2:勇者の試練 序(プレリュード)

 「師匠の私を越えることこそ、勇者の最後の試練。さあ、思う存分成果を見せなさい!!」


ニアがまだ魔王の子孫だってことは受け入れられてないけど、戦うしかない。心の中にあるモヤモヤは、戦いの中で晴らすしかない。彼女は三戦サンチンの構えで集中している。 俺だって、一人前になったところ見せてやるぜ!!


「ぶっ潰れても知らないよ! 破魔震伝流 ‐螺刹‐」


先手必勝、そして手数の多さで攻める!!

だが、その読みは彼女にすでに読まれていた。彼女は少ない手数でそのすべてを避けきる。まるで、霞に挑んでいるような、拳の虚無感......。


「破魔震伝流の応用その1。 相手の攻撃をかわす震避しんぴ そして、これがさらなる応用その2、伝返でんぺん 相手の力を受け流し、そのまま返す」


その瞬間、痛みもなく俺の右腕が曲がらない方向へ曲がった。その後、声にもならない激痛が脳と体全体を麻痺させていく。


「......!!!  -----!!!」


「ほらほら、どうした? 利き手がそんなんじゃあ、私に一発でさえ当てられないわよ? さあ、今度は私の番よ 破魔震伝流 ‐円舞震戟ワルツ・シンフォニー‐!」


ニアは両腕をゆらゆらと揺らし、舞のような踊りを踊ったかと思うと、その踊りはだんだんと加速していった。その加速とともに、周りに風圧が増していってその風のひとつひとつがカッターのように俺の身体を傷つけていく。俺はあの避ける技が苦手だ。だが、苦手意識していたらダメだ!! 苦手を克服してこそ、苦難を乗り越えてこそ勇者として輝く!! 体全体を震わせ、彼女の生み出す予測のできない風の攻撃を軽傷に済ませる程度でかわしていく。


「おやおや、攻撃が最大の防御だっていって震避を怠ったお子ちゃまが案外やるじゃない......。さあ、今度はどうする? 利き手はもう使えないでしょ」


だが、左腕がある。右より力は劣るが、魂揺くらいは......。いや、ストレートに正拳突きを狙ってはだめだ!! ここは、苦手だが......。 あの技を使うしかない。

俺はすかさず、彼女に背中を向けて回転を加えながら裏拳を彼女の顔に当てることにした。


「破魔震伝流 ‐巳鞭へびむち‐!!」


「いい筋してるじゃない......。あんたなら素直で、直線的な拳で来ると思ってたよ......。 でも、技の練度が違うわね。苦手だろうし、性格にあわんのかもしれないけど、勇者はいつだって非情な戦いを強いられる。そう教えたわよね!! 破魔震伝流 ‐円舞震戟‐!!」


よりによって使えない右腕の方から!! ここは、体勢を変えて受け流す!!


「あっぶねえ......」


「後ねえ、あんたまだ恥ずかしがってるでしょ。技の名前を言うの」


くっ、バレてたか......。 ていうか、初めから気になってた。技の威力に技名の叫びは関係ないだろって......。 でも、彼女は勇者はみんなそういうもんだって言うから......。 鵜呑みにしてたけど......。


「まぁだ真意にたどり着かんか。 丹田だよ。 お腹に力を入れる行動こそ、武道の基本。 その丹田を鍛えるのに一番は腹から声を出すこと。ただの大声じゃない。言葉の攻撃力が自分の拳を何倍にもするんだ。これだから、あんたはまだ『子供』のまんまなんだよ。 さあ、私を倒して最高の勇者になって!! 私のかわいいジュノ!!」



「やってやらぁ! 破魔震伝流 ‐百脚凌嵐‐!!!!」


これまでになく、自分の身体の中心が震えるほどまで大きな声を出した。その瞬間、自分の体全体の力が強張りと緩みの中間の心地よさにたどり着いた。いつもより足が伸びる。早く打てる。強く打てる......。これが、明鏡止水フローってやつなのか? ニア姉さんを捉える足と俺の目。その動きに、姉さんは笑顔で受け止めた。


「いい蹴り♡ だけど、ここから第2ステージよ! これ、分かる?」


姉さんは背中に背負っていた二本の剣のうち、1本を抜刀しはじめた。


「剣? 反則だろ!」


「反則? 誰が決めたの? 私の流派は拳にも剣にも平等なのよ」


「はぁ!? 何言って」


瞬間、俺の耳元を鋭い刃がかすめた。頬につたう、少量の熱いもの......。俺はそれをぬぐって見つめた。血だ。そして、彼女の顔を見た。彼女の顔は、真剣だった。いつもそうだ。彼女がその顔のときは、いつも真実だということに......。俺は後ろへ下がり、守りの態勢に入る。


