賭けてくれよ。一緒に頂上に行こう!」


「俺は根拠のない自信ってのは、ギャンブルに負ける所作の一つだと思っている。お前にその根拠を示せると?」


やっぱり、彼は無類のギャンブル好きだ。でも、今は始まる前からゲームに降りようとしている。それが気になって仕方ない。


「俺は運がいいんだ。人一人寄せ付けない魔獣島で置き去りにされてもなお生き残ったんだ。これで、根拠にならないか?」


「運か。面白い! なら、その運勢俺が占ってやる。この、幸福のコインでな」


そういうと、フィドルは割れた拳銃を捨ててポケットからコインを取り出した。コインには裏表違う絵柄のものが刻印されており、表には勇者カノンの顔が記されていた。初めてみるものだ。もしかして限定金貨とか? 俺はその高揚しそうな感情を抑えて、冷静に聞いてみた。


「あんたも勇者カノン推しか?」


「え? い、いや、ただのお守りみたいなもんだ。これで自分の運勢を占うと、幸福が転がり込む。表ならお前と組む。裏なら、お前をぶっ飛ばして今生の別れとしよう」


指ではじかれたコインが青空を舞う。そして、フィドルの手の甲に着地した。誰もその裏表を追っていない。彼自身もたぶん、不正はしてない。いや、しないだろう。あいつはそういうところは正直にするはずだ。


「なるほど、運はお前に味方した! 運の良さってのは確かなようだな」


そう言うと彼はコインをこちらに見せた。コインは表だ。彼の顔に視線を移すと、ため息をついていた割にはフィドルは少し笑みを浮かべてた。変な奴だが、これから面白くなりそうだ。

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