生きている限り…3

 ディープが目を開けると、エリンが心配そうにのぞきこんでいた。

「ディー、気がついた?」

 白い天井、鼻からの酸素吸入、モニターと輸液がつながれていて、メディカルセンターの病室だとわかった。

「エリン。こんな……大げさな」

 思わずもれた言葉に、

「ディープ。エリンに感謝するならまだしも、責める相手を間違ってる。それは八つ当たりの甘えというものだよ」

 聞き覚えのある声がして、頭をめぐらせた。


「……ケイト」

 今、いちばん会いたくない相手、メディカルセンターの循環器部門長だ。

「何故? 君がわざわざ診るほどのことでもないだろう。今の君は責任ある忙しい立場なんだから」

「サラが対応して、ケイトにお願いしてくれたのよ。私は何もできなかった」

 エリンの言葉に、かすかに覚えていたのは……。


『メディカルセンターに緊急搬送しましょう。私、母に連絡しておきます』サラの声。

『母さん、あとは僕達に任せて。父さんと一緒に行って。大丈夫だよ』

 エヴァの声が遠い。


「そう、あの子に頼まれた。サラが私に助けを求めるなんて、滅多にないことだから」

 ケイトはタブレットをディープに渡して、

「さっきとったばかりのデータ。こんな状態でよく働いてたと呆れるけど。自分でもわかっていたんでしょ?」

「……うん」

「ディー、あなた……!」

 絶句しているエリンに、

「……ごめん」

「変わらないのね、自分のことはいつもあとまわしで。……バカじゃないの」

 自分だってあいかわらずの毒舌だろうと思いながら、ディープはタブレットを返し、尋ねた。

「それで?」

「1週間の検査入院といったところかな」

「1週間も!?」

「本当は2週間と言いたい。だけど、君は承知しないと思ったから。ここは絶対に譲れない」

 こういう言い方をするとき、彼女にこれ以上妥協する余地がないことは、今までの経験上、知っていた。

「……わかったよ。お手柔らかにたのむよ」

 ケイトはうなずいた。

「明日からさっそく検査を始めるから、今日はゆっくり休んで」そしてエリンに、「お大事に」そう言って会釈すると出ていった。


 彼女が去ったあとで、ディープはエリンに向き直った。

「エリン、悪かったよ。ごめん。君に辛い記憶を思い出させてしまった」

 まだ少し青ざめた顔色の彼女。倒れて苦しんでいるディープの様子に、きっと呆然として立ち尽くし、動けなかったのだろう。


 ——自分の苦しむ姿を見せたくない、そう言った「彼」の記憶がよみがえって。


「最悪の結果を想定して、今すぐ命に関わる事はないと思っていたから。僕の見通しが甘かったよ。君にもみんなにも余計に迷惑をかけることになった」

ディープは小さくため息をついた。

「クリニックはしばらく休診にするしかないかなぁ。子供達とサラに相談して考えを聞いてみて」

 まだ不安そうなエリンに、

「大丈夫だよ。君も家に帰って休んで」

「でも……」

 言いかけたエリンに、ディープは首をふった。

「あとで必要な物のリストを送るから、明日でいいから届けてくれる? ……ああ、つかれたなぁ」

 そう言って目を閉じたディープに、エリンはようやく立ち上がり、そっと頬にキスすると、病室をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る