生きている限り…5

 ディープが倒れたという連絡を受けて、ラディがクリニックに来ると、部屋の中では話し声がしていた。彼は立ち止まり、そのまま聞いていた。


「サラ、今日はありがとう。君の手際良い対応で助かったよ。母さんは動転してたし、僕は臨床はあまり得意じゃないから」

「いつも通りの手順でやっただけです。でも、良かった。母に任せれば安心です」

「聞いてもいい? 君はあまりお母さんに似てないようだけど……?」

「私は母と血の繋がりはないんです。母は未婚で、私は養子なので。私は両親について知りません」

「そう、なんだ。ごめん」

「なぜ、謝るんですか……?」

「僕は家族に恵まれて育ったから、そういう話を聞くと、何というか申し訳ない気持ちになって……」

「素敵なご家族ですよ。……うらやましい」


 話が少し途切れたあとで、クスッという小さなサラの笑い声がもれた。

「母と院長先生は、以前からの知り合いなんですが、聞いていましたか?」

「詳しくは知らない。父さんの医学生時代の同級だってことくらいで」

「母はああいう性格なので、友人もいなくて。ペアを組んで実習するとき、相手がいなくて困っていたところに、自然に声をかけたのが院長先生。それから、半年間一緒に組んだらしいですよ。でも、そのあと戦争の混乱で、連絡先もわからなくなって……。母が数年前にメディカルセンターに赴任して、そこで再会して、お互い驚いたって言ってました」

「そう……だったんだ」


「母が今まで頑張ってこられたのは、学生時代に自分を励ましてくれた明るい茶色の髪と同じ色の瞳をした人がいたから、と言ってました。きっとそのあとも心の中にずっと……」

「えっ……。じゃあ、独身シングルなのは?」

「それはわかりません。ドクターブルー、この話、内緒にしてくださいね。私、怒られてしまうので」

「わかった」そこで、エヴァは少し言い淀んだ。「あの……」


「はい?」

「こんなときになんだけど、君のことをサラって呼んでいい?僕のことは、できればドクターブルーではなく、エヴァと呼んでくれたら、嬉しいんだけど」

 少し間があいて、クスクスという笑い声。

「……わかりました。ふたりだけの時なら」

「ありがとう。はじめて見たときから、君の瞳は素敵だなって思っていたんだ」

 

 顔を出すタイミングをはかっていたラディは、ここで小さく咳払いして、声をかけた。

「エヴァ。ディープの具合はどうなんだ?」

 部屋に入った時、並んで座っていたふたりが不自然にパッと身体を離したので、苦笑する。

(おやおや……)


 このとき聞いたふたりのやりとりを、ラディは誰にも話すつもりはなかった。


 

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