「守ってばかりじゃ、勇者になれないよ! 私があなたを殺す覚悟を決めたように、あなたも私を殺す覚悟を決めなさい!」


彼女の持つ剣の刃は、振動に呼応してか赤く光っている。その光がニア姉さんを妖しく照らしつける。その姿は、どう見ても夜に潜む猛獣のようだった。どうして、彼女は俺を殺す覚悟があるんだ!? 俺には、今の俺には......。無理だ......。


「そ、それは無理だ!! 血は繋がっていなくとも、家族だろ!! なんでそんな目ができるんだよ! 姉さん!!」


「初めて『姉さん』って言ってくれた。でも、今更情に訴えても遅いのよ! 私は待っていた。『お母さん』だとか『お姉ちゃん』とか、そう言ってほしかった! なのに、あなたはいつも『ニア』『ニア』ばかり!! 私は......あなたの家族になれない、そう思い知らされちゃった。こんな気持ちになるなら、人間なんて育てなければよかった!!」


彼女の眼には涙が溜まっていた。俺はその顔にたじろいでしまった。その一瞬で、ニアはすでに剣を俺の左肩に刺しこもうとしていた。俺はそれを骨折した右手で受け止め、彼女の体を寄せて優しく抱きしめた。


「は?」


「ごめん、姉さん。俺を育ててくれてありがとう。でも、俺は勇者になるんだ! だから、あんたを越える!! 破魔震伝流奥義 ‐魂揺・震‐!!!」



左腕も失う覚悟で、俺は一撃必殺の業を繰り出した。その正拳突きは、彼女の腹部へ正確無比に当たった。彼女は口から血を吐き、目を開いたままぐったりと倒れた。


「なんで......。なんで、殺さないといけないんだよ!!」


「いや、死んでないから」


姉さんの声が聞こえる。ああ、こんなにはっきりと......。彼女のぬくもりを感じる......。俺は姉さんの分まで、生きるよ。


「感傷に浸るな、バカ弟子が」


「ん?」


俺は彼女の顔を再度見た。すると、彼女は息を吹き返していた......。


「泣かない......。ていうかあんなしょっぱい拳じゃ、死んでも死にきれないよ」


「ね、姉さん......。あれでも、全力ですよ??」


「ああ~、よく寝た。でも、これからが本番だよ。島を出なくちゃ、ショーに参加できないからね」


無視かよ......。うつむいていると、ケロっとした顔で俺の右腕から剣を引き抜いた。痛みを抱えていると、右腕に聖治水エーテルで癒し始めた。そんな回復薬、どこに隠し持ってたんだ......。もしかして、そのエーテルをギリギリのタイミングを狙って浴びたのか? まあ、姉さんならあり得る話だ......。


「はぁ、泣きそうになった俺が損した。それで、そのラストワン・ショーに出るにはどうすればいいの?」


「わかんない。ただ、試練をクリアして勇者の証を手に入れれば参加できるって書いてる......」


「どこで試練を受けるのかもわかんないんじゃ、参加できるか心配だな」


「心配してる場合? それでも私の勇者になる気ある? まずは、行動あるのみ! でしょ? 船もイカダもないけど、荒波を越える友達はいるんだ」


そう言うと、彼女は俺がサイクロプスとの戦いで切り開いた道を歩いていった。俺も彼女の背中について、海辺へと向かった。いよいよ始まるんだ。俺の勇者への道が!! この瞬間から!!


「アビスおじちゃん! ひさしぶり」


「この海龍の姿は......海の支配魔? この龍がおじちゃん!?」


海にうねうねと体を動かす竜は、かつて勇者を恐怖へ陥れた海の支配魔「アビス」であった。アビスと呼ばれたその海龍は、姉さんを見るなりため息をついた。


「やはり、旅立たれるのですか? 姫」


「いつも言ってるでしょ! 姫っていうの、禁止! そう言ったでしょ。ま、もう彼には知られたからいいけど」


「こいつが、姫をたぶらかした人間! こやつが勇者の......」


「そう! 勇者の卵!! そして、私はその師匠! この世界の最強・最高の勇者の誕生を私は見たい! だから、お願い! 私をセレモニア本土へ行かせて!」


アビスは姉さんの言葉に、顔をそらして悩み唇をかみしめていた。両目がなくても眉間のあたりにしわができてる......。きっと、それくらい彼女が大切なんだろうな。なら、俺が一歩前に出るしかないよな!


「俺からもお願いします! 俺が、彼女をこの島に送り届けます! 最高の勇者が、あなたの宝であり私の最高の母を生きて帰らせて見せます!!」


「ジュノ......」


その言葉に、ウソ偽りはない。その言葉にリヴァイアサンはこちらに顔を向けた。そして、歯のない口を大きく開いて笑ってみせた。


「ハハハハハ!!! ヒトの子がよく言う!! 面白い!! なら、行くがよい!! だが、約束を違えた時、私はお前を、人間を殺しに行くからな!! よく覚えておくのだな!!」


俺はただ頷くことしかできなかった。その様子にリヴァイアサンも納得したのか、俺達は晴れて島を旅立つことができた。さあ、いざ本土セレモニアへ!!






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