生きている限り…9

 その時、ラディとノヴァはメディカルセンターに出かける準備をしていた。ラディはオペの前のディープを見送るため、ノヴァは定期検診があった。


「ノヴァ、用意できた?」

 ラディが声をかけると、リビングでノヴァは呆然と立ち尽くしていて、おびえた顔でふりむいた。

「どうしよう、こんなときに……」

 ノヴァの足元が濡れていた。

(破水か……!)

 ラディはノヴァをそっと抱きしめた。

「ノヴァ、落ち着いて。大丈夫だよ。僕がついてるから」

 ノヴァは大きく深呼吸して、

「……うん」

「この前、いつでも入院できるよう準備しておいて良かったね。僕は車をまわしてくるから。自分で分娩室に連絡できる?」

「大丈夫。連絡してみる」

「良かった。待ってて」

 既視感があった。ノヴァとエヴァが生まれるときは、もっと慌てふためいていたことを思い出した。


 ノヴァはとりあえず分娩予備室に入り、処置のために部屋の外で待つ間、ラディはエリンに連絡しようと端末を取り出した。チラリと時間を確認する。

(ディープはもうオペ室に入っているよな)

 しばらく呼び出し音を鳴らしてもエリンは応えず、エヴァを呼び出すと、こちらはほとんどワンコールで返事があった。

「ラディおじさん! どうしたの?!」

 いそいで事情を説明する。

「わかった。母さんは今、席を外していて……あ、戻ってきたから、代わるね」

 ラディの早口の説明をエリンは黙って聞いていたが、

「まだ時間がかかるから、一度そっちへ」と、言いかけたところで、

「何、言ってるの?!」怒りを含んだ声に急にさえぎられた。院内だということに配慮した押し殺した声で、「こっちに来ても、今できることは何もないでしょう?」

「でも……」

 エリンの声が少し柔らいだ。

「ディーがあなた達に伝えて欲しいと言ってた。もし、出産とタイミングが重なってしまったら、『生まれてくる子供のことを優先するように』って」

 ラディは言葉がなかった。

「あなただけがノヴァの側についていてあげられるのよ。こっちのことは心配しないで。大丈夫。あの子をよろしくお願いします」


 初産でも、ノヴァの分娩は順調に進んでいるらしかった。

 腰をさすってくれているラディが、フッと小さく思い出し笑いをしたのに気がついて、

「ルー、何を考えてるの?」

 苦しい中、ノヴァはたずねた。

「君達ふたりが生まれたときのことを思い出していた。あのときと違うのは、僕が堂々と分娩室の中に入って、君に立ち会うことが出来るってこと」

「そうね」

 ノヴァも笑って、少しだけ痛みが柔らいだ気がした。


 やがて、ノヴァは分娩室に移動して、ラディも室内に入るために、助産師から滅菌ガウンを渡された。


 —— 既視感があった。


 *


 あのとき、分娩室の外で助産師と押し問答になった。

「そのときになって、立ち会いをためらう方もけっこういらっしゃるんですよ。でも、大丈夫ですからね」

「違っ、僕は!」

 自分はエリンのパートナーではないと、なかなか納得してもらえず、腕を取られたまま、滅菌ガウンを渡された。

 そのとき、息をはずませながら、廊下を走ってくるディープの姿が見えた。

 ディープはそのまま分娩室内に直行し、あっさりとラディは放免されて、気がつくと、ポツンと廊下にとり残されていた。

 そのまま、ひとり落ち着かない気持ちで、待合室で過ごしたこと。


(ディープ、絶対に戻ってこいよ。戻ってこなかったら、許さないからな。生まれてくる僕達の子供、君の孫となる子に会うために)


 ラディが生まれる子供は女の子らしいと伝えたとき、

「女の子? それは、楽しみだねぇ」

 ディープは意地悪く目を細め、人の悪い含み笑いをした。

 以前、『娘を持つなら覚悟しろ』と言われた。


(将来、娘のパートナーに僕がどんな態度をするのか、楽しみにしているんだろう? だから、絶対に戻ってくるんだ)


 あのときの、息をはずませて廊下を走ってきたディープの姿がよみがえる。


 そして、ラディは滅菌ガウンに袖を通し、分娩室内に足を踏み入れた。


 

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