3:勇者になろう!

 港町は、やけに静かで釣り人1人としていない。町を行きかう人々にも、生気はなく、彼らに話を聞ける様子でもなさそうだった。本当にここが大国『セレモニア共和国』の都市「シャスティア」なのか?


「なにか、変ね」


「いつもは違うの?」


潮風で姉さんの髪が揺れる。瞬間、彼女の輝く瞳がきらりと見えた。その瞳は不気味な街並みをじっくりと捉えていた。彼女に見惚れていると、アビスが俺の背中をつついた。


「なにか胸騒ぎがする。姫様を頼むぞ、小僧。貴様が約束を違えた時は殺すからな」


「わかってる。俺だってバカじゃないし、弱くもないさ」


俺が一歩踏み出すと、アビスは海へと消えていった。


「雰囲気に飲まれてたら勇者になんてなれない! 姉さん、まずは勇者になるための試練を探そう」


「そうね! 気にしたって仕方がない! とにかく歩いてみようか」


「当てもなく?」


「私ギルドで稼いでたから、顔見知りなんだ。少しそこに行ってみない?」


「今はそれしかないね。行こう」


 俺達はギルドを目的地として街を歩き始めた。島とは違う生活感ある整備された道や景色に少し酔いそうだ。姉さんに連れられて裏道を通り抜けると、ギルド施設が見えた。すると、その前に3人ほど人がたむろしていた。ここで初めての人間だ。だがなにか変だ。こいつらのガラの悪さは店だけでなく、このあたりを黙らせているようだった。


「おいおいおいおい、こいつら俺達の縄張りに無断で入りやがったぜ?」


1人の男は、短刀を持っていいサンドバッグが来たと言わんばかりにこちらにすり寄ってきた。


「1人は魔人か? 魔族の体は高く売れるぞぉ~。お前ら、絶対に逃すな」


短刀を持った男の後ろから割って入ってきたのは、頭二つ抜けた大男だった。その男は猫背になりながら俺達を見下ろしていた。


「はいよ、


最後に、鎖付きの鉄球を持った男が黒メガネをかけ直しながら、ニヤついた。つーか今、あの大男の事、勇者って言ったのか? もしかして、あいつも勇者なのか?


「お前、勇者なのか?」


俺は大男に声をかけた。すると、彼はニヤリを笑みを浮かべて服に着いた金色のブローチを見せて来た。勇者の証かなんかなのか? にしてもひけらかすもんじゃねえだろ。


「見ろよ。これが証だ。俺は勇者ギルドの勇者『ゼマーカ』様だ! ダハハハハッ!!!」


ゼマーカは大きく高笑いをすると、ニアもそれにつられて笑い始めた。


「ギャハハハハ!! あんたが勇者? 冗談よしてよ。あんたみたいな群れでしかイキれない猿山の大将が勇者だなんて、ホント世も末ってやつよ」


ニアはすぐに自分の拳を構えた。俺もすかさず、構えようとすると、彼女は首を横に振る。


「こんな奴ら、ジュノが出る必要もない。私の指一本で十分。 さあ、始めにの倒されたいのは誰だい?」


「ようし、お前殺す。 絶対殺す。おい、お前がやれ」


ゼマーカは頭に青筋を立てながら、短刀持ちの男に指示を出してニアの元へ行かせた。男は直進して、短刀で素早く突くが、姉さんはそのすべてをことごとくを避けていった。その後、姉さん自身の宣言通り、右手を伸ばしてデコピン一発で男をフッ飛ばしていった。あれ、俺と同じ破魔震伝流使ってんだよな? 毎度思うけど......。


「ごめん、デコピンだから指二本だったわ」


一瞬の出来事に、全員が時間停止したかのように固まった。だがただ一人、大男のゼマーカは震えながらも腰に持っていた剣を鞘から抜刀していた。


「やるじゃない。 それでも、腰が入ってないわよ」


ゼマーカの背後に隠れてもう一人の男もニアに近づく。ニアはそれを見て少しニヤリと笑ったようだった。この状況で、笑えるのか? いや、姉さんは戦いを楽しむタイプだ。 俺以外の相手をいつも欲しがっていた。


