生きている限り…8

「お帰りなさい、ディー」

「お帰りなさい、父さん」

 帰宅を待っていたエリンとノヴァが迎えてくれた。今日はラディは遠慮して来ていなくて、そういう気のまわし方は彼らしいと思う。


「ただいま。ごめん、心配かけて」

 エリンを軽くハグする。

「ノヴァはもうすぐだろう? 順調?」

「うん、何も問題ないの」

 ノヴァの頭にポンと手をおいて、

「楽しみだね」

 心配ないようにと何でもない様子を無理に装って、ディープはソファで伸びをしていた。

「やっぱり、家はいいなぁ」


 普通に家族で食事をして、いつもの何気ない談笑をしただけで、特別なことは何もしなかった。

 その何事もないことのありがたさをあらためて感じた。


「ディー、そろそろ戻らないと」

 エリンに言われて、ディープは立ち上がった。

 不安そうな目をして並んで見送る、よく似ているようで、似ていない双子の子供達。

 もう自分より背の高いエヴァと、自分と同じくらいの背丈のノヴァ、ふたりの頭に小さい頃よくやったように、それぞれポンポンと手をのせて、ディープは笑顔になる。

「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるよ。あのケイトがわざわざ担当してくれるんだから、僕は心配してないんだ。それじゃ、おやすみ」


 エヴァもノヴァも子供の頃、ディープがそうやって頭に手をのせて、ニッコリ笑って「大丈夫だよ」と言うと、いつも安心だったことを思い出していた。


 エリンは助手席のディープの疲れた様子を気遣った。

「ディー。無理してたでしょう?」

「うん。やっぱり君の目はごまかせなかったか」

「あたりまえでしょ」少しすねたような怒った声。

「……エリン」

 エリンは、ディープの声の中にあらたまったものを感じた。

「はい」

「もし、ノヴァの出産とタイミングが重なってしまったら、ノヴァには自分と子供のことだけを考えるように言って。ラディにも自分達のことを優先するようにと」

「……わかりました」

「それから、僕はケイトを信じているからその点で不安はないけど、でも『絶対』ということはあり得ないから、もしもの場合は申し訳ないけど、あとは頼むね」

 彼女は、ディープが患者に治療について説明をするとき、『絶対』という言葉を使わないことをよく知っていた。

「わかってます。でも、2週間後、あなたは今日と同じように家に居て、『やっぱり家はいいなぁ』と言ってるはず」

 ディープは小さく微笑わらった。

「そうだね。君の言うことは確かだ」


 *


 オペの前夜遅く、ケイトは病室を訪れた。

 ディープはもう眠っていて、ケイトは静かにそばの椅子にすわり、しばらくその寝顔を見ていた。学生時代、こんな時こんな所でよく寝られると、何度も呆れたことを思い出す。


 夫役、父親役が気負うことなく自然体なのに対して、今回の患者役にはひどく戸惑っているようで、念のために安定剤と眠剤を処方したが、必要なかったようだ。眠れないでいるのではないかと思ったのは、無用の心配だった。


 データも安定していて、オペに向けて、何も問題は無かった。

(素敵なご家族だね。じゃあ、明日)

 少しして、彼女は部屋をあとにした。

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