再会2

 それはメディカルスクールに在学中のこと。


 これから半年間のペア実習で、組む相手がいなかった。隣の席がそこだけポツンと空いていて、周りから皮肉めいたひそひそ声、しのび笑いがかすかに聞こえていた。

 いつものこと。間違っていることをそのままにして、黙ってはいられない性格で、男子には可愛げがないとされ、女子の仲良しグループに入る気もなく、友人と呼べる相手がクラスにはいなかったけれど、私は気にもかけていなかった。


「すみません、遅れまして」

 講師に謝って入ってきたその人は、室内を見回して、ためらうことなく隣の席の横に立った。

「ここ、空いてる?」

「え、ええ」

「僕はディープ・ブルー」座りながら差し出された手を握る。

「……ケイト・ミュラーズ」

「半年間、よろしくね。ケイト」

 そう言って、ニッコリ笑った。

(この人は、私が嫌われ者だということを知らないの……?)

 屈託のない笑顔だった。


 あとで知ったことだけど、彼は授業以外の時間はバイトをかけ持ちしていて忙しく、だから、クラス内のことにはあまり関心がなくて、私のこともきっとよく知らなかったのだ。


 学費のため、と彼は言った。奨学金を受けていてもメディカルスクールの費用はそれで収まるわけがなかったから。経済的な後ろ盾がないと、両立を続けることは難しくなっていく中で、ひとりでなんとか頑張ろうとしていた。


「特待生になって授業料免除になったら、良かったんだけどなぁ」

 特待生になるには、あと少しだったらしい。普段の成績は奨学生を脱落しない程度にしか実力を見せることがないから、クラス内では目立たない存在だった。

「テキストに書いてあることだけが全てじゃなくて、人間相手なんだよ、正解はそれぞれなんだと思うんだ。いくら頑張ってテキストを丸暗記したところで、実際に身につくわけじゃない。君は座学だけで、宇宙船を飛ばせる?」

「まさか!」

「そういうことだよ」

 試験の成績に関心を示さない彼は、そう言って笑っていた。


 でも、私は知っていた。偶然、彼のタブレットをのぞく機会があって、そこには効率よく整理された各講義の内容があった。驚いて、一体、いつ勉強しているのかと思った。


 彼が言った言葉を今も覚えている。


 周りと衝突を繰り返してばかりいる私に、

「ケイト。僕も偉そうに言える立場じゃないけど、正論を振りかざし、正面から突き進むことだけがいいとは思わない。君の勇気には敬するけど。正しいことが最善の方法だとは限らないよ。相手によっては、ベストよりベターを選ぶ方が良い場合もあるんじゃない?」


 私のせいで、何度もトラブルに一緒に巻き込まれて、少し困った顔をしながら、それでも一度も迷惑そうな素振りを見せなかった。

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