「黙れ!!! 気に食わない奴は全部、殺す! それが許されるのが勇者の特権なんだよ!!」


ゼマーカと後ろの男が同時に刀を振り下ろす。だが、ニアはその二つを片手のさらに人差し指と中指ではさんでいた。ゼマーカは振り払おうとするが、ガタガタと擦る音がするだけで動く気配ない。瞬間、ニアから力が伝播されると、刀がボロボロに砕かれていった。


「失せろ、そして二度と貴様が勇者と名乗るな」


「ひ、ひぃ!!」


ゼマーカたちは姉さんの覇気に負けて言い返す間もなく退散していった。


「おととい来やがれってんだ」


「ったく、血の気が多いな。姉さんは」


姉さんはギザ歯を見せてニッコリと笑って胸を張ってみせた。すると、悪漢勇者討伐を気に堰を切るように人が集まり始めた。


「お前さん、あの勇者まがいを倒したんか?」


老人が姉さんの元へ冷や汗をかきながら話しかけてきた。

彼の緊張感がこちらにも伝わって来て俺まで汗をかきそうだ。


「え、ダメ......。だったとか?」


「とんでもない! むしろ助かった! あの男は勇者だと偽り、我々に金や食を無心しよった。困り果てていたんだが、そこに君が現れたんじゃ。君こそ、勇者と呼ぶにふさわしい」


その言葉がトリガーになったのか、奥から女性が現れた。その女性は端正な顔立ちでありながら感情の機微がなくて少し不思議な人だった。


「ニア様、おめでとうございます。あなたは我が党の公正な審査により選ばれ、これよりあなたは勇者候補となります」


女性は姉さんに小さなカードのようなものを渡してきた。硬めの素材で作られており、姉さんの怪力でさえも割ることもできないようだった。姉さんから借り受けると、そこにはすでに姉さんの名前と顔写真が描かれていた。そして『勇者認定証』と書かれていた。これが、例のショーへの切符になるのか。


「こちらが『ザ・ラストワン・ショー』への参加証明となります。ぜひ、我らにあなたの力を示して下さい。私か、市民の誰かに証を見せれば会場へご案内できますので、3日以内にご提示くださいね。では、よき勇者ライフを!」


ことごとく意味不明な言葉を言い終わると、質問を受け付けずに女性は移動魔法か何かを使ってその場を消えるように立ち去った。再び静かになった街並みを二人で見つめてみた。


「この町に着いたときからすでに『ショー』は始まっていたってことね。でも、私が初めに勇者に選ばれちゃった。なんか、ごめんねジュノ」


「いや、いいんだ。 実際半信半疑だったのが事実になったんだ。 俺にとってはそれだけで朗報だよ!! でも、あと3日か......。」


俺は内心悔しかった。でも、悔しさを前に出したら恥ずかしいし、情けなく感じちゃう。俺は姉さんに見えないように唇をかみしめた。


「じゃあ、今度はジュノの場合だね。私も手伝うよ、機会を奪っちゃった埋め合わせもしたいしさ」


「ありがとう。でも、いいんだ。俺の勇者への道は自分で切り開く! だから輝くんだ! それにいうだろ『本当の勇者は遅れて覚醒する』ってさ」


「初めて聞いたわよ。でも、いいんじゃない? 前向きで」


俺の声は震えていなかっただろうか。ニアの笑顔が少し苦笑いだったような感じがした。でも、これが俺の今の精いっぱいだ。俺は、俺のやり方で道を切り開く!

その言葉に嘘偽りはない!!


「なら、引き続き私はあんたが勇者になる姿を見届けるしかないわね。仕方ない、付き合ってあげる。でも、なるべく早くね」


息巻いて歩き始める俺に、ニアはため息交じりに肩を回して一緒に歩き始めた。彼女の体重が重くのしかかるも、俺は彼女を振り切り少し小走りした後、立ち止まった。そのまま立ちつくし、自分の心からあふれそうな羨ましさや妬ましさを振り払うように拳を突き上げた。


「まずは、さっきと同じ金色のブローチの人間を探すぞ!!」


「それでいいの?」


「とにかくやれることやってやるさ! だって俺は、勇者になりたくてここまで来たんだからな!」


「そうね、楽しみにするわ」


俺は見知らぬ街にめまいしながらも、活気づきはじめたその町をまっすぐ進んでいった。

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