生きている限り…2

 ノヴァは卒業後、クリニックで週2日、スポーツ外来診療を担当している。もうすぐ出産予定日を迎え、大きくなったお腹にも身重な動きを感じさせないが、少し物腰が柔らかくなった。

「えっ? 産休を取らないの?」

「初産は予定日より遅れるというし、身体を動かしていた方が良いというから」

 ギリギリまで働くつもりでいたノヴァは、心配で反対したラディと意見が対立し、ここしばらく冷戦状態だった。エリンが間に入って、ラディが送迎するからという妥協点が見つかって、最近ようやく落ち着いたふたりだった。


 ノヴァを迎えに行くと、ラディが何か言うよりも早く、彼女は人差し指を唇にあてた。リビングのソファで寝入っているディープに、エリンが毛布をかけ直していた。

(最近、なんだか疲れてるみたいなんだよな)

 その向かいに座って、コーヒーを飲みながらラディが見ていると、ディープが身じろぎして、身体を起こした。

「ふぅ…。ああ、ラディ、来てたんだ」

 その様子は精彩を欠いていて、

「疲れがたまってるという感じだな。働きすぎなんだよ。そろそろ僕達も無理がきかなくなってきているんだから、少しは仕事をセーブすることを考えないと」

「そうよ、父さん。今月はほとんど休んでなかったでしょう?」


 さすがにもう当直はしていなかったが、ノヴァの言うとおり、クリニックが忙しい中でメディカルセンターにヘルプに行く日もあり、ほとんど休みがなかった。

「忙しいのは今月いっぱいであと少しだし、来月は休むから」

「あまり無理するなよ」

 ラディは立ち上がり、ディープの肩を軽く叩いて、ノヴァを促した。

「ノヴァ、行こうか」

「父さん、じゃ、また来週」

 ディープは座ったまま、片手を軽く上げて見送った。


 帰るふたりを見送りに出てきたエリンが、ラディを呼び止めた。

「ディーはこの前、メディカルチェックで心臓の精査をと言われているのにまだ受けてなくて……。心配なの」

「健康上の問題が何か出てきても、おかしくない年齢としなんだよな」

「ルーだって、父さんと同い年でしょ?」

「仕事上での今までの心労や身体への負担を考えたら、僕とディープでは全然違うはず。それだけ無理を続けてきたってことだよ」

 ノヴァは黙った。

「何もないといいけど。心配だね。何でも連絡して」

 そのラディの願いは、かなわなかった。


 *


 ディープはここ数日、強い疲労感を感じてはいた。

 その日、昼前に患者が途切れたとき、早めに休憩に入って休むよう、サラに言われた。

「ずいぶんお疲れのご様子ですよ」

 彼女には安心してあとを任せられるようになっていた。


 空いているベッドに横になる。

 今朝、家を出るとき、心配そうな表情をみせていたエリンの様子が、ふと思い浮かんだ。

(周りからみてわかるくらい不調ってことか……良くないな、これは)


 いつのまにか眠っていたらしい、少しして、なんだか息苦しくて目が覚めた。ベッドから起きようとして、

「うっ……」

 強い胸の痛みに、床に膝をついてしまう。

(苦し……。エ…リン……)

 意識が遠ざかる。


 倒れているディープを発見したのは、昼休憩の終わりを知らせようと、声をかけにきたサラだった。